時に不快で時に清々しく感じられる風と友情

『風が強く吹いている』三浦しをん(新潮文庫)  


 走るのは苦手だしそもそも好きではない。そう思っている私ですら文字を追うごとに無性に足を動かしたくなってしまう。内容は全く知らずに読み始めたという本書は正月の風物詩とも言える箱根駅伝について描かれている。


 のんびりと一冊を楽しもう。少々厚手の本書はそれに相応しいと手に取ったのだが、これが思惑に反してページ数が進んでしまう。特に一丸となって予選会に臨む辺りからは異様なスピードも言える。宛ら猛スピードで駆け抜ける走者のようでもある。


 もちろんその頃には彼らのメンバーに知らぬ間に加わっていて、とにかく駆け出したくなる。



 万引きして逃げる男を見て、何かを感じた清瀬は他人の自転車を借りて彼を追った。並みの走力では追いつけない。陸上経験のある清瀬は咄嗟にそう思ったからだ。

 

 しばらくして彼に追いついたが万引きを咎めることなど一切せず、自分の住む安アパートに来ないかと誘う。胡散臭いと思いつつも寝泊りする場所に困っていた彼は清瀬と共に築数十年というボロアパート竹青荘へと向かい、唯一開いている部屋の住人となる。


 そこに住んでいたのは清瀬を含めて九人で彼が来たことで十人となった。その十人を集めることが清瀬の狙いでもあったが、なによりその最後の住人となった彼は天才とも称された蔵原走だった。


 リーダーとなる清瀬にしても他の住人達も様々な理由を抱えている。そもそも清瀬と走以外は長距離の経験がないものばかりなのだから、目指すと言っても夢物語にしか聞こえない。


 有り得ないからの面白さも本書にはあるのだろう。箱根を文字で楽しむのも有りだ。

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