第9話帰還

 遺跡の主の力で元の森へと戻ってきた。目の前には巨木に埋もれた例の石碑。この場所からあの遺跡へと飛ばされてからおそらく数日は経っていると思われる。辺りは暗く大体夜明け前くらいだろうか。


「何か…色々と凄かったよね」

「…そうだな」


 何ともざっくばらんな少年の感想である。間違ってはいないのだがそんな簡単な言葉で片付けてしまうのは何か違うようにも思う。


「そういえば、それどうするの?」

「ん? コレか?」

「うん、ただの腕輪とも思えないけど…」


  こちらを見ていた少年があるものに目をとめて問うてくる。それは例の精霊から貰った腕輪。ここまでは小脇に抱えて持ってきていた。腕輪といっても現在の俺は小動物の姿。元の姿であれば問題なかったのだろうが当然に小動物の腕には大きすぎた。 


「何なら君が持つか?」

「え、いや君が貰ったものだし…僕は遠慮しておくよ」


「俺が持つよりはまだ良いと思ったんだが」


 サイズ的には大人用と言ったところ。子供である少年にも多少は大きいかもしれないが自分よりはマシだろう。そう思い提案してみるが速攻で断られてしまった。様子を鑑みるに恐らくあの精霊の事を考えて気が引けてしまったのだろう。無理強いをするほどのことではではない他の手を考えることにする。


「そうか。さてどうするか」


 騎士を撃破したときに拾った宝珠と同じように別次元にしまっておくのも一つの手ではあるが。もしあの転移の魔法を即座に頼めるのだとすれば身近に置いておく方が良いかもしれない。

 腕輪を今一度確認すると魔力を流すこととでいくらかサイズが変えられることに気がつく。だが流石に自分に合うサイズまで小さくするまでは出来なかった。

 ならばという事で逆に大きくしてみる。このサイズであれば今であればネックレスとして使えそうだ。試しに嵌めてみるとうまく付けることができた。念のために首が締まらないように魔法で固定もしておくとしよう。


「よし、悪くない」


 装飾もしっかりしているしアクセサリーとしても申し分ない。良い解決方法を思いついたと心の中で自画自賛する。

 だが、ふと顔を上げてみると少年が口を押えて何か我慢するような表情になっている。これは笑うのを堪えている?


「何だその顔は? 何か面白いことでもあったのか?」

「っぷ、ははっもう無理我慢できないよ」


  我慢の限界とばかりに大笑いする少年。何が何だか分からないためにそれを眺めてることしかできない。これは俺を見て笑っている…のか?


 その反応にだんだんムッとしてくる。ひとしきり笑った後にようやく少年が口を開く。


「ゴメンゴメン、まるで首輪みたいだなと思ってさ。そうそれこそ飼われている小動物って感じで」


 なるほどようやく理解する。確かに今は小動物の姿であるそれに首にアクセサリー…たしかに首輪であった。即座に取り外して異次元へと仕舞う一先ず保留である。なんだか面白くない。腹いせに一発軽く少年の頭を小突いてやる。


「痛いよ――」


 ふん、だが笑われたことに関してはこれで帳消しにしてやろう。




 しばらくの休憩も終わり少年の村へと出発する。


「さて。そろそろ行こうか」

「うん!」


 森の状態を探ってみるがどうやら大丈夫のようだ。ここに落ちてきた時に一度は破ってしまった例のベールも復活していた。

 少年の案内で村の方向へと進んでゆく。前のようにいくら進んでも抜け出せないということは無い。それからしばらく森の中を進んで行きようやく街道らしきものへと出た。


「良かった。ちゃんと森から抜けられたよ」


  少年が安堵のためかホッと息をついている。いくら大丈夫だと言われても実際に抜け出すまでは不安が拭えなかったのだろう。


  そこからその街道を進んでゆき歩き続ける事しばらく、日が傾き始めた頃に周辺と比べて小高くなっていた丘へと差し掛かった。ここからだと遠くまでよく見える。歩いてきた街道はまだまだ先が長いがその先に村らしき影が見えた。


「オズ! あれが僕の村だよ。…良かった―――ようやく帰って来れた」


 村が見える場所まできて安堵したのだろう少年の目の端には涙が見える。それを拭うと改まってこちらの方を向く。


「オズ、本当にありがとう。君がいなかったらきっとあの森から帰って来れなかった。何度感謝しても足りないくらいだよ」


 少年のいきなりな真摯な言葉に若干面食らってしまう。少々の照れを隠すためにすこし顔を叩く。


「気にするな、それにまだ約束は果たしていないからな。あと少しなんだろ? 家族に会えるまで気を抜くな。ちゃんと君にも約束を果たして貰わないとな」


 その言葉にキョトンとした顔をした少年だがすぐに約束の事をを思い出したのだろう。すぐにハッとした顔を浮かべる。


「ははっ。そうだったね。もちろん覚えてるよ、楽しみにしててね。」

「じゃあ、あと少しなんだとっとと行くぞ」


 自分で言っておいてなんだが催促したようで少し恥ずかしい。先ほどの照れと相まって頬が熱い。それを隠すために背を向けて歩き出す。するとそこへ再び少年の声がかかる。


「あっそうだ。もう一つあったんだけど良い?」

「今度は何だ。礼ならもう十分だぞ」

「いやそうじゃなくてね…お願いがあるんだ」

「お願い?」


 思いがけないお願いという単語が言葉が気になって一度足を止めて振り向く。いまさらどんなお願いがあるというのか。


「うん、今オズは僕のことを呼ぶときずっと少年って呼んでるよね?」

「そういえばそうだったな」

「自己紹介してなかった僕の方も悪かったけど、やっぱり呼ぶときは名前で呼んでほしいなっておもって…」


 言葉の最後の方は言いどもっていてよく聞き取れなかったが内容自体は聞き取れた。何かと思えば呼び名に関してのお願いだった。特に俺自身は気にしてなかったのだが彼には気になる点だったらしい。


「というわけで改めて自己紹介!僕の名前はルカ・オルコット。ルカって呼んでください!」


 何か恥ずかしいのか勢いに任せるまま自己紹介を言い切る。こちらには特に断る理由もない、要望通りに読んでやるとするか。


「分かったよ。俺のことはオズのままで大丈夫だ、改めてよろしくな『ルカ』」

「うん!! よろしくねっオズ!」


 俺の言葉に嬉しそうに返してくるルカ。その顔は今まで一緒にいる中では一番の満面の笑みだった。二人ならんで村へと向かっていく――――さぁ、ようやくの到着だ。 














 ◆◆◆


 世界と世界の狭間、次元と次元の境界線。そこは神々の住まう世界、いわば『神界』とも呼べる場所である。その一角、各世界の管理者が己が担当する世界を見守り続けるその場所にとある一人の女神がいた。彼女の名前はシルヴィア、神々の中でも上位の力を持つ上級神であり神々を取り持つ調停者でもある女神だ。


 彼女が手に持つ水晶、それには彼女の担当する世界の風景のすべてが浮かんでくる。水晶に浮かんでいるのは一人の子供と小さな黒い小動物。その一場面を見て彼女は何かを期待するような笑みを浮かべていた。

 彼女の視線が捉えているのは黒い小動物。『彼』はとある世界から弾き飛ばされた存在で、本来であれば世界の狭間…神界とはまた別の混沌の坩堝を漂う運命だった。『彼』の『事情』をある程度理解していた女神シルヴィアはいくつかの理由から『彼』を己が管理する世界へと受け入れたのだ。


「ふふっ、本当に楽しみね。 …ってあら、やっぱり来たわね」


  水晶を見つめ続けていた彼女の耳にドタバタとした足音が聞こえてくる。その方向へと視線を向ければそこには彼女の予想通りの人物が現れていた。


「お姉さまっ一体どういうことですか?」

「何の事かしら?」


 その人物とは彼女の妹分にあたる上級神の一人、女神セレナス。件の彼が元いた世界の管理者であり、その彼を次元の狭間へと飛ばす計画を建てた張本人だ。


「アレがお姉さまの世界にいると聞きました!本来であれば世界の外に飛ばされたあとどこの世界にも許可なく入ることは出来ずに時空の狭間を漂う予定でしたのになぜ許可されたのです?」

「貴女が『アレ』というのが『彼]だというのであれば確かに私の世界にいるわね。招き入れた理由をいうのなら境界世界の安定のためよ。彼ほどの力を持つ存在があの場所に居続けては悪影響を招きかねないでしょう? 貴女も知らないはずがないでしょうに…」


 シルヴィアは言外に『貴女の後始末をした』と告げる。それに関しては事実であり対するセレナスは何も言い返すことが出来ない…いや出来ないはずだった。


「そうだとしても私たちはそれぞれが管理する世界にに関して相互不干渉だったはずです! それに関してはどうなのですか?」


 その言葉にシルヴィアは大きなため息をつく。


「私が彼を招き入れたのは時空の狭間…『境界世界』に漂っていたからなのだけど…。感情的になると周りが見えなくなる癖、相変わらずのようね」


 相互不干渉の決まり。それは確かに天界における絶対のルールだった。しかしそれは『管理する世界』に限った事であり共有世界たる時空の狭間においては適用されない。なにより神々の調停者でもあるシルヴィアがそれを見逃すなどありえないことだった。


「そ、そんなことは! 私はまだ納得していませんから!あとでまた参ります!」

「はいはい、またね」


 全くの正論にセレナスは顔を真っ赤にして足早に去っていく。それに手を振るシルヴィアだったがセレナスの姿が見えなくなると呆れの表情から一遍しておかしそうに笑っていた。


「これくらいで言いくるめられるなんて甘いわね~。いえ若いというべきかしら。境界世界の安定のためだけなら排除という手段もあったということに気づかないんだから」


 安定という観点から見るのならば境界世界からその存在を取り除けばいいのであり、その手段として排除もありえたのである。

 現状においてシルヴィアの力はセレナスよりも強く、セレナスと同等の力に迫ってきていた彼より強い。今であれば排除は可能。将来的な事を考えれば(シルヴィアとしては彼と敵対するつもりはないが)彼の力がシルヴィアを上回る可能性もあり今排除した方が後々の不安要素は潰せる。、調停者の立場から考えるならば、その選択こそ最善と言えた。それでも自分の世界に招き入れる事を選んだのは至極個人的な理由だ。


 その選択の理由。セレナスに語ったように理由の一つ目は義務感。『彼』ほどの存在であれば自力でどうにかできた可能性もあり、その場合は当然の力技となってしまう。そうなれば各世界への悪影響が懸念されたため。

 二つ目の理由は『憐み』から。事情を知るがゆえに彼女は彼に同情を覚えていた女神の慈愛からくる理由。


 そして三つ目、最後にして最大の理由、至極個人的であると言い切れるそれは純然たる『興味』によるものだ。

 視線を水晶へ、そこに映る『彼』へとむける。


「だって『彼』みたいなイレギュラー、次にいつ現れるかなんて分からないもの」


 彼女は一人独白する。彼が自らの世界を追われた理由を―――


「憐みは確かに感じるわ。だってセレナスがやっていたことは確かにやり過ぎではあった。でも貴方がいなければあそこまで悪化することはなかった」


 己が管理する世界が停滞することが無いように干渉するのは神の役目。その手法は様々あり『争い』もその中の一つとしてあった。その手段はもっとも安易であるがゆえにまだ年若い神であるセレナスがそれを選択したことは仕方がないことだったのかもしれない。ただその『犠牲』になる者たちの中に『彼』がいたことによりセレナスの想定をも超えてかの世界は混乱したのだ。女神の力に匹敵する力持つ生贄イレギュラーが生まれてしまった事で。


あの子セレナスがまだ未熟で、感情的になって行動してしまったことが何より悪いのだけど…そんな女神に育ててしまった私にも責任はあるから」


 過去の悲劇を無くすことは女神シルヴィアにも不可能であり、彼女に出来るのは未来を与える事だけだから。今回の事はせめてもの贖罪と彼女の望みが合致するもの。


「少しハプニングはあったみたいだけど貴方なら大丈夫でしょう」


 体の変化も彼女には予想外のことだった。


「私は貴方を制限しない。過去のあなたを誰も知らないその新たな世界でこんどは好きに生きてみなさい」


 彼は女神が常に求める想定外イレギュラー。今もまた彼女の予想を超えて彼を追うものが現れる。


「さて次は何を見せてくれるのかしら小さな『魔王』さま」


  平穏は歓迎すべきもの。だが変化が無さすぎるというのも神々にとっては退屈なこと。『彼』はその変化を呼ぶには打ってつけの存在だったのだ。


  そんな彼女の視線を感じとったのか水晶の向こうで『彼』が振り返るが完全に気が付くには至らない。


  女神シルヴィアは楽しそうに『彼』の後ろ姿を見つめ続ける。 

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