異母のイボ

 その夜は幸せに包まれ眠りについたも束の間、呆気なく兄に襲われてしまった。

 如何に、母親が違うとは言え、兄が妹を襲うなど、誰が想像しただろうか…。

 兄はすぐにその場でいびきをかいて寝てしまった。絶望した睦子は死のうと思った。何とか体を起こし、部屋を出る。


「どこへ行くんだい」


 母、いや異母の声だった。そして、異母は高らかに笑った。

 その場に座らされ、それからは延々と睦子の実母への恨み辛みを聞かされた。

 実母が如何にずる賢く悪辣な女であったか、そのせいで、時には食べる物にも事欠き、息子にもひもじい思いをさせたと涙ぐんだかと思えば、それでもお前にはたらふく食べさせてやったと、今度は口角泡を飛ばしての罵詈雑言の嵐。

 異母の実母に対する恨みはわからなくもないが、だからと言って、その娘にこんなひどい仕打ちをするとは…。

 余りの恐ろしさに、睦子は鳥肌が立って来た。関西では鳥肌のことを、と言う。

 異母の口撃は留まるところを知らず、どれくらい時が過ぎただろうか。再び、ふすまが開き、兄が起きて来た。いや、睦子をに来たのだ。兄に摘まみ上げられる様にまたしても布団に倒されてしまう。




「いつまで寝てんだい ! 」


 その声に目が覚めた。何と、あれから眠っていたのだ…。


「何だい、その格好。みっともないったらありゃしない。ああ、そうやって、お前の母親も男をたらし込んだんだよな。血は争えないねえ。あーはっはははっ」


 睦子はすぐに服を着るが、シーツに血が飛び散っていた。そのシーツを抱え風呂場に行き洗った。涙がこぼれて来た。


「さっさと食べちまいな。私はさ、どこかのあばずれと違って、何があっても食べるものは食べさせるからさ」


 何とかご飯を口に入れるが、箸の硬さだけが感じられ、全く味がしない。口の中が粘つき、飲み込むことも出来ない。睦子はご飯に白湯をかけ、喉に流し込んだ。


「これで終わったと思うな。こんなもの、長年、私が受けた苦しみに比べりゃ何のことはない。親の罪は子の罪だ。これから存分にその罪を味わうがいいさ。ふん ! 」


 本当に終わらなかった。終わるどころか、さらなる地獄が待っていた。

 その後は、昼と言わず夜と言わず、村中のほとんどの男から襲われ続けた。それも、異母と異兄は男たちから金を取っていた。もう、抵抗する気力もなかった。

 それは、婚礼の三日前まで続いた。さすがに、この当たりで止めにしなければ、婚礼相手の男に怪しまれてしまう。あれ以来、睦子は言葉を発することもなく、まるで、生ける屍だった。

  

 女の回復力は早い。当の睦子でさえ、内心驚いていた。だが、言葉を発することは出来なかった。それは婚礼後も続いたが、渉の優しさに触れ、次第に話せるようになって来た。さらに、妊娠したことも大きかった。睦子は言葉がまだ思うように発せられないこと、妊娠したことを口実に里帰りを拒否した。

 やっと、手にした幸せである。あのおぞましい村へなど二度と足を踏み入れるものか。

 長男の誕生と前後して、あの村は洪水に襲われ壊滅状態となり、多くの村人に交じり、父も異母も異兄も死んだ。ザマア見ろと思った。いくら、夫の愛人が憎いからと言って、その娘にこんなひどいことをした鬼畜たちではないか。

 いやいや、もう、忘れよう。今は優しい夫に可愛い息子も生まれた。この幸せを大切にしよう。

 その後、渉の仕事の関係で引っ越し、次男が生まれ、家も建てた。渉の妹、英子には色々悩まされたものだが、姪の真理子はかわいかった。

 

 そんなある日、それこそ鬼の形相の渉が戻って来た。そして、一枚の紙を睦子に投げ付けた。そこには血液型による親子関係が書かれていた。渉がかかり付けの病院の看護師から聞いて書いたものだった。


「血液型が合わんぞ! どう言う事だ!!」


 睦子は血の気が引いた。まさか…。

 渉や息子たちの血液型は知っていたが、親子関係のことまでは知らなかった。だが、それは紛れもない事実だった。  


「どう言う事だ。説明してみろ !」


 あまりの事に、言葉もない睦子を渉は殴った。

 

「婚礼前に、村の男に…」


 それだけ言うのがやっとだったが、なぜか渉は黙ったままだ。

 渉は一度だけ、婚礼前の睦子に会いに行ったことがある。その時、睦子は風邪をひいて寝ているとのことだった。それでも、睦子に会ったが、風が移ってはいけないと兄や村の若者たちによって、早々に引き離されてしまう。

 見れば、いつの間にか、男たちの数が増えていた。そして、酒盛りが始まった。


「睦ちゃんは、いい女だ」

「睦ちゃんを嫁に出来る、渉さんは幸せもんだ」

「そうだ、そうだ。睦ちゃんほど、いい女はいねえ !」


 と、口々に睦子を誉めそやした。最初こそ、悪い気がしなかった渉だったが、酔いが回って来た男たちの目がどうにも気になっていた。婚礼前の若者を冷やかす態だが、その目付きに、妙なが感じられた。

 第一、村娘の婚礼相手がやって来たからと言って、こんなにも集まって来るものだろうか。だが、その時は考えすぎかもしれないとも思った。


 今、渉はその時の事を思い出していた。いや、ありありと脳裏に浮かんだのだ。


---- いや、あれはじゃない。


 それからは、睦子を締め上げた。一人ではない、何人の男とやった。いや、村の男全部とか。睦子は頑として、一人だと言い張った。とてもじゃないが、最初の男が異母兄だなんて言えない。


「男の名はぁ」

「忘れた…」

「じゃ、次男の相手も忘れたってのか。このバイタア!!」

「いえ、あの子は、あの子は、あなたの子です。だって、私は一度だって、あの村へ帰ったことがありますか」

「うるせっ ! 売女ばいたの話すことなんか信用できるか。に味を占めて、どっかの男と。このバイタア!!」


 あれから、渉も死に、息子たちからは背を向けられたが、今は真理子と二人、実の母と娘のように、楽しく暮らしている。たまに、英子と言うお邪魔虫が湧いてくるが、もう、その扱いにも慣れた。

 真理子もいずれは嫁に行くだろうが、その時まで、仲良く暮らそう。


----えっ、真理子がいなくなった…。 

  

 




























 

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