第5話 岩を掘るだけの簡単なお仕事(1)

「削岩機を作りましょう!」


 錬が宣言したのは夕刻過ぎ、食事を終えた後の事だった。


 魔石の運搬効率は高くなったが、掘るスピードが変わらなければいずれ頭打ちとなる。だから次に効率化すべきは採掘だ。


「サクガンキってのは何だ?」


「よくわからねぇが、魔法で岩をぶっ壊すんじゃねぇかな!?」


「そりゃすげえ!! さすがレンだぜ!!」


 さすがさすがと奴隷達がはしゃいでいる。想像を超えた話に語彙が追い付いていないようだ。


「魔石エンジンでツルハシを動かすんですよ……。魔法じゃないです」


「でもツルハシは持ち出せないよ? どうするの?」


 ジエットの言う通り、ツルハシは奴隷使いが管理しているため持ち出し厳禁だ。しかしそれ以外に金属製品はないので、他に選択肢はない。


「現場でツルハシを取り付けられるようにしよう。破損した場合でもすぐ交換できるし一石二鳥だ」


 今回の計画は魔石エンジンの回転をクランクで往復運動に変換し、ツルハシを高速で叩き付けるものだ。問題があるとすればトルクだが、幸い魔石エンジンはたくさんある。


「とりあえず実験してみよう。やってみなきゃわからない」


 実験自体は大した事ではない。角材で作った木製ツルハシの持ち手に支点を作り、クランクシャフトでリンクさせれば完成だ。


「じゃあ動かすよ」


 錬が車輪を回すと魔石と火炎石が火花を散らし、エンジンが稼働し始めた。


 その状態で近場の岩へ角材を打ち付ける。


 だが魔石エンジンは岩の表面を一叩きしただけで止まってしまった。


「だめだったか」


 ある程度は予想していた結果だ。


 魔石エンジンは、魔石と火炎石が引き起こす指向性爆発による運動エネルギーを、回転運動に変換する装置である。一回転して次の爆発を起こすまでに必要なエネルギーを、一度の爆発で確保しなければ途中で止まってしまうのだ。


「リフトのように減速比を上げてパワーアップしてやればどうじゃ?」


 スロウ爺さんが建設的な意見を出してくれる。


 小さな歯車で大きな歯車を回すと、回転速度が落ちる代わりにトルクが増す。それと同じ事をやってはどうかという事だ。


「たしかにそれだとトルクは上がりますけど、回転速度が落ちます。魔石をゆっくり運ぶだけなら大丈夫でしたが、岩を砕くのは難しいかもしれません」


「ならばどうする?」


「この場合、多気筒化が候補になると思います」


 現在の魔石エンジンは、燃焼室に相当する部位である魔石と火炎石の反応部が一つ、つまり単気筒だ。


 これに対し、クランクを回す位置を変えて位相をずらし、複数の気筒で出力軸を回すのが多気筒である。


 気筒を増やせばトルクが上がるだけでなく、次の爆発を起こすまでに必要なエネルギーを減らす事ができ、より止まりにくいエンジンとなるのだ。


 多気筒エンジンにはその並べ方により、直列、V型、水平対向など様々な種類がある。


「色々な多気筒エンジンを考えてみたんですが、今回は星形エンジンにしましょう」


 星形エンジンとは、気筒を放射状に並べ、同じクランクを回すものである。他のエンジン機構と比べてクランクシャフトが短くて済むため、製造技術の低い現状でも壊れにくいものが作れるのだ。


 錬が砂地に棒で絵を描き説明すると、皆納得したようにうなずいた。


「これ知ってるぜ! 魔法陣って奴だろ!?」


「つまり魔法で動くエンジンって事か!?」


「やっぱり魔法使いじゃねぇか、がっはっは!」


 いくら言っても全くわかってくれない。何が何でも錬を魔法使いにしたいらしい。


「まぁ……ともかく星形魔石エンジンを作ってみましょう」


 




「クソがぁぁぁぁぁ!!!!」


「ボケェェェェェェ!!!!」


「死ねぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 猛然と手刀を繰り出し、削っては積みを繰り返す。


 星形魔石エンジンの加工現場も相変わらずの調子だった。まるで木材に親を殺されたかのような鬼気迫る形相である。


「皆ストレス溜まってるのか……?」


 錬が話しかけると、ジエットはクランクシャフトを削る手を止めて苦笑した。


「そりゃねぇ。皆好きで奴隷になったんじゃないだろうし」


「それは……そうだな……」


 当たり前の事だ。好き好んで隷属したがる者などそうはいまい。


「前にベルドから話を聞いたんだけど、獣人達は幼い頃に村が襲われて、奴隷として売られちゃったんだって」


「襲ったのは……やっぱり人間か?」


「ううん、同じ獣人みたい」


 予想外の答えに錬は目を見張った。


「当時の獣人王国では人さらいが横行しててさ。手っ取り早く外貨が手に入るから、国の上層部も対処しようとしないどころか、むしろ率先して奴隷貿易をやってたんだって。ここにいる獣人奴隷は大体皆それでさらわれてきたらしいよ」


「当時って事は、今はもうやってないのか?」


「やってないっていうか、もう国自体なくなっちゃったというか……。自国民を売り飛ばしてお金にしてた国だし、滅んでもしょうがないよね」


 ジエットは苦笑し、地面へ目を落とす。


 それから意を決したように口を開いた。


「……実を言うとね、私のお母さんはその獣人王国のお姫様だったの。それがここヴァールハイト王国の国王の側室として嫁いで来て、今私がいるというわけ」


「って事は君、お姫様だったのか?」


「肩書きの上では今でも姫だよ。私の本当の名前は、ジエッタニア=リィン=ヴァールハイト。この国の第七王女なんだ」


 ニカッと牙を見せて笑う。


「その第七王女様が、どうして奴隷に……?」


「お母さんはね、国民を売り飛ばしてお金にする奴隷貿易をやめるべきだと思ってたの。そのために貿易相手国であるヴァールハイト王国に嫁いで、内部から変えようとしたんだって。だけど……」


 ジエットは悲しげに白い熊耳を伏せた。


 その試みがうまく行かなかったからこそ、娘のジエットは今ここにいるのだろう。


「私が生まれた頃から魔力至上主義が台頭してきて、生来魔力を持たない上に奴隷として使役される獣人への差別がひどくなったんだって。それでお母さんは私に害が及ばないように、こっそり逃してくれたの。結局人さらいに捕まって売り飛ばされちゃったけど」


「それならこの国の姫だって知らせればいいんじゃないか? そしたら王様とかが助けてくれたり……」


「しないよ。そもそもお父様が守ってくれるような人なら、お母さんは私を逃がす必要なかったし。異母兄弟の王子王女はいっぱいいたけど、助けてくれそうなのは第一王子のランドールお兄様一人だけかな」


「その人に助けを求めてもだめなのか?」


「……助けを求めるまでに誰かの耳に入っちゃうと困るからね」


 ジエットはどこか自虐的に笑う。


 父や兄弟姉妹ですら信用できないような環境で育ったのだ、無理もない。


「でもチャンスはある。ランドールお兄様は王太子だから、いずれ王位を継承するはず。助けを求めるのはその時だよ。私にできるのは待つ事だけ」


「ただ待っているだけってのは辛くないのか……?」


「もちろん辛いよ。だけどね、レンのおかげで毎日が楽しくなったんだ。こんな面白い物を作って、仕事が楽にできるようになって、皆も喜んでる」


 はい、とジエットはクランクシャフトを渡してくる。


 他の部品もできているため、組み立てれば星形魔石エンジンは完成だ。


 テスト用の木製ツルハシを取り付ければ、後は試運転を残すのみ。そこそこの重さと大きさなので、ガタイの良い熊獣人に一番手をお願いする事にした。


「うおおおお死にさらせぇぇぇぇッッッ!!!!」


 すさまじい勢いで岩を叩く削岩機を両手に構え、熊獣人の男が怒声を上げる。


 どうやら想定通り、岩を叩いても止まる事はないようだ。


「次オレにやらせろ!!」


「いけぇぇぇぇぇ!!!!」


「ぶっ壊せぇぇぇぇッッッ!!!!」


 まるで格闘技の観戦かという熱狂振りだ。


 見ればジエットまで牙をむいて削岩機を構えている。


 木製ツルハシはもはやサキイカのようにボロボロで、原型を留めていない。対する奴隷達は憑き物が落ちたようにスッキリした顔になっていた。


「いやぁ、これは結構楽しいねぇ!」


 試運転をし終えたジエットが削岩機を置き、額の汗を拭う。


「レンもやってみるといいよ!」


「いや、俺は……」


「まぁそう言わずにさぁ」


 渋々削岩機を受け取る。


「……じゃあ、一回だけ」


 錬の細腕では重くて持ち上げられないが、地面に置いて動かすと強烈な振動が体を揺らした。さながらミニガンをぶっ放している気分である。


「あ、これちょっと楽しいかも……」


「でしょ!」


 コロコロと可愛らしく表情を変え、ジエットは無垢な笑みを向ける。奴隷達も声援を送り、手を叩いて喜んでいる。


 日々助けられてばかりで申し訳なさを感じていたけれど。


 この時初めて、錬は彼らの仲間になれた気がしたのだった。

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