第二十二話 立ち上がる時が来た

 シュツェルツとエリファレットは長椅子に腰かけ、アウリールの帰りを待っていた。ローテーブルの上にはゲルタの詩が置かれている。

 詩を読んでもピンとこなかったらしいエリファレットには、既にそこから読み取れる首謀者の正体を説明してある。話を聞いたエリファレットは「なるほど……さすがでございます、殿下」と納得していた。

 やがて、扉を叩く音が響いた。


「アウリールでございます。ただ今戻りました」


「入って!」


 シュツェルツはゲルタの詩を手に取ると立ち上がり、扉に駆け寄った。入室してきたアウリールに詩を差し出す。


「これを読んで。ゲルタが遺したものだよ」


 アウリールはしなやかな手で詩を受け取り、すぐに目を通し始める。


「やはり……」


 ぽつりと呟いた声には、確信が込められていた。アウリールもある人物を思い浮かべたようだ。


「やっぱり、アウリールも分かったんだね」


「はい。ゲルタ嬢はとてつもなく重要なものを遺してくれました」


「うん、そうだね。これからどうするかをみんなで決めよう」


 シュツェルツは目顔で長椅子を指し示す。アウリールは頷き、二人はそれぞれ長椅子にかけた。エリファレットの隣に座ったアウリールが問いかける。


「殿下、首謀者はあの方で間違いないと存じますが、どうやって捕らえるおつもりですか?」


(あ、僕を試しているな)


 瞬時に気づいたシュツェルツは、おもしろくない気持ちでアウリールが戻るまでに考えていたことを口に出す。


「多分、あの人は逃げようとすると思うんだよね。詩の内容には気づかなかったにしろ、秘密警察は叔父上を通してモルスのことを知ったし、父上が感づくのも時間の問題だから。逃げおおせたと思って油断した時──そこを狙うつもりだよ」


 アウリールはにっこりと綺麗に笑った。


「さすが殿下。よくお考えになりましたね」


 どうやら、自分は正解を引き当てたようだ。安堵するよりも呆れるシュツェルツを代弁するように、エリファレットがアウリールに詰め寄る。


「おい、試験ごっこをしている場合ではないぞ。殿下はお前をご信頼なさっておいでなのだ。責任を持ってちゃんと話を詰めろ」


「はいはい」


 全く緊張感のないアウリールもいざ話し合いになると、優れた進行役として作戦を決めていった。

 あとはこの作戦を実行に移し、首謀者を追い詰めるだけだ。シュツェルツはそう思ったのだが、その二日後の夜明けに事態は急展開を迎えた。


「ハルヴィロ・ガイアーが秘密警察に逮捕された……!? 僕の暗殺未遂容疑で?」


 寝台に腰かけたシュツェルツは一気に眠気が吹っ飛ぶのを感じた。寝台で穏やかな眠りについているところをアウリールとエリファレットに起こされたので、まだ寝間着のままで朝の支度すらもしていない。

 エリファレットが難しい顔で頷く。


「はい。時間が時間ですし、まだ全ての廷臣が知っているわけではございませぬが、近衛騎士団から入手した確かな情報です」


 アウリールも憂い顔のまま顎を指で撫でる。


「捧げられた生贄、でございますね」


 それは、マレや近隣諸国で使われる、「他人の犯した罪の身代わりになる者」を意味することわざだった。

 ガイアーと真の首謀者の関係性は分からない。しかし、ガイアーがシュツェルツの暗殺を謀ったという偽の情報を秘密警察が入手するように、逃走前の首謀者が仕組んだ、ということは容易に想像がついた。


 弟が病に伏しているという事情を抱えたゲルタを利用したことといい、どこまでも卑劣な奴だ。

 シュツェルツは王太子派の重鎮だったガイアーには敵視されたことはあれど、何かをしてもらったことはない。それでも、無実の者が捕まって糾弾されるのは我慢ならなかった。


 それに、冤罪を着せられた者が出たということは、首謀者はすぐにでも逃走できる準備を整えたということだ。国内で首謀者を捕らえられる制限時間が迫っているのだ。海外に亡命されてしまえば厄介なことになる。


「アウリール、エリファレット、ちょっと予定より早めだけど、みんなを連れて例の場所に行こう。それから、叔父上にもご同行をお願いしてくれ。毒のことに一番詳しいのは叔父上だ」


 アウリールが仕方なさそうに首肯する。


「……かしこまりました。その役目はわたしが」


「頼んだよ」


 アウリールが退室するのを見送る。シュツェルツは全身に緊張がみなぎるの感じながら、外出の支度をするために侍従たちを呼ぶべく、ベルを鳴らした。

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