第8話「仲間」
「死ね!!!」
美琴ちゃんは勢いよく包丁を振り下ろした。あぁ、私もう死ぬんだ。このまま何の役にも立てないまま。C組のみんな、ごめんね。何もできなくて、助けてあげられなくて、ほんとにごめんね……。
ドスンッ
「ぐっ!?」
美琴ちゃんのうめき声が聞こえた。一体何が起きたんだろう。薄れゆく視界で姿を探すと、ロープで吊るされた大木が見えた。
ドスンッ
「がはっ!」
今度は別の方向から大木が飛んできた。誰かが仕掛けた罠のように、木に吊るされた大木が美琴ちゃんの体を強襲する。大木にぶっ飛ばされた彼女は、気絶して私の横に倒れる。
「……え?」
「詩音、無事か?」
ザッ
「広瀬……君……?」
私の視界に飛び込んできたのは、クラスメイトの広瀬孝之君だった。彼は結希や仁君と同じく、修学旅行の自由行動で私と同じグループのメンバーだ。
彼は気絶している美琴ちゃんを警戒しつつ、私のそばに駆け寄る。この罠は広瀬君が仕掛けたようだ。
「大丈夫か? 背中をやられてるな」
「うん、大丈夫……」
「立てるか?」
「よいs……痛っ!」
地面に手を突いて起き上がろうとする。しかし、肩に力を入れると、包丁で切られた傷に激痛が走る。視界に映らなくても出血しているのがわかる。
「無理すんな。俺が背負ってやる」
「ありがと……」
「この先に俺の拠点がある。そこで治療しよう」
広瀬君の大きな背中に背負われ、私は彼が作ったという拠点に向かう。
「痛い?」
「少し……」
「染みるかもしれないけど我慢してね」
拠点に着くと、同じくグループメンバーの風紀ちゃんがいた。私は制服を脱ぎ、彼女に消毒を塗ってもらっている。
ここは広瀬君の拠点だ。偶然見つけた比較的広めの物置小屋で、ロープやつるはし、シャベルにノコギリなど、何かの役に立ちそうな道具がたくさん入っていた。救急箱もあって、中には薬や包帯もわずかに残ってたみたい。
「美琴ちゃんはどうしてる?」
「一応ロープで木に拘束しておいた。まだ気絶してるから大丈夫だ」
私は背中を向ける広瀬君に尋ねる。広瀬君は顔をこちらに向けずに答える。制服を脱いで、上半身ブラジャー姿の私に配慮して顔を合わせないようにしてくれてる。その気遣いは嬉しいけど、こんな切迫した状況でそんなこと気にしなくてもいいのに。
いや、見られたら見られたで、それはすごく恥ずかしいけど……。
「ブラまで切断されなくてよかったわね」
「うん。でも制服がズタズタだよ。どうしよう……」
私が着ていたセーラー服は、横一文字にスパッと裂かれている。一応着替えは鞄の中にある。しかし、その鞄は私が拠点としている洞窟に置いてきてしまった。こんな恥ずかしい姿で外を歩くわけにもいかないよね。
「私の替えのシャツ貸してあげる」
「ありがとう……」
風紀ちゃんは自分の鞄からシャツを取り出し、私はそれを着た。優しいなぁ。風紀ちゃんは周りへの気配りが上手いから、クラスではみんなからお姉さんのように慕われている。
「それじゃあ、俺は食料を探しに行ってくる。腹減っただろ?」
「あ、私も……」
「怪我してんだろ。無理すんな」
立ち上がろうとする私の肩を、広瀬君が止める。
「待ってる間にこれでも食っとけ」
広瀬君は立ち上がり、自分の鞄から大きな弁当箱を取り出した。中を開けると、おにぎりが三個残っていた。自分のお弁当なのに……分けてくれるんだ。
「外で見張りをしてる愛奈にも分けてやってくれ」
外には同じくグループメンバーの愛奈ちゃんがいた。拘束した美琴ちゃんの見張りをしている。彼女も私と似て臆病ではあるけれど、優しくて可愛い女の子だ。
「じゃあ行ってくる。風紀、詩音の様子見といてくれ」
「了解」
広瀬君は竹籠を持って外へ出ていく。広瀬君はとても情の溢れる男の子で、クラスメイトからかなりの信頼を得ている。確か柔道部に所属していて、力もものすごく強いんだよね。彼の広い背中がとても頼もしい。
* * * * * * *
「どうしよう! このままじゃ詩音が!」
美琴を見失い、詩音の安否がわからなくなって焦り出す結希。電話は繋がらないため、他に様子を確認する手段がない。
「落ち着け! とりあえずこのまま探し続けよう」
仁は結希をなだめ、草木を掻き分けて森を進む。美琴に付けられた傷がひどく痛む。結希は肩を貸しながら一緒に進んだ。
しばらく歩くと、何者かの気配を感じた。
「……!」
仁は結希に草影に身を隠すよう促す。
「どうしたの?」
「誰かいる。そのまま隠れてろ」
仁は遠くへと目を凝らす。見つけたのは、クラスメイトの文夫、智江、早矢香だった。三人は怪しげに何かを語り合っている。彼らの視線の先には、剣崎の拠点があった。
「私達、ここに戻ってきたんだ……」
「アイツら、何やってるんだ?」
すると、文夫が立ち上がって拠点へと歩いていく。入り口の前に立つと、大きな声で叫んだ。
「剣崎! 出てこい!」
キー
剣崎は入り口から姿を現す。ポケットに手を入れ、不敵な笑みを浮かべながら文夫に尋ねる。
「何の用だ?」
「ゲームはおしまいだ。犯人が誰かわかった」
文夫の声を聞き、仁と結希は身を乗り出した。文夫は江波を自殺に追い込んだ犯人を突き止めたという。彼の答えが正しければ、この殺人ゲームは終了させられる。
「ほう……では聞こうじゃないか。その犯人は誰だ?」
文夫は声を絞り出して答えた。
「……俺だ」
「何?」
「俺が犯人だ。江波を追い詰めて自殺させたのは俺だ!」
文夫は体を震わせながら叫んだ。しかし、仁は瞬時に見抜いた。文夫の言っていることは嘘だ。彼は自分が嘘の罪を背負うことで、ゲームを終わらせてクラスメイトを解放させるつもりのようだ。ゲームから脱出するための彼の作戦だった。
「川瀬君……」
文夫は恐怖に怯えながらも偽りの真実を明かした。きっと犯人が判明すれば、剣崎はその犯人を殺そうとするからだ。文夫は自分が犠牲になってゲームを終わらせるつもりらしい。
「……フフッ」
「?」
「フハハハハハハハハハ」
唐突に剣崎は高らかな笑い声をあげる。まるで滑稽な見せ物を馬鹿にするかのように。文夫は再び恐怖で震える。
「残念だな川瀬。不正解だ」
「は? な、何だよ不正解って……」
「お前は犯人じゃない。俺はそれを知ってるさ。お前はゲームオーバーだ」
文夫の瞳から光が消える。ゲームオーバーと言い渡された文夫の脳には、かつて経験したことのない巨大な恐怖がなだれ込んできた。犯人を言い間違えた。考えられる結末は……
「嘘だろ……嫌だ……俺……まだ……」
「そうそう、こんな大事なルールを言い忘れてすまなかったな。犯人を間違えた時は……」
「嫌だぁぁぁぁぁ!!!」
文夫は泣きながら森へと逃げる。最後の力を振り絞り、剣崎から離れる。彼の頭は恐怖でがんじがらめにされ、逃げることに支配されていた。
「……死ね」
バァン!!!
どこからともなく銃声が響いた。その瞬間、仁の瞳に残酷な光景が飛び込んできた。一本の弾丸が文夫の脳天を貫き、水風船のように血渋きを撒き散らした。文夫の体は重力に従って地へと落ちていった。
「……」
弾丸を放った何者かは、木の上で葉に身を隠した。
「川瀬……」
「嘘でしょ……」
結希は文夫の死体を見て固まった。人間は絶望という名前を付けるにふさわしい光景をまじまじと見せられると、信じられないほどに震えが止まらなくなることを彼女は知った。
「……行くぞ」
仁はこれ以上結希に文夫の死体を見せまいと、彼女の手を引き、痛む足を庇いながら拠点を離れていった。
《8番 川瀬文夫 死亡、残り19人》
「文夫……」
「だから言ったじゃん! こんな作戦止めようって!」
文夫が殺された光景を目の当たりにした智江と早矢香。早矢香は智江に泣きついて喚いた。
「文夫君が死んじゃった……私達もうおしまいよ!」
「文夫が作戦を持ち出した時に止めればよかったじゃないの!」
「止めたでしょ! でも智江が『その作戦いけるかも』って!」
「何? 文夫が死んだのは私のせいって言いたいの!?」
二人は醜い言い争いを始めた。文夫がいる間も、二人は何かある度に喧嘩腰になってしまう。特に早矢香は極限状態に追い詰められ、精神が病んでいた。
「もう嫌だ! 誰か助けて! ここから出して!!!」
「うるさいうるさいうるさい! アンタはそうやっていつも泣きわめいて! 少しは迷惑をかけられるこっちの身にもなれよ!!!」
ガシッ
智江の怒りが頂点に達した。気がつくと、智江の腕は早矢香の首本に回り、力一杯押さえつけていた。
「あっ……が……」
「二度と何も言えないようにしてやる……」
「やめっ……や……あ……」
「死ね……死ね……死ね!!!」
グスッ
早矢香の体は動かなくなった。
《9番 菊地早矢香 死亡、残り18人》
「くそっ……またやられた」
雄大は文夫と早矢香の死亡通達メールを読み、
「急ごう。他に何か使えるものはないか?」
「これなんかどうだ?」
雄大はクラスメイトの
「桑か……使えないわけではなさそうだな」
「これはすげぇぞ」
次は雅人がチェーンソーを引っ張り出してきた。刃がブルブルと唸る。見た目は古くさいが、まだ使えるようだ。
「そいつはいいな」
「んじゃ、行くか!」
「おう!」
三人は物置小屋から出て、武器を携えて剣崎のいる拠点を目指す。
「俺達で……このゲームをぶっ壊すんだ」
これ以上の悲しみの連鎖を絶ち切るため、雄大達は剣崎の拠点への襲撃を決意した。
* * *
生存者 残り18人
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