第3話 光

もちろん、昔のような街というのはない。なんとなく人々が集まり物々交換をし始めた場所が徐々に栄えてきたというような場所だ。

だが、それなりに物は溢れ建物が並び活気があるのは間違いない。そして、二人そろって街に出るのはとても久しぶりだった。かつては、それは若かりし頃、デートへ街に出掛けたことがあった。当然、当時から通信環境は整っていて今のように家に居ながら会っておしゃべりをしてイチャイチャすることは出来たのだが、やはり直接会っておしゃべりをしてイチャイチャしたいもんだ。当時の若者にしては珍しいくらい直接のデートを重ねていた。その当時の事を思い出す。思い出すどころか隣をチラリと覗けばすぐ目の前にいるのである。秀雄は体の中からぼあっと熱を帯びたものがこみ上げるのを感じた。それは思春期によく感じたあの有り余るエネルギーに似ている気がした。見た目だけではなく身体機能まで若返ってしまったのか。身体と見た目の変化にまだ気持ちが付いていかない。秀雄と和代は特に示し合わせてはいないが、なんとなく美喜子ちゃんのところに向かった。おそらく昨日もらって食べたものが二人の中では引っかかっていたのだろう。自然と彼女の家へ向かっていた。

美喜子ちゃんは家にいなかった。十年前のあの【事件】によって美喜子ちゃんは母方の祖母との二人暮らしを強いられていた。その美喜子ちゃんのおばあちゃんもいない。なんとなく不安を感じたが二人は何もせず帰った。きっとそのうちに会えるだろうと高をくくっていた。




結局それ以降、美喜子ちゃんには会えなかった。失踪と呼べるのか。おばあちゃんもいなくなってしまった。今の世の中になってからは突然いなくなってしまう人は珍しくなくなった。はた目から見ると毎日充実した生活を送っているように見えても、やはり身体の底深くにずっしりと不安や絶望が蓄積しており、何らかの拍子でそれがその人を覆ってしまう。一度、暗闇に覆われてしまうと人はなかなかそこから抜け出せない。秀雄も何度も暗闇に覆われてその度に消えてなくなろうかと考えたがそこには和代の存在があった。彼女はいつも秀雄の太陽のような光を与えてくれる。生きていく意味といえるほど大げさではないが生きていく支えになっていることを秀雄は和代に強く感じ、感謝し性格的に上手く伝えられない現状にひどく腹立たしいのだが、和代はそんな不器用な秀雄に癒されており結局お互いがお互いに支えられて感謝しながら生きている。

秀雄たちの生活はほとんど人付き合いというものがない。秀雄の居住区自体あまり人気のある場所ではなく唯一と言っていい交流のあった美喜子ちゃんがいなくなってからは全く人との交流がなくなってしまった。しかし、秀雄たちには全く問題がなかった。もともと自給自足な生活をしていた上に質素な暮らしにすっかり慣れていたので多少物がなくても、人がいなくても苦痛には感じなかった。むしろ、和代と二人っきりというのはあの【事件】がなければ経験できない事であったので今の生活にとても感謝していたのであった。多くの人の命と惑星を奪った彼らを許すことは決してできないが、今の生活の充実感はおそらく味わえなかったと思うとても複雑な気持ちになった。

毎日変わらぬ生活をしていて、相変わらず美喜子ちゃんはいないし、和代と少し不自由な生活も少しずつ飽きが出てきてしまった。それは単純に毎日同じ生活に退屈しているだけではなく、身体が若くなってしまった分出来ることが増えエネルギーも余らせるようになっていた。新しい作物でも植えようと考えたが種を入手するのがとても困難な時代である。こっちではプチトマトあっちではナスなど簡単に決めて栽培が出来ないのだ。今ある作物を枯らさないように大切に大切に育て、次世代に繋いでいく。それはまるで今の人類の置かれている状況にとても似ていた。ただ、秀雄には次世代に繋いでいくものがなかった。何年も前に完全に割り切ったはずなのに。時々心の暗い闇が秀雄自身を飲み込もうとしてくる。どこにも逃すことのできない闇で自分の力で光を探して歩いていくのだがとてつもないエネルギーが必要である。あるときにはついになにもかもやめて消えてしまおうかと思った時があったが、そこには和代という光が目の前に現れてくれる。

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