見知らぬ国のトリッパー 3





scene:5


 2013年、真冬。


 渡部と不毛なるTCG企画の話をした数日後。 奥村は渡部がいる仕事場に足を運んだ。渡部が奥村を見つけて声を掛ける。


 「おう、奥村。答えは?」


 まだ仕事を受けていないないというのにこれである。しかも渡部が奥村にTCG誘ってから一週間内に答えを出すと読んでいたようで奥村はムカついた。


 アナログなものを作るということであまり広くはない開発室。周りを見てみると全員他社のTCGをプレイしていた。それはそうだ。TCGはプレイしないと面白さがわからない。調査という名の遊び。遊んでいるように見えるが、正しい。まあ給料もらって遊ぶというのはフザけているが、奥村も会社の屋上で酒を呑んでいるので何も言えない。奥村はだまって企画書を渡部に渡し、そして言った。


「魔法の現代的解釈とシミュレーション、それによる教育が“売れない”でしょうが最適解かと」


 売れない、という部分をアクセントを大にして言った。最初から失敗しますと宣言するようなものだ。だが、渡部は全くと言ってよいほど意に介さない。どうやら読まれていたようだ。


「売れるように作って欲しいものだけど。ジャンルは…やっぱり魔法か?」

「ええ」


 渡部は難しい顔をした。会社のTCG部門を任されたのだからTCGには軽く触れており、魔法主体は難しいと感覚で解っているのだ。


「…勝算は?」

「わかりませんね」

「君がそう言う時は勝算がある時だよ。自覚して無いだろう? しっかし」

「なんですか」

「モンスター出てこないんじゃあ子供向けじゃないね」

「出てきますよ。あと、元から子供向けに作っていません」

「…ああ、子供を外すのか。ふむ、なるほど。携帯、もしくはネットか?」


 流石はゲーム屋だ。察しが早くて助かる。高校生の携帯普及率は90%を越えている。それはそれで時代の流れで悲しい事なのだが、90%以上がモバイルネット環境に触れているのは事実だ。コミュニケーションのために持たなければならなかった90%、持ちたくても何らかの理由で持てない10%。身近なデジタルデバイドはここにある。世界を見れば携帯機器を持たない子供など沢山居る。小学生がスマフォ解禁との噂だが、今は無視した。


「そうですね、購買層から子供は抜いています。まあ、これは企画書のラフというかメモですが」


 一番上のページには『スペル・バインダー』とある。


「『スペル・バインダー』?」

「ええ。簡単に言いますとゲームで良く使われる魔法ってありますよね。火の球とか」

「ああ」

「火の球を形成して相手にぶつける、それにはまずMPから火を起こして球型に丸めて、相手に投げる必要があります。RPGでは自動ですが。火の球をぶつけて爆発させるには、風、粉塵、熱せられた水蒸気などが要るというか条件下として必要ですよね」

「つまるところ魔法のカスタマイズかな?」

「伊達にゲーム作って無いですね」

「舐めるな奥村」

「RPGでは最初から決められた魔法名があってその魔法を使いますが、その逆、要素を分解、要素を組み替える事でほぼ無限の魔法現象を再現できないかと」

「へえ、炎熱、水冷、電撃、風衝、地殻、金鉱、時空、機構、磁重、聖光、暗黒、幻影、死霊、理言、…か。組み合わせるとなるとデッキはどうなる?」

「いや、もっと読んでから質問してくださいよ」

「君から聞いた方が早いからさ」

「ええと、メインデッキ40枚、サブデッキ10枚~50枚」

「…え、90枚?」

「ま、サブデッキはスイッチのようなものであまり使いませんけどね。メインで属性カードを組み、サブで魔法や召喚カードを組むという分け方ですかね、実際はもっと複雑ですが。TCGプレイヤーは気に入ったゲームならそのカードを買い集めるので、有名なTCGだと千枚以上保有してるプレイヤーもいます。だから最高90枚というのはそんなハードル高くないですよ」


 渡部は企画書を読み進める。あ、座りなよ、と渡辺がソファーのほうを指差したので奥村は座った。自然と周囲の視線が集まる。まあ交渉の魔術師とあらゆる意味で謎のゲームデザイナーが企画対談するのだ。少し鬱陶しかったが興味深いのだろうなと奥村はそう思うだけにした。


 少し遠くから、あー奥村ー、コーヒーの砂糖何個? という能天気な渡部の声が聞こえたので4つでお願いしますと答えた。そして渡部がコーヒーカップを2つ持って、1つを奥村に渡した。


「コーヒーとかあんま飲めないんですよ」

「紅茶派?」

「いや焼酎派」

「おい」

「冗談です」


 渡部が企画書を読みながら言った。


「あー、サブとしての召喚や魔法持ってくるわけか。まだよくわからんが、カードの組み合わせで召喚するという形かな?」

「そうでもありますし、そうでもない、とも」

「間接的だな。普通は最初に召喚カード出して、何らかの方法でパワーアップさせるだろ」

「大体のTCGはそうですけどね。まあ主に魔法対戦なので」

「ふーん、プレイシートが特殊だな」

「ああ、それは魔法陣組み込むためにA4縦の紙を3枚使う形になりましたね。」

「へぇ。まあ枠として楕円形組み込むとスペース取るからなあ。え、魔法陣共有ってどういう事?」

「それはメインデッキから出せる枠数に関係しますね。メインデッキは14種類の属性カードなんですがセクションという2つの区分がそれぞれあるんですよ」

「ああ、書いてあるな」

「となると、枠としては自陣側では不足するんですね」

「ふん」

「これを解決する方法として相手の魔法陣と共有する事で、様々な属性が場に置かれる事になります。利用するもよし、邪魔するもよし」

「で、場のカードの条件満たすと魔法打ったり召喚できるわけか」

「はい」

「えっとさ、この属性カードを一つの魔法にしたほうが良くない?」

「それは考えましたけどコストが掛かります。この方法なら14属性×2区分と細かい要素の印刷でメインデッキのほとんどが出来上がります」

「コストとかお前でも考えるんか」

「考えるってか最適な方法選んでるだけですよ。組み合わせもほぼ無限になる。あ、勝利宣言が相手のHP0と自分のMP0なんです。攻撃ではない魔法を魅せるためですね。逆に大ダメージのMPは少なく自分側にも被害が生じる」

「あ、読み飛ばしてた。ふーん、…て、あれ? この会話前にもしたっけ?」

「いや?」

「うん? なんかデジャヴなんだけど」

「気のせいですよ。痴呆症ですか」


 渡部は冗談で奥村の頭を軽く叩いた。奥村は、デジャヴじゃないんですけどね、と心の中で呟いたが口に出しては言わなかった。テイク3。樫木が過去の書き換えを行ってるとは言えやしない。


「召喚は?」

「出す方法はさっき言った通りなんですけど、召喚MPという専用のMPが用意されてます」

「え、普通のMPじゃなくて?」

「レベル制限はありますけど。で、召喚MPの最大値を設定する事によって、小さな召喚獣出すか中くらいか大きいの出してくるかがプレイヤーによって分かれてくると」

「ダメージは?」

「ちょっと特殊なんですけど、ダメージポイントとしては200刻みなんですよ。200、400、800と。そして属性カード1枚に付き200ダメージを示す、という事で200ダメージ受けた場合、デッキから属性カード1枚がダメージ枠に送られる。それで累積1000ダメージ受けると1000ですから5枚のダメージ枠から1枚をダメージカウンター枠に移動、魔法陣の枠として使え、この枠は相手の魔法陣とは共有しない、って感じですかね」

「あー、あー、おい、いっぺんに説明すんな」


 渡部はそこらへんにあったカードを取り出し、テーブルの上でつまりこうこうこういう事だろ? とやってみせた。


「まあ、だいたいそんな感じですね」


 ふーん、と、企画書を一応最後まで読んだ渡部が、なるほどねーと一拍置いて「デジタルの方が良くない?」と根本的な事を言った。イラつく奥村。


「これからアナログなカード売るって人が…。えーと、アナログだからできるという事もあります。でもその見方は良い所を突いてますね」

「え、やっぱ俺くらいのゲームクリエイターだと他の奴とは違うよな」

「冗談と本気を混ぜないでください」

「ばれた?」

「俺くらいじゃないと皆冗談に受け取らないでしょ。立場とか人気的に。で、半分本気で言ってますよね」

「いいねえ、奥村。俺、そういうところ好きよ」


 奥村は渡部から顔を背けてため息を付いた。そして「アナログの『スペル・バインダー』は確実に失敗します」と告げた。


「ん?」

「えーと、一般的なTCGのカード1枚の大きさはトランプと大体同じで約89mm×約58mm、ほとんどがイラストですね。今言った爆発の再現をテキストルールに書くにはスペースがない」

「どうクリアする? って問題だな」

「で、考えたのが貴方が手に取っているそれですよ」

「企画書?」

「ええ。拡張ルールをバラにして売ればいい。一応は魔法仕様書と言っていますが」

「バインダーが必要に…、ああ、それで『スペル・バインダー』か」

「その通り。魔法の法律書みたいなものですよ。所持していれば解釈・使い方の拡張が出来る。そして現代的な魔法戦ですから物理現象知っていれば知っているほど理解が高くなる」

「現代的な魔法戦とは?」

「例えば氷柱を1tくらいに巨大化させたものを魔法で作り、人間に落としたとします。人間ならどうなりますか?」

「あー、死ぬね」

「氷属性ではなく物理攻撃ですよね。火柱があっても溶かせないでやっぱり落ちて死にますよね。火柱の噴出エネルギーにも依りますが」

「あー、なるほど。根本的な。あーあーあー。デジタルゲームで誤魔化してる部分に突っ込むわけか」

「理解が早くて助かります」

「それを再現するゲームですね、言ってみれば。一応、現在のTCGの流れに沿うようにモンスター召喚の要素もありますが」

「現実的に魔法というのを考える、というのが教育の部分か」

「本質ではないですがそうですね」

「なる、ほどね」


 渡部は理解しながらも難しい表情を解かない。シミュレーションしているのだろう。そして難しい表情が険しい表情に変わった。


「失敗するね」

「でしょう?」

「バインダーで失敗するな」

「俺もそう思います」

「あたりまえのように失敗を肯定するって事は、何かあるって事かな」

「数年後、2040年ぐらいに『スペル・バインダー』は完成するように出来ています」

「はぁ?」

「電子機器です。AR技術は知ってますよね」

「まあ、大まかな事は知っているけど。資料もらってるし」

「バインダーを使用するタイプのTCGの欠点はバインダーを使用するが故に邪魔になる」

「それはわかる。だからデジタルの方がって言っているわけだけど…って、ああ、分かってきた。カードには書ききれない効果を魔法仕様書だっけ? それに入れて、それをデジタルでまとめるわけか」

「大体パーフェクトな返答ですね」

「どうやって? スマホでも難しいだろ」


 奥村はポケットからサングラスを渡部に渡した。STAR1200という製品だ。渡部はそれを掛ける。ARメガネは初めてだったようで、おおう、という反応を見せた。そして外して、へぇーとまじまじとSTAR1200を見つめる。さすがに2040年の『ブラインダー』を見せるわけにはいかない。


「だから2040年ぐらい、か」と渡辺が言った。それにしては具体的な年数だな、と渡部は思った。


「今のARメガネはAR映像を写すためにギミック、この場合は川を覗き込むようなレンズのような物が付いてますが、やがて普通のメガネのようになります」

「そんな開発してんの?」

「これからするんですよ」


 …渡部さんが色んなところと交渉して、とは付け加えなかった。『ブラインダー』が開発される2040年まで渡部は家電製品メーカーと交渉を数多くすることになる。


「ん…で、魔法としてはどうなの?」

「属性の中に区分ってのがありましたよね、それでRPGとかの魔法はほぼ再現できるどころかオリジナル魔法も作れます、が、こちらがデフォルトで用意できる魔法には対応として限りがある。バリエーションが多すぎて対応しきれないんですよ。印刷の関係も入ってきますが」

「それをどうするっての?」

「プレイヤーに属性カードの組み合わせでできる魔法を考えて、こちらに送ってもらい反映させるという形が定石ですかね。つまり、炎熱の加熱と水冷の液体を組み合わせれば蒸気ができる。ならば機構と組み合わせて蒸気機関を作れないかと考えますが、公式にはまだ無かったとします。その場合に、こういうのは出来ますかとプレイヤーに送ってもらう。まあラジオでハガキが採用されるものですね。それで新しい魔法を一つずつ作り上げサイトに載せダウンロードできるようにする。企画書の中に魔法要望書の項目を見てください」

「うまく行くのか?」

「前例は無くはないです。特殊な形ですけどね。ユーザーサポートの一つの形です。例えば好きなゲームの公式サイトが毎日更新されたら見ますよね。携帯でも。公式でコミュニティサイト用意できれば最適ですが。TCG関係の掲示板は見ています?」

「まあ、ちらほらとは」

「TCGの公式サイトでコミュニティというのは無いんですよ。それも開発スタッフが関わっているような」

「……確かに無いな。リリースとエラッタばかりで」

「手間はかかりますけど、ユーザーサポートがしっかりしているTCGは生存率、というか息が長い。結局はサポートの問題なんですよ。大会運営もそうですが、ルールに関して強いカードを出したために破綻しているようなTCGは…例えば原作が人気で売れているというものしか生き残れませんね。ついでにいえば原作が不人気のTCGも寿命が短い。メディアミックス無しという条件下だと、いわゆるキャラクターTCGは売れません。原作ありきですからね。だからメディアミックスTCGの人気があります」

「それでこういう作りか」

「仕方ないでしょう。原作あれば俺に話持ってこないでしょうが」


 渡部が、ばれたか、という顔で視線を泳がした。


「なので、ユーザーサポート最優先でしか勝ち目は無いですね。なのでユーザーの力を借ります」

「それは考えも付かなかった。作ればいいと思ってたな」

「ユーザーの声に即時反応する公式サイドがあったなら、ユーザーの声に素早く対応する公式なら、好感度は上がります。好感度は信頼度と同じです。信頼ですね、まずは」

「…人件費が掛かるな。人数も」

「知りませんよそんなの」


 渡部は奥村のこういう、一見して傲慢なところが気に入っている。破壊者に必要な素質だ。


「というわけで公式でコミュニティサイトを作ります。言うなれば教育の部分がここですね。ユーザーからこれがこうならこうじゃない? という声を集め、形にする。で」

「なんだ?」

「問題なのが、スターターとなるバインダーやカードが売れてくれるかどうかですね、あと魔法仕様書や魔法要望書も」


 そう、それは商品として根本的な、売れるかどうかという問題である。


「…難しいな。売れないだろうね、うん、売れない」

「ですよね」


 流石はゲーム屋だと奥村は思う。このようなタイプは宣伝が難しい。メディアミックス無し。つまりCMを作ってくれるかも怪しい。そしてCMを作っても効果があるかというと難しい。原作が無いからだ。人気のアニメや漫画がTCGになった、というなら原作の人気で売れる、が、オリジナルの場合は難しい。それも電源ゲームではない。アナログのTCGだ。


 例えば「花札」が今の時代に作られ売れるかというと難しい。「花札」は電源ゲームが無い時代、花かるたの派生で生まれ、時代背景から賭博性があり、その印象で売れている。今ではデザイン性も評価されているが、今の時代に作られたのなら賭博性がなく売れるはずがない。「タロット」はアルカナという要素で占いで需要がある。デザイン性も重要で、洗練されている。トランプはゲーム拡張性が高い。だからこそ子供に愛されている。


「ふーむ」

「ええ、それも見越して、手は用意してあります。バインダータイプのTCGは物珍しさから目を惹きやすいですが決定的な売りとなってくれません。逆に足かせとなるでしょう。そこで書籍関係に自分の関係者がいますので表面上は『ライブレ』の情報入れつつ『スペル・バインダー』の情報も入れる。バインダーを売るためですね。そして開発のためにテストプレイヤーをかき集めまくります。人は開発、つまりプロトタイプに弱い。新作のTCGに関われるならテストプレイヤーは集まるでしょう。そして情報を全開放、テストプレイヤーを増やします。テストプレイが鍵です。『スペル・バインダー』は魔法主体なので受け入れられる保障が無い。これをプレイヤー側から見たら、開発中のTCGに触れるという事で興味を持ってくれる人がいる、と信じたい」

「あやふやだな」

「すみません、本当に自信がないので」

「ええと、つまりβの前に未完成のαで客を呼ぶと?」

「ええ」

「難しい事を言うな」

「上手く行く保障はないですが、それは誘導次第ですかね。」

「その誘導がどれだけ難しいのか知ってんのか? それで宣伝は?」

「今は動画サイトもあるのでその辺は少し楽かもしれませんね。現在TCG関係のニコ動の動画数は1400件近く。まだ少ないんですよ。見たときはあります?」

「いや、ないな」

「普通に遊んでる動画やアニメキャラになりきって遊ぶ動画、いろいろありますがCM動画やプレイ動画を流せば少しは目を向けてもらえるかもしれませんね。公式動画作って、コピーして流せばいいだけです。BBSも同様ですね。望みは薄いですが。それと、先ほどの魔法仕様書を2段階くらいに分けています。公式使用できる魔法仕様書とベータとしてフリーダウンロードできる魔法仕様書。コレクター用に豪華な魔法仕様書作ってもいいかもしれませんね。書籍として売るという手もあります」

「つまり非公式というか家で遊ぶ分にはプリントダウンロードして全ての魔法が使える、と」

「プリンターさえあれば、スターターパックだけでもそれなりに戦える。初心者対策です。後は公式戦用に欲しい魔法仕様書を買ってもらうと。まあ、そのような感じですね。バインダーについてはセットで物理現象の基礎や開発者側のインタビューを挟めるっていうのもありますが」

「レアカード関係は?」

「…お望みどおりレアリティつけてますよ。そういう商売ですから」

「ちょっと安心した。でもそうなると買わせるカードやら仕様書やらで使う金額多くないか?」

「それがアナログでのネックな所ですね。でもいいんですよ」

「あ?」

「TCGの楽しみがデッキ構築と対戦だけって物足りないでしょう?」

「言いたいことがよく分からん」

「新しい魔法を作る、それだけで遊べる」

「……1人ぼっち対策か」

「はい。俺、こう見えても孤独な身なので」

「知ってるっての」

「それでTCGってのを遊んだ時が無いんですよね」

「は? え、無い?」

「ええ。だからTCGってのを遊んだ時が無い身としてどうしたら遊んでくれるかという」


 渡部は、はー、と、うーん、が混じったような声を上げた。道理で流行のTCGとは毛色が違いすぎるわけだ。でもまあ新しいものはそこから生まれるものだ。でも、やっぱり思う。「大丈夫なん?」と。奥村は100円ライターを取り出し企画書に火をつけようとして渡部は慌てて企画書を守った。


「悪い、悪い」

「そうすか。で、次。問題がバニラカード対策ですかね」

「いらない使えないカードはゴミってやつか」

「いわゆるバニラカードも、魔法仕様書次第で劇的に変わるようにはしています。例えば人に魅せる魔法ならMP多め、水爆や核などの決定的ダメージ当てる魔法ならMPは少なめ。あとさっき言った召喚MPでの制限付けてますが、それでもやっぱりバニラカードは出るわけで。資産ゲー現象は知ってますよね」

「なんとなくは」

「メタゲームとも呼ばれますが、対戦する全デッキに対して有効なカードを入れるためスーパーレアを2枚以上入れる。そのためにスーパーレア手に入れるため買占め、あるいはネットオークションやカードショップでの価値が暴騰」

「最適解が故にそうなるということかな」

「必然的にお金の少ない人は勝つことが難しくなるんですよ。それが初心者と廃人の溝を絶望的なまでにする」

「……」

「まあレアカードが1万からネット取引される時代ですからね。モバイルゲームのカードも2万で売れたりするんですよ」

「へー、今そうなってんのかというかモバイルのTCGで?」

「ええ。それは置いといて。あるカードショップに子供が祖母を連れてやってきた。子供が10万もするカードが欲しいという。そのカードは他のカードショップでは3000円程度で売られているものなのに、店員は祖母と子供にそれを教える事無く10万もするカードを買わせた。祖母が本当にいいのかい、これでいいのかいと子供に言いながら子供がそれがいいというので祖母は10万円でそのカードを買った。実話ですよ。ブログ漁ると出てきます」

「……」

「デジタルTCGではガチャ中毒が出る。だから依存するようにガチャがシステムに組み込まれる。それがTCGの商売。貴方が踏み込もうとしている世界ですよ。TCG担当なら掲示板見るなりネットオークションやカードショップ回ってくださいよ」

「営業ではないんでね。外回りはこの年ではキツいよ」

「まあ、それをどうにかストップできないかと考えていますが…難しいですね。前例が無いので実験的な措置を入れるしかない」

「そう言うって事は考えてはいるんだろう」

「メモとして書いてますが、渡部さんの意見聞きたいですね」

「読んでおくよ」

「全部は数年後のための布石ですよ」

「はん」

「あ、魔法ミックスに関しては渡部さんがこの先作るゲームに応用していいですよ」

「俺もそこだけ使えそうとは思った。つかさ、そこだけでいいんじゃねえのか?」

「俺もそう思いますけどTCGという注文でしょ?」

 奥村は軽く笑って渡部がいる仕事場を去ろうとする。渡部が呼び止めるように言った。

「…もう一度聞くが勝算は?」

「未来の技術に期待、って所ですかね」

「…厳しいな」

「もっと正確に言います?」

「なんだ」

「普通のTCGのやりかた、投資金額や運営金額では売れません」

「…聞かなかった事にするよ」

「大人しくモバイルTGC作ってればよかったのに」

「課金ガチャで大儲け?」

「楽でしょ?」

「奥村はさ、そういうの認める派?」

「死ねばいいと思います」

「www」

「しかし現状ではガチャに頼るしかない。ああ、それと、企画会議で通らない事を祈ってます」

「www」



scene:6


 つまりは現時点で失敗するものを作れ、か。渡部は髪を掻き上げる。奥村の作るものはいつもバランスが悪い。だが正確だ。アナログでこれを作れと言うのは布石なのだろう。奥村が言う2040年に向けての。失敗が前提にあるTCG。負債も多くなるだろう。成功するイメージが渡部には見えなかった。でもアイツ、奥村には見えているのだろうな、とも考える。全く、奥村は何を考えているのかと渡部は冷めたコーヒーをずずっと啜った。


 どう上にプレゼンするか。渡部は奥村案を否定しなかった。それは属性魔法を組み合わせて魔法発動するという部分で他のゲームに応用できそうだからだった。さあ、どう攻めるか。交渉の魔術師たる渡部はプレゼンをシミュレートする。


 今回のプレゼンが自分一人だけなのは都合が良かった。合同プレゼンでは会社の体勢から失敗するものにGOサインを出してもらえない。いきなりTCG作れと言われプレゼンでダメ出し、会社とはなんて勝手なのだろう。会社じゃなくて役員どもか。2015年内に作れ? バカか。電源ゲームじゃないから軽く出来ると思っているんだろう。しかし資金を調達するには避けては通れない道だ。だからストレスが溜まる。


 渡部という人物はイライラすると、とある声優のCDを聴いてストレスをいくらか緩和させる癖というか習慣があった。音楽プレイヤーソフトを起動させ、音漏れしない高級ヘッドホンを装着、音量最大。つまり渡部が音楽を聴いている=機嫌が悪い、ということでその間は誰も話しかけたりしない。そういう暗黙のルールが会社全体で広まっている。


 ブルーフォレスト社内7大不思議現象と呼ばれるその一つである。またその中にはやっぱり奥村のサボタージュが入っている。


 奥村も奥村だよ、どうすんだよこれ、と企画書を繰り返し見返す渡部。いや、奥村に頼った俺が悪いのか? 違うな。奥村が今までのTCGと毛色が違うTCGを出すってことは、今までのTCGには派生としての発展はあるけれども未来が無いということか。いや、あいつはそこまで考えない。フィーリングで作るタイプだ。それでいて妙に理に適った物を作りやがる。利益考えないからタチが悪い。


 渡部は半分諦めたようにため息を付く。大人とはよくため息を付く生き物である。


 奥村が奥村がさっき言った言葉を思い出していた。“新しい魔法を作る、それだけで遊べる”。それは奥村が孤独だからだ。孤独な奴しかそのような見方はできない。TCGの致命的な弱点とは対戦する相手、プレイする仲間がいないプレイヤーが存在するというところだ。そのようなプレイヤーは最初からTCGに手を出さないかデジタルでオンライン対戦するだろう。奥村はそこに手を伸ばそうとしている。なんだかんだで優しいのだ。奥村という奴は。


 そしてプレゼンのために何が必要かをノートとPCのメモ帳にガガガガガガガと書き殴りはじめた。最初に書いたのは「一人でも一人ぼっちじゃない」という言葉で、学校でいじめられ教室不登校になった上の娘を不意に思い出して泣きそうになった。学校の事で笑わなくなった娘が「お父さんのゲーム、面白いよ」とTVのゲーム画面を指す。上の娘がやっていたゲームは自分のゲームではなく奥村が関わった音ゲーだった。

 

 音ゲーは基本的にパーフェクトからミスるという作りになっている。概ね“パーフェクト・グレイト・グット・ミス”という判定がある減点方式だ。そこを奥村は“いいかげん”に設定した。“パーフェクト・グレイト・グット・ミス”という表示を出さずに20種類の演出エフェクトで表現したのだった。だからリズム感が無い子供でも楽しめる。娘が奥村が関わったゲームで笑う。そこで渡部は気付く。ああ、優しいな、と。その音ゲーは一般ゲーマーにはヌルいと評価され売れなかったが、渡部個人として、じゃあ誰か俺の娘を笑わせてみろよと思う。奥村が作るものはそういうところがあるのだ。だから俺はお前を気に入っている。


 奥村、お前には貸しがあるが、その返しがこれか。よし、いいじゃねえか、失敗してやんよ。やればいいんだろう。

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