第2話 魔石エンジン開発業務
動力がもたらす恩恵の偉大さは、蒸気機関が産業革命を起こした前世の歴史が証明している。
錬は魔法の事などよくわからないし、本来の魔石の使い方も知らない。
しかし魔石が何らかの条件下で火炎石と相互作用して爆発を起こすなら、そのエネルギーを動力に変換する事も可能なはずだ。自動で回転するエンジンがあれば、様々な場面で応用が利く。荷車を動かしてもいいし、ロープウェイを動かしてもいい。
だが何を作るにしてもまず基礎研究が必要となる。
火炎石と魔石がどう干渉すれば爆発するのか、それを突き止める事が最初の一歩だ。
幸い月明かりのおかげで視界もある程度確保できる。夜間の無断外出が奴隷使いに見つかると何か言われるかもしれないが、周辺は険しい岩山のためか、見張りもいないようだった。
錬は平らな地面の上へクズ魔石と火炎石を慎重に置き、長い棒を使って石同士を軽く接触させてみた。
爆発しない。触れるだけでは何も起きないようだ。
ならばと箸の要領で棒の先に火炎石を挟み、魔石へぶつけてみる。
これも何も起きない。擦り合わせても接触させ続けても、やはり無反応である。
「魔石と火炎石が一対じゃダメなのか……?」
ジエットからもらった石は一個ずつなので、仕方なくゴミ山を漁ってみる。するとクズ魔石と火炎石はたくさん見つかった。無造作にそこらへぶちまけられ、山を成している。価値がないのはどうやら事実のようだ。
(爆発物を寝床の近くに大量投棄するのはどうなんだろう……)
奴隷の命の軽さに恐怖を覚えるが、ともあれ材料が豊富にあるのは喜ばしい事だ。
そうして色々試してみたところ、火炎石の赤い金属部分と、色の違う二つの魔石がすべて同時に触れる事が爆発を起こす条件だとわかった。
魔石は明るい紫から黒に近いものまで色々あるようだが、色差が大きいほど爆発の威力も上がる。
爆発には指向性があり、明るい魔石、火炎石、暗い魔石を時計回りに配置すると、必ず輪に対して垂直方向に爆発を起こす。
試しにかなり明るい紫と真っ黒の二つの魔石を使ってみると、爆竹のような音が鳴り響いた。再現性も問題ない。
だが魔石の輪を見てみると、火炎石の赤い金属部分が赤熱していた。対して二つの魔石は特に変化は見られない。
「電池をショートさせた時と似てるな……。爆発に向きがあるのは、電磁石の右ネジの法則みたいなものか?」
赤熱する火炎石を棒でつつき、錬はじっくり観察する。異世界における物理法則は謎だらけである。
しかし理屈はどうあれ爆発を起こすからには、魔石には何らかのエネルギーが蓄積されているはずだ。それが火炎石を通り、色の違うもう一方の魔石に流れ込んだのかもしれない。水が高所から低所へ流れようとするように。
火炎石は魔石の持つエネルギーを仲介する導線の役割をしているのだろう。
爆発する条件さえわかれば、後は単純な話となる。
ゴミ捨て場に転がっていた荷車の車輪にクランク機構を取り付け、クランクが伸びきる死点で二つの魔石と火炎石が接続されるよう配置すればいい。
こうする事で、車輪が回れば魔石と火炎石が爆発を起こし、その反動でクランクが動いて車輪が回るという構成になる。
実際に作るには工具が必要となるが、これは人類最古の英知、石器でいいだろう。割ればノコギリになるし、叩けばハンマーにもなる。こすればヤスリがけも可能だ。
ネジも欲しいが、そんなものはないので釘を使う。
ちなみにガラクタを漁ってみたところ、金属製品は一つもなかった。おそらく奴隷が反乱に使わないよう武器になりそうなものは排除しているのだろう。
となると、爪楊枝のように尖らせた木釘で代用する他ない。もちろんすべて手作りだ。
「地道な作業になりそうだけど……やるぞ!」
錬は頬を叩いて気合いを入れる。
そうして夜空の月が雲に隠れるまで作業し、転生初日の夜を終えるのだった。
翌朝、奴隷使いが鍋底を棒でガンガン叩く音で錬は目を覚ました。
大勢の奴隷達とともに石のような固いパンと塩味の具なしスープで朝食を済ませ、今日の仕事が始まる。
魔石鉱山での奴隷達は、主に三グループに分かれていた。
唯一の金属製品であるツルハシを貸し与えられて魔石を掘る採掘係。
掘った魔石を運ぶ運搬係。
そして魔石の大小を選り分ける選別係。
錬がいるのは運搬係だ。
やる事は単純明快で、採掘係が掘った魔石を麻袋に詰め、選別係のいる山の中腹へ運ぶだけ。
しかし道がうねっている上に高低差が激しく、水も満足に飲ませてもらえない。
一応荷車もあるが、数が足りないので使えるのはごく一部の奴隷だけだ。魔石の爆発事故も含め、過酷を極める職場である。
「さっさと運べ! 石ころ運ぶだけでオマンマが食えるんだから、楽な仕事だろうが!」
鞭を岩場に叩き付け、奴隷使い達がにらみを利かせてくる。
言うは易し、するは難しとはこの事だ。
錬も三往復半ほどした辺りで体力が尽き、昼下がりの山道で大の字に倒れ込んだ。
「はぁ……はぁ……きっつ……」
「……オイ、オマエ」
突然錬の視界にボロを着た熊が割り込んできた。
右目に爪痕のような傷がある筋骨隆々とした獣人で、薄く開いた口からどう猛な牙を覗かせる。
「ひぃっ!?」
「視界ニ、入ルナ……」
「す、すみません……! すぐどきま――うわぁっ!?」
錬は首根っこをつかまれ、片手で子猫のように持ち上げられる。
(こ、殺される!?)
とっさに体を強張らせるが、しかしなぜか道端の岩陰にそっと下ろされた。
「ココナラ、奴隷使イ達ノ視界二入ラナイ……モウ安心」
(そっちかよ!)
心の中でツッコミを入れる錬。
その後ろから数人の奴隷が歩いてきた。
彼らは皆、米俵ほどもある麻袋を担いでいるのに平然と山道を踏破している。数えてはいないが、軽く十往復はしているだろう。
人間もいるが、大半が熊や犬顔の獣人だ。彼らたくましい奴隷達の中で、ジエットだけは背丈が半分ほどしかない。
「ベルド……レンが怯えてるじゃない。何やったの?」
「オレハ、何モシテイナイ……」
熊顔の獣人は弁解するように手を振る。彼はベルドという名のようだ。
「あなた顔が怖いんだから、笑顔で接しないとだめだよ」
「コ、コウカ……?」
鋭い牙をむき出しにするベルド。どう見ても獲物を狙う肉食獣の顔である。
「は……はは……」
乾いた笑いしか出ないが、悲しそうにシュンと耳を垂らす姿はどこか愛嬌がある。顔は怖いが根は良い人物なのだろう。
「レンも無理しないようにね。今この辺は奴隷使いがいないから、私達が戻ってくるまでそこで隠れて休んでて」
そう言ってジエットは錬の麻袋を拾い上げる。
「そ、そんなに持って大丈夫なのか……?」
「大丈夫大丈夫、これでも半分は熊人族だからね。人間とは体力が違うよ!」
「いやいや、オレは人間だが鍛え方が違うぜ?」
「あなた力比べで私に勝った事ないでしょ」
「……ま、まぁガキンチョはその辺で休んでろってこった。がっはっは!」
快活に笑いながら、彼らはまるでペースを乱さず歩いて行く。
彼らの好意に甘え、錬は岩陰に隠れるように腰を下ろした。
そうして夜になり、カビの生えた固いパンと塩味スープの夕食を済ませて寝れば一日が終わる。
朝になったらまたまずい飯を食べて魔石運びだ。
そんな退屈で微塵もやりがいを感じない奴隷の日々も、一週間目を迎えていた。
錬は雑魚寝する奴隷達を尻目に、今夜も月明かりの下でエンジン作りに勤しむ。
角材を石ノコギリで切断し、尖った石で穴を開け、車輪へ装着すればクランクが出来上がる。後は壊れないよう木の板と木釘で補強し、魔石と火炎石を良い位置に調整すれば完成だ。
「ふぅ……試作一号機はこんなもんかな」
思いのほか早く仕上がった。
良い形の廃材がたくさんあったのもあるが、奴隷達が子どもの錬を気遣い、毎日手助けしてくれるおかげで体力の消耗が抑えられているのが大きい。
「皆には感謝しないとな」
「何を感謝するの?」
「うわっ!?」
後ろからジエットに声をかけられて驚く錬。
どうやら様子を見に来てくれたようだ。
「これが前に言ってた、エンジン……ってやつ?」
「そう。ここで魔石と火炎石を爆発させて、その反動で車輪を回転させるんだ。こんな風に」
錬が車輪を軽く回すとクランクが連動し、バチバチと火花を散らして回転が加速する。
「うひゃあっ!?」
ジエットは飛び上がって尻餅をついた。
「レン、あなた魔法が使えたの!?」
「魔法じゃなくて、魔石で動くエンジンだよ」
「魔石で……? こんな事、魔法じゃないとできないでしょ!?」
「魔法じゃなくてもできるよ。君だって動かせる」
「私も……?」
しきりに瞬きしながら、ジエットは回転する魔石エンジンをためつすがめつ観察する。
「トルクはまだ大した事ないけど、麻紐のベルトと車輪のプーリーでトルクアップしてやれば使い物になると思う」
「……あなたが何を言ってるのかさっぱりわからないけど、なんだか面白そうだね」
魔石エンジンを見つめる彼女の目は、まるで新しいおもちゃを買ってもらった子どものように輝いている。
「さっき私にもできるって言ったよね?」
「ああ、できるよ」
「なら何か手伝える事はある?」
「いいのか!?」
「いいよ。どうせご飯食べて寝るくらいしかする事ないしね」
思わぬ申し出に、錬は飛び上がりそうな気分になった。
「助かる。じゃあまずは麻紐を集めてもらえる? たくさんあるほどいい」
「任せて!」
力持ちのジエットが協力してくれるなら作業は大いに捗るだろう。
これが完成すれば、仕事の能率が激変するはずだ。
「明日までに完成させよう。皆をびっくりさせるぞ!」
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