第10話「使者」
「さてと、アイツらの様子はどうだ?」
剣崎は生徒のスマフォに取り付けた盗聴器に耳を澄ます。盗聴器からは微かに生徒の安らかな寝息が聞こえる。夜も更け、生徒は次々と眠りにつく。
「……ん?」
ほとんど活動が止まった生徒の中で、数名未だに眠らず、足音を鳴らす者がいる。草を踏む音が先程から鳴り止まない。
『着いた。剣崎はあの中だ』
『いいか? 中に入ったら一気に剣崎のところまで進め』
『おう』
雄大、雅人、海斗の声だ。剣崎は三人の居場所を探知した。三人は拠点の入り口にかたまっていた。拠点を襲撃し、自分を捕らえるつもりのようだ。
「バレバレなんだよ……」
剣崎は指令室のソファーで仮眠をとっている使者の体を揺さぶって起こす。
「おい、起きろ。仕事だ」
バァン!
「行け! 進め!」
「剣崎! どこだ!」
雄大達は長い廊下を突き進む。明かりもなく、真っ暗闇の中で恐怖を憎しみで圧し殺しながら駆けていく。
スッ
しかし、三人の前に剣崎の使者が立ち塞がる。手にはハンドガンが握られている。体まで押し倒されてしまいそうな強い殺気を感じる。
「……え?」
「お前……」
「なんで……」
雄大達は使者の正体に唖然とした。手に握られたハンドガンから、今まで抽選で選ばれた者を殺してきた人物は彼女であることを悟った。
しかし、その事実が三人にとって想像を遥かに越えるものであったため、武器を構えたまま呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
「……仕方ないでしょ。所詮人間なんて、自分の命しか大事にしてないんだから」
バァン! バァン! バァン!
舎内で三発の銃声が鳴り響いた。剣崎先生はあくびをしながら名簿を手に取り、雄大、雅人、海斗の欄に赤いバツ印を付けた。
《25番 和田雄大、3番 井上雅人、18番 中島海斗 死亡、残り14人》
ゲーム開始三日目。朝からクラスメイトの死亡通達で起こされ、生徒達は満身創痍だった。詩音、孝之、風紀の三人は榊を探すために森を歩いている。愛奈は小屋に留まり、拘束した美琴の監視を続けている。
「雄大君……」
雄大の死に心を痛める詩音。クラスの中心メンバーだった彼は、常に自慢のユーモアでC組の生徒を楽しませていた。希望の光が途絶えてしまったような気分に陥った。
「一気に三人なんて……こりゃただ事じゃないわね」
一度に三人殺害されるという異常事態を不審に思う風紀。発生した時刻は生徒が寝静まっていた真夜中だ。犠牲者の抽選によるものではない。だとすると、クラスメイトの誰かが犯行に及んだのだろう。
「……もしかして、使者って奴の仕業かもしれねぇな」
「使者?」
孝之が口を開いた。彼は疑問に思っていた。メールで度々登場する使者という存在を。
「使者って何者なんだ?」
「さぁ……メールの内容からして、剣崎の協力者なんでしょうね」
「ほんとに何なんだろう……犯人とは別の人物なのかな?」
三人の歩みが止まる。使者の正体について考えあぐねていると……
プルルルル……
「きゃっ!」
突然詩音のスマフォが鳴った。詩音はスカートのポケットからスマフォを取り出す。ゲームが始まってから電話がかかってくることは一度もなかった。スマフォが鳴るのは、剣崎先生のメールが届いた時だけだった。誰からだろうか。
「え?」
画面を表示すると、剣崎の電話番号が表示されていた。普段学校生活で教育相談や個人面談で連絡を取り合うことが度々あったため、詩音は剣崎の番号を電話帳に登録してある。数字の並びには恐ろしいほどに見覚えがある。
「なんで剣崎から……」
「この島では圏外になってるはずなのに……」
孝之と風紀も剣崎からの着信に困惑する。スマフォは知らぬ間に、剣崎から一方的にメールの送信や電話の着信が行えるように改造してあるようだった。
「どうしよう……」
詩音のスマフォを握る手が震える。今回は直接声で何かを伝えたがっているのだろうか。一体何を……。
「加藤、出てみてくれ」
「う、うん……」
詩音は恐る恐る着信ボタンを押す。剣崎の低い声が放たれる。詩音は即座にスピーカーを起動し、二人にも聞こえるようにする。
『よぉ~、なかなかいいとこに食い付いてるな。せっかくだから真実に一番近づいてるお前らに教えてやる』
剣崎は余裕綽々の口調で語る。久しぶりに耳に届く彼の声に、三人は苛立ちを覚える。
『使者がどうのこうの言ってたな。お前らが言ってた通り、そいつは俺の協力者みたいなもんだ』
孝之は反発的に辺りを見渡し、監視カメラなどの類いを探す。しかし、それらしき物は見当たらなかった。どうやらスマフォに盗聴器が仕掛けられているようだ。
『んで、使者についてなんだが……ぶっちゃけ言うと、そいつはお前らの中の誰かだ』
「……」
剣崎の発言に言葉を失くす詩音達。
「……は?」
『だから、使者はお前らC組の生徒の中の誰かだよ。デスゲームでよくある内通者みたいなもんだ。そういう存在がいた方が盛り上がるだろ?』
なんと、このゲームを円滑に進めるため、剣崎は生徒の中に協力者を作っていた。その協力者に頼み、抽選で決めた一日の犠牲者の暗殺を行っていたという。
生徒を殺害していた使者の正体が、同じくゲームに参加している仲間であることを知り、詩音は動揺を隠せなかった。
「なんで……そんなこと……」
涙声の詩音に対し、剣崎は冷酷に答える。
『知りたいか? だったらこのゲームをクリアしてみせろ。犯人の正体を見破って、俺のところに連れてくるんだな』
ブツッ
剣崎との通話は途絶えた。三人はしばらく言葉を発することができず、その場に立ちすくんでいた。どこまで彼は生徒を怒りにまみれさせてくるのだろうか。
「チッ、ふざけやがって」
「犯人もそうだけど、使者もなんとかしないといけないわね」
「うん。それに、もしかしたら犯人と使者は同じ人かもしれないし」
剣崎は犯人と使者が同一人物である可能性は話していない。犯人の正体に直結する情報は、最後まで明かさないようだ。あくまで自分達の力で突き止めるしかない。
「だったら、尚更早くこのゲームを終わらせないとね」
「あぁ」
三人は犯人や使者の存在に注意しながら森を進んだ。
「……」
美穂は大木の根元にもたれ、体を休めていた。毎日森を走り回り、島の探索を続けているが、自力での脱出は望めそうになかった。
「はぁ」
このゲームに参加している以上、いつ殺されるかわからない。美穂は今までの人生を振り替える。
決して裕福とは言えない貧相な家庭に生まれ、毎日札束を数えるような生活を送っていた。親の会社が倒産し、膨れ上がった借金を返すために財産をほとんど費やしてしまった。
しかし、大切な一人娘に思い出を残してあげるという親の優しさで、修学旅行には何とか参加することができた。
こんな理不尽なゲームに巻き込まれることになるとは、もちろん知らないで。
「あれ? 美穂?」
「夏名……」
たまたま美穂のそばを、ジャージ姿の夏名が通りかかった。
「よかった、美穂無事だったんだね!」
「アンタも無事なのね」
「まぁね。ほんと、剣崎ったら嫌な奴よね。制服でこんな汚い森を歩かせるなんて」
生徒の中には夏名のようにゲームの状況に順応し、何とか生き残る術を探そうと森を探索する者も少なくない。彼女は念のために用意していた着替え用のジャージを着用し、食料や物資を探していた。
「……」
「あ、ごめん。やっぱ美穂ってこういうの嫌かな?」
夏名は話しかけたことを軽く申し訳なく思う。美穂は仲間との馴れ合いが苦手だった。内心修学旅行は参加できなくても構わなかった。
しかし、親がどうしても思い出を作って楽しんでほしいと言うもので、その優しさを踏みにじることはできなかった。
「……別に、アンタが相手なら気にしてない」
夏名は普段から美穂によく話しかけていた。出席番号も座席も隣同士で、美穂は夏名にだけ心を許している節があった。唯一美穂がまともに話せる相手かもしれない。
「よかった。ねぇ、せっかくだから一緒に行動しない? 一緒に脱出する方法考えようよ」
「え?」
夏名は美穂に手を差し出した。自分は今まで手を差し伸べた者を徹底的に拒んできた。完全に疑いにかかっていた。たとえ夏名が相手でも、自分の心は揺らいでいた。
しかし……
「……いいわよ」
美穂は夏名を手をとった。あくまでこれは自分が生き残るために必要なこと。一人でいるより複数で行動した方が何かと効率がいい。
「やった~!」
夏名は犬のようにはしゃぎ、美穂の腕に抱きつく。ジャージにこびりついた土が、美穂の制服にも移る。
「汚い」
「あ、ごめん(笑)」
* * *
生存者 残り14人
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