幻の白い影… 五

「お婆ちゃん…」


 その声は、美加だった。

 

----えっ、迎えに来てくれた…。


 真理子に言われてやって来たのかもしれないが、そうだとしても嬉しかった。


「美加ちゃん」

「お婆ちゃんも来てくれたのね。ありがとう…」

「そりゃ、他ならぬ美加ちゃんの、誕生日だもの」


 と、英子は美加の手を取ろうとした。いや、先に美加が英子の手を取ってくれるのを期待して、自分の方から手を出したのだ。だが、美加はその手を思ったより強く押し戻して来た。


「あのね、お婆ちゃん。私、ちょっと、その、バス停まで行かなきゃいけないの。だから、悪いけど、先に行ってて」

「こんな時間に。それにバス停にゃ誰もいなかったよ」

「いや、でも、とにかくちょっと行って来るから」

「女の子がこんな時間に、危ないよ。だから、ねっ」


 英子は今度は美加の手をしっかりと掴む。これで、美加は英子の手を引いてくれるものと思った。だが、前より強い力で英子の手を反対側の指で、まるで逃れるように英子の手を外そうとする。


----ちょっと、痛いじゃないか。何だい。せっかくプレゼント持って来てやったのに、先に行ってろだとぉ!

 

 その時だった。ふいに、美加の姿が消えた。本当に目の前から消えた。

 

----えっ、今のは夢。それとも、幻…。


 まさに、そんな感じだった。辺りを見回しても、誰もいない。ただ、掴んでいた、美加の手の感触はまだあったが、それも薄れつつあった。


 幽霊のたぐいなど信じてない英子だが、何かしら、空恐ろしくなり、もう、この場から一刻も早く逃げたかった。

 今度は下り坂である。転ばないように歩かなければ。転んだら大変なことになる。心ははやれど、足は思うように運ばない。

 やっとの思いで、バス停近くにたどり着いたが、そこには、その周辺にも、やはり誰もいなかった。美加はバス停で誰か待っている様な事を言っていたが、人の気配もないどころか、車の1台も通らない。

 英子はまたも坂道を降り始める。一刻も早く降りて、国道に出てタクシーをつかまえなくては。次のバスなどいつ来るのか知らない。例え、知っていても待つ気などない。とにかく、ここから、早く逃れたい、そんなで気持ちでいっぱいだった。

 その時、かすかに車の音がした。思わず目をやれば、それはタクシーではないか。まさに、奇跡的、天の助けとばかりに、すぐにタクシーを止め、乗り込んだ。


「どちらまで」

「え、そ、その、駅まで」


 駅に着くと、タクシー待ちの列に並ぶが、まだ、心臓はバクバクしている。そんな様子を見かねたのか、前の若いカップルが順番を譲ってくれたので、礼を言って乗り込む。

 帰ったら、家に着いたら、すぐにシャワーを浴びよう。変な汗をかいてしまった。その後は、やはりビールだ。

 帰宅し、頭の中で思い描いていたことを実行し、やっと、ベッドに横たわることが出来た。そして、今日のことを思い返してみた。だが、考えれば考える程、だった。

 いくら、何でもあんな時間に、若い娘が、それも自分の誕生日パーティの最中に抜け出すだろうか。別に、訳あり女でもなく、ごく普通の高校生ではないか。何より、急に姿が消えた。それが不思議でならない。

 いや、本当は、自分は今まで眠っていて、すべてが夢なのではないか。そうだ、そうに違いない。

 英子はテレビを付けた。今までいたのだ。当分眠れないだろう。ちょうど、お笑い番組をやっていた。英子は声をたてて笑った。


----近頃の若手芸人は面白いねえ…。


 いつしか、眠っていた。



 翌朝は、いつもの時間に目が覚めた。不思議と昨日の夜の事は覚えていた。


----ひょっとしたら、日付を間違えていたのかもしれない。


 うっかりして、1日早かったのかもしれない。そして、ヘルパーがやって来るのが遅いと思ったら、今日は日曜日で休みだった。

 やはり、間違えてなかった。とすると…。

 いいや、あれは夢だったのだ。つい、うっかりして、眠ってしまったのだ。これは早速にでも真理子に電話しなくては。


----済まなかったねえ。昨日は美加ちゃんの誕生日に行けなくて、ちょっと、調子が悪くてねえ。せっかくプレゼントも買ったのに。近いうちに行くから、よろしく言っといてよ。何しろ、この通りの年寄りなもんで、体が思うように動かなくてなくてねえ…とでも言って置けばいいだろ。



 その夜、真紀から、電話がかかって来た。


----真紀…。珍しいこともあるもんだ。


 いままでに、真紀から電話がかかってきたことなど、あっただろうか…。

 

「はいよ」

「お婆ちゃん、あのね。実は…」


 衝撃のあまり、英子は携帯を取り落としてしまう。


「もしもし、お婆ちゃん。お婆ちゃん!」



 

 








 







 








 


 


 










 














 




















 

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