アリはキリギリスに憧れる

人類が進化し、給液管を通した栄養液だけで食事を済ませられる時代。主人公はかつての恋人に会うためにとある人々に出会いに行く。『彼ら』はこの時代においても自分の口で料理を咀嚼しアルコールを楽しむ、いわば……野蛮人とでも言うべき存在であった。

SF的設定を膨らませるのが非常に上手く、普通の食事をしないということで変わるのは食文化だけではない。食事をしないことで退化した口では発声ができず、代わりに身体に埋め込んだチップを使って発声する。どのような声にするかは本人が自分で選択できる。それ以外でも口が退化したことで新人類には外見などにも様々な変化が起きている。

だからこそ新人類の目には、口を使って会話し、時間をかけて食事をたっぷり楽しみ、時には大きく口を開けて笑うという『彼ら』の存在が異常な光景に映るのだ。

この口の違いという設定を掘り下げて、物語のラストでは主人公にこの作品でしかありえないような行動を取らせる。こうしてSF的な設定をフル活用しつつも、恋人との価値観の違いといういつの時代にも普遍性のあるテーマを描ききっているのだから実に見事な短編だ。


(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=柿崎 憲)