第22話

「よし行くか」

「…貴方本当に寝なくて大丈夫なの? 一晩中見張りしてくれてたみたいだけど」

「なに、問題ないさ」


 明け方近く、まだ周囲が暗いうちに山脈に向けて出発した。俺が見張りで寝てないことをユーリは気にしているようだが特に問題はない。

 昔はもっと長い期間一睡もせずに行動することがざらにあったのだ、あと少なくとも10日くらいは大丈夫だろう。


 



歩き続けることしばらく朝日が登り始めて周囲も明るくなった頃に周囲の木々の様子が変化した。


「ここで聖域の森は終わりみたいね。ここから先は今まで以上に気を付けないと、獣や魔獣もいるはずよ?」


 ユーリの言葉で変化した理由が分かった、聖域と呼ばれている森の範囲がここで終わっているようだ。今までは聖域の力によって危険な獣や魔獣と出会う心配はなかったのだがここからはその警戒もしなければならないだろう。


 周囲を警戒しながら進んでいくとある気配を感知した。


『ご主人?』

「何どうかしたの?」


 それはアリアも同様だったようで俺へと声をかけてくる、一方のユーリはまだ気づいていないようだ。  

 分かってるとアリアに返してその気配を詳しく探る。人の気配ではない、獣の一種ではありそうだが少しの力を感じられる。一瞬魔獣かと警戒するが、それも違うようだ。


 ここまできてようやくその気配の正体について思い当たる。


「…この気配は聖獣か?」

『みたいですね… でも何でこんな場所に?』


 聖獣とは、聖なる力を持つ神の眷属とも言われる獣たちのことである。希少な存在であり、麒麟、鳳凰、龍などがいるのだが滅多に人前に現れることはない。

 魔獣と同列に見る輩もいるがそれは間違いである、そもそも格が違うと言えるほどにその身に秘める力も絶大であった。


「とりあえず行ってみるか? 聖獣ならば問題は無いだろう」


 なぜ聖獣がこんな場所にいるかは分からないが、基本は総じて温厚な存在である、近づいても問題ない。このまま素通りするのも何だったために行ってみることにした。




「何あれ…角のある馬?」

『ユニコーンでしたか』

「みたいだな…」


 そこにいたのは一匹の一角獣、ユニコーンであった。成体にしては小さいので子供だろうか、こちらの気配に気づいたようだが無視して草を喰んでいる。


――――ユニコーンならばあの角があればあるいは。


 その姿を見てある閃が思い浮かぶ、ユニコーンの角は万病に効く妙薬の材料として知られている。その角を使えればルカの病もどうにか出来るかもしれない。

 

 俺があの角が手に入ればと企んでいると、その横の方では――


「……」

『ユーリちゃん?」

「え、何?」

『もしかしてユニコーンに近づいてみたいんですか? ユーリちゃんであれば近づいても問題ないかと思いますよ?』


 ユニコーンを見てからウズウズした様子のユーリにアリアはそんな言葉をかけていた。


「……本当に? それなら…」

「ぶるるん」


 その言葉を受けてユーリが肩に小鳥(アリア)を乗せたままユニコーンへと近づいていく…その二人へとユニコーンは一瞬目を向けるが動き出そうとはしなかった。


「うわぁ~ 子馬なのかな? 可愛いわね」


 年相応にはしゃぎながらユニコーンの背を撫でるユーリ。ユニコーンはされるがままに大人しくしている。


 それを見ていた俺も近寄ろうとするが…


『ご主人は止めといた方が良いかと』


 何故かアリアに制止されてしまった、その理由と問うと。


『あれ~もしかしてご主人はあまりユニコーンのこと知らないですか?」


 そんな答えが返ってくる、俺が知っているユニコーンの情報はその角くらいだが――何が問題だというのだろうか?


 よくわからなかったのでルナの言葉を聞かずにそのまま近づいてゆくと…


「ヒヒィン」

「うわっ危ないな―――」


 ユニコーンが啼いたかと思えば後ろ足で俺を蹴り飛ばそうとしてきやがった。


 その突然の反応にユーリも目を丸くしている。


『あ~やっぱりですか』


 アリアの奴は予想通りというようにため息をついている。


 もしや俺が角のことを考えていたのがバレたとかだろうか…。


 無理やり飛び退いたことで崩れた体勢を立て直し顔を上げてみれば…


『俺様に近づいて良いのは乙女たちだけだぜ!!』


 聞きなれない初めて聞く誰か少年らしき声が聞こえてきた――――


「……誰だ?」


 少年らしき声に周りを見渡してみるが、それらしき姿は見当たらない。ユーリにも確認してみるが…


「少年みたいな声? そんなの聞いてないわよ」

『私も聞いてないですよ…どうしたんですかご主人?』

「やっぱり寝てないのが影響してるんじゃない…休む?」


 見事に否定され、終いには心配されてしまった。

おかしい…ボケてなどいないし確かに聞こえたはずである。


『俺だよ俺。 どこ向いてやがる?』


 またその声が聞こえた。その声の方向を向けば、先程俺を蹴り飛ばそうとしたユニコーンの姿がある。


『ヒヒーン(耳もおかしいのか?)』


 また聞こえた……コイツか


 どうやら目の前のユニコーンが喋っていたようだ。今回は二重にユニコーンの鳴き声も聞こえていた。まさかという思いもあるが間違いないようだ。


「お前か?」

『逆に訊くけど俺以外に誰がいるってんだい?』

「何?」


 一応の問に鼻で笑うように返されてしまった。さっきから失礼な奴だ。


「誰と話してるの?」

「誰って目の前にいるこのユニコーンとだよ」


 ユニコーンと話していると横からユーリが声をかけて来た。それに見てわかるだろうと思いながらも答えるとユーリは怪訝な顔をしてくる。


『ご主人少し休んだ方が良いですよ。 …幻聴が聞こえるなんて疲れてるんですよ』

「私もそう思うわよ。動物と話すなんて…まぁ貴方も動物なんだけど」


アリアにまで心配されてしまった、どうやらユニコーンの言葉が解るのは俺だけのようだ。

 

 何故と考えた時にユーリの一言でピンと来る。今の俺は動物の姿であるのがもしかしたらそれが影響しているのかもしれない。


 丁度いいタイミングで鳥達が頭上でぴよぴよ鳴いていたので試しに意識を集中してみると。


『どこに行く?』

『あっちので良いんじゃないか』


――聞こえた!! 


 どうやら餌場の相談をしていたようだ。今までは試したことがなかっただけでこの姿になった影響はこんなところでも影響していたらしい。

 と、ここまで考えたところであることに気づいた。ユーリには無理でも精霊であるアリアであれば動物の言葉を解るのではないか。


それを確認してみると―――。


『出来ますけど?』


 やはりそう返される。続けてユニコーンの声に注意するように促してみると…


『……納得です。この子こんなに口が悪かったんですね』


 ようやく理解してもらえたようだ。


「分かったか?」

『はい、ご主人がボケてないようで安心しました』


 相変わらずの減らず口である。






『何だお嬢さんも話出来たんだな!! その変なのと話してないで俺と話さないかい?」


 アリアと二人で話していると横からユニコーンが話に割り込んできた。わざわざ俺を払いのけるようにしアリアへと話かけようとする―――


「――――いい加減にしろよ?」


 その瞬間に俺の我慢の限界を迎えた。


『何だよチビっちゃいの? 文句でもあるの?』

「あるに決まってるだろ!! さっきから言いたい放題言いやがって!!」

 

 そうなのである、コイツはさっきからずっと俺を貶す言葉を言い続けていたのだ。


 チビだの、間抜け面だの、小物だの。


それは既に悪口でしか無くなっていた、子供だと思い我慢していたのだがそろそろ限界だった。 


『はぁ?』


そしてこの言葉が最後の引き金となって―――


「よろしい……少し教育をしてあげよう」


 躾という名の戦闘が始まった。




手始めに火炎弾を放つ―――が


『何だこんなの!!』


さすが幻獣というべきか、その体に当たる瞬間に体をベールが包み込むと無効化されてしまった。


「へぇガキでもさすが幻獣と言ったところか」

『誰がガキだと!!』


感心半分の言葉だったのだが、「ガキ」呼ばわりしたのが気に障ったのか、次の瞬間ユニコーンはその角をこちらへ向け突進してくる。


「危ない、危ない」

『何!?』


 その突進をギリギリの瞬間で避けその背へと飛び乗ってやる。すると一瞬俺の姿を見失ったようだ、キョロキョロ辺りを見渡している。


「ここだよ、ココ」

『何勝手に俺の背に乗ってやがる!!』


 居場所を教えてやると、勝手に背に乗られていることに気付き何とか俺を落とそうと暴れ始める。


「危ないだろう?」

『ウグっ』


 そのまま乗りこなすのも出来なくは無かったのだが面倒だったので雷撃で大人しくさせる。魔法を防ぐベールといえどゼロ距離ではどうにもならなかったようだ。


 雷撃で気絶したユニコーンであったが目を覚ますとまた暴れ始める。それを同じように黙らせること数十回。



『――――もう勘弁してくれ…いや許してください…お願いします』

「仕方ないな」


 ようやくユニコーンは折れたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る