僕の未来はきっと暗い ~社会不適合者な僕の家に未来から来た怪しい少女が住み着きました~
日出而作
第1話 好き?嫌い?どうでもいい?
秋の陽射しに揺られると、心までもが水面を漂うようにふわふわとして、起きていることさえ罪に思える。
抗いがたい眠気に誘われながら、紅く色づいた木々をぼおっと眺めていた。
ふとあたりを見回すと、野原の中で黄昏れている少女の姿が見えた。
それはもう言葉では言い表せないくらいに美しく、草花すら彼女を慕って生えてきたかのように見える。
彼女は天使だ。きっと天使に違いあるまい。
僕はついに俗世を離れ天に召されたのだ。
『……かわ…ん…川俣くん』
か細い声が、はっきりと聞こえた。
彼女は僕の名を呼んでいる。
「起きて、川俣敏!」
「は、はいっ!」
虚を突かれた僕は、驚いた猫のように飛び上がった。
教室に笑い声が響いた。
残酷なことに夢の先はいつも現実だ。さっきまで目の前にいた天使も、担任の数学教師に変わっていた。
「川俣くん、今眠ってたでしょ?」
「はあ、すみません」
「生返事はやめなさい」
「すみません」
あくまで真摯な態度をとらない僕に愛想を尽かせたのか、楓先生は呆れた顔でため息をついた。
「もういいわ。ちゃんと授業受けないと赤点とるわよ」
そう言い放つと、再び黒板に向き直った。
楓先生は教師に向いてるが教育者には向いていない。
よく言えば放任主義で、悪く言えば冷たい。
職務上生徒に注意はするが、注意を聞くのも無視して失敗するのも自己責任というスタンスだ。
必要以上に熱くなって、個人的な領域にまで干渉してくることは絶対にない。
そんな様子だから、青春することが人生の主目的だと考えているような、多くの生徒には今一評判がよくないけども、僕のように無気力な生徒にはぴったりの先生だった。
だからと言ってはなんだけど、僕は密かに慕っていた。
恋愛的なそれではなく、師弟愛のようなもので、さらにはほっとかれるから好きだという妙な感情だ。
契約で囲われた生徒と教師という絶妙な距離感は、親しくもなければ疎遠でもなく、お互いに事情があって同じ箱に詰められたミカンみたいなものだろう。
争う必要も無いし、無理に親しくする必要もない。
楓先生は、それをよくわきまえている。
世の中には親しくなることが義務かのように勘違いしている輩がいて、結果として好きと嫌いの二つに分けたがるが、本当は『どうでもいい』という存在が一番多いはずだ。
それなのに、人は『自分は好かれている』と信じていたいから、自分がどうでもいい存在だって事を認めたがらない。
好かれていると信じることで、自分は他人にとって重要な人物であると信じ、その認識を共有しろと他人にまで押し付ける。
そんな自我の押し付け合いでも、なんとなく世界は成り立つ。
下らない物思いに耽っている間に予鈴がなり、授業は終わってしまった。
結局内容は、何一つ頭に入らなかった。
これなら寝ていても同じことだ。
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