第2話「ゲームスタート」



 命を懸けたゲーム? 先生は一体何を言っているのだろう。私達には先生の意図が全く理解できなかった。


「ははっ、ゲームって何すか? レクリエーションっすか?」


 クラスメイトの川瀬文夫かわせ ふみお君が、ふざけて笑う。いきなりあんなことを言われて、ふざけていると思われてもおかしくはない。


「川瀬、黙れ」

「は、はい……」


 先生の鋭い目付きと低い声が、文夫君を黙らせる。先生は朝から様子が変だ。いつもお調子者で、クラスの雰囲気を盛り上げてくれたのは、担任である先生だ。


 いや、そんな感じだったのは、までだったかな……。


「いいか、俺は本気だ。おふざけでも何でもない」


 そう言って、先生はスクリーンにプレゼンテーションを写し出す。画面には大きく不気味なフォントで「THE GAME」と記されている。先生はリモコン操作をしながら説明を始める。


 次に出てきたのは、“彼”の写真だった。


「お前ら覚えてるよな? こいつのこと」


 覚えてるも何も、忘れられるわけがなかった。目を背けても、心のどこかで彼のことがうごめいていた。スクリーンに写し出されたのは、かつてのクラスメイトの江波秀樹えなみ ひでき君の写真だった。


「江波……」


 クラスメイトの榊佑馬さかき ゆうま君が呟く。みんなも汗を握り、唾を飲み込みながら江波君の写真を見つめる。まるで遺影のようだった。


「アイツは何も悪いことはしていない。ごくごく普通の奴だった。お前らにいじめられなければ……あんなことには……」


 先生は拳を強く握り締める。そう、江波君はクラスメイトからいじめられていた。

 彼は特に目立つ存在でもなく、私が見る限りいつも一人でいた。そんな控えめな性格に目をつけられたのかもしれない。彼はいじめを受けているという噂は瞬く間に学校中に流れた。


 でも、いじめられただけで済んだら、まだよかったかもしれない。




 彼はいじめに耐えられずに自殺をしたのだ。


「アイツは人知れずいじめられて、誰にも助けてもらえず、人知れず死んだ。お前らが殺したんだ!」


 ダンッ!

 スクリーンの前に設置された教壇を叩く剣崎先生。クラスメイトのみんなが静まり返る。そして誰もが思った。それをなぜ今更蒸し返すのか。


「先生、なんで今さら江波君の件を……」


 クラスメイトの美空夏名みそら かなちゃんが恐る恐る尋ねる。私も同意見だ。わざわざクラスの空気をどんよりさせるような話題を掘り起こすのは、担任としてどうかと思う。


「俺はアイツから助けてくれと言われた。俺も全力でサポートしたが、結局アイツは自ら命を絶った。本当に申し訳ないと思ったよ。自殺の原因がお前らのいじめだって知るまではな。ずっと図ってたんだ。アイツの敵討ちのチャンスを……」


 何もかもめちゃくちゃだ。C組のみんな全員が、いじめに関与していたわけでもないのに。それに敵討ちだなんて、命を奪う必要がどこにあるのか。

 クラスメイトのみんなは、先生の理不尽な考えに苛立ちながらも、恐怖におののいていた。


「そんなわけで、ゲームを始める。ルールを説明するぞ」


 軽いノリで“ゲーム”と言ってくれるけど、私達の体は驚くほど震えている。命を懸けたゲームでもあるのだから。先生はリモコン操作を続けながら説明する。


「と言っても、ゲームを終わらせる方法は簡単だ。江波を自殺に追い込んだ犯人を見つける。それだけだ」


 犯人を見つけ出す……?


「お前らの中に江波を追い込んで、自殺に至らせた犯人がいるのは確かだ。そいつが誰なのかを突き止めるだけ。本人が俺に自己申告する形でもいい。とにかく犯人を無事探し当てられれば、それでゲーム終了だ」


 何をされるのかと思えば、案外平坦なルールだ。もっと難しいことを想像していた。いや、江波君とあまり関わりのない人にとっては困難だろうか。命まで懸かっているのだから。


「ただ犯人を見つけるだけ。簡単だろう? 制限時間は5日間、5日目の午後10時までだ。ゲーム時間内はどう行動しても構わない。お前らで話し合いをするなり、疑わしい奴を殺すなり、自由にしろ。犯人と思われる奴を殺してもいい。犯人を殺した場合は、その時点でゲームを終了させてやる」


 話し合いが認められるのであれば、是非ともやらせてもらおう。殺すなんて間違ってる。そんな物騒なことを、みんながするわけがない。もし犯人がわかったとしても、拘束するくらいでいいだろう。


「あぁ、そうそう。大事なルールを言い忘れてた。このゲームでは一日に一人犠牲者が出るようになっている」


 犠牲者!? またもや先生の常軌を逸した思考に、私達は恐怖心を掻き立てられる。


「一日に一回、正午にランダムでお前らの中から殺される奴を選ばせてもらう。死人が出ないと盛り上がらないからな」


 一体どこまで理不尽さを煮詰めたゲームなんだ。いや、もはやゲームと呼べるものではあるまい。ただの脅迫、殺人行為だ。江波君のいじめに関与していたわけでもないのに殺される人は、たまったものではない。


「ちなみに犯人は選ばれないからな。まぁ、犯人が誰かを突き止めるいい判断材料になるだろう」

「ふざけんな!!!」


 クラスメイトの和田雄大わだ ゆうだい君が、教壇を殴って先生を脅す。対して、先生は動じない。


「俺は江波をいじめてなんかいねぇし、アイツと話したことなんかない。俺には関係ねぇよ! だからさっさと帰しやがれ!」

「そうよ! 第一殺すなんてやり過ぎじゃないの?」

「そんなことをしても江波君は喜びませんよ!」


 雄大君につられて、みんなが抗議を始める。彼はクラスの中でもそこそこ人気がある。みんなをまとめている者の一人なので、多くの人が彼に賛同する。




 バンッ!

 銃声が私達の耳をつんざく。先生は雄大君に向かってハンドガンを発砲した。本物なのは明らかだ。幸い彼の横をかすめて壁に命中した。単なる脅しのようだけど、雄大君は脱力してその場に崩れ落ちる。


「お前らは江波が傷付いていたのに、誰一人として救いの手を差し伸べなかった。それどころか見てみぬふりをした。当然の報いだろ」


 しかし、その銃声が私達の脳に恐怖という名の鉛を埋め込んできた。これは本当におふざけなどではなく、命を懸けたゲームであり、剣崎先生は私達をこの上ないほど憎んでいる。


「とにかくゲーム開始だ。もし5日以内に犯人を見つけられなかったら、お前ら全員を殺すからな」


 みんなの言い分も聞かず、剣崎先生はゲームの開始を宣言した。


「出席番号順に外に出て散らばれ。全員外に出たら開始の合図と詳しい連絡をメールで伝える。まずは1番、相生将太あいおい しょうた

「は、はい……」


 出席番号1番の相生将太君が、おぼつかない足取りで部屋を出ていく。


「2番、相沢結希」

「はい」


 結希が呼ばれた。結希は恐る恐る前に出る。その結希の手を私は握る。


「結希、気を付けてね」

「大丈夫、心配いらないよ」


 結希は優しく握り返し、私を安心させる。手のひらの温もりを感じさせるだけで、こんなにも頼もしい。


「こんなところで死なないよ。だって、私は詩音を守らないといけないんだから」


 結希は私の頭を撫でる。触れたところから少しずつ、恐怖心が勇気に変わっていく。本当に結希は強いなぁ。私も怯えてばかりじゃいられない。しっかりしないと。


「この建物の裏で待ってるね」


 最後にそう言い残し、結希は走って部屋を出ていった。




 一人、また一人と、みんな恐怖を抱えながら出ていった。


「7番、加藤詩音」


 そして私の名前が呼ばれた。私は溢れそうな涙を拭い、立ち上がって出口へと向かう。恐怖はまだ少し生き残っていて、私の歩みを邪魔してくる。

 それでも私は負けない。こんな理不尽なゲームなんかに負けないんだから。私だって、死ぬわけにはいかない。


「……はい」


 私は勇気を出して外に踏み出した。



     *   *   *



生存者 残り24人


相生将太あいおい しょうた(1)♂ 

相沢結希あいざわ ゆき(2)♀

井上雅人いのうえ まさと(3)♂ 

遠藤愛奈えんどう まな(5)♀

小野寺舞おのでら まい(6)♀

加藤詩音かとう しおん(7)♀

川瀬文夫かわせ ふみお(8)♂

菊地早矢香きくち さやか(9)♀

北見咲きたみ さき(10)♀

霧崎仁きりさき じん(11)♂

児島国雄こじま くにお(12)♂

榊佑馬さかき ゆうま(13)♂

篠原柚しのはら ゆず(14)♀

杉山遥すぎやま はるか(15)♀

辻村美琴つじむら みこと(16)♀

戸田正木とだ まさき(17)♂

中島海斗なかじま かいと(18)♂

西岡与一にしおか よいち(19)♂

野口智江のぐち ともえ(20)♀

檜山風紀ひやま ふき(21)♀

広瀬孝之ひろせ たかゆき(22)♂

美空夏名みそら かな(23)♀

矢口美穂やぐち みほ(24)♀

和田雄大わだ ゆうだい(25)♂


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