第20話優しさが染みる。
緊急呼集を待っていれば人死にが増える。【う格】冒険者ならギルド内にたくさんいたはず。ここは、ダメ元で頼み込むしかない。
そう考えながら、彼女は1階へ降りる。誰もいなかった。何があった?そう思い恐る恐る、ドアを開ける。冒険者達が、何かを取り囲んでいた。十中八九あのバケモノだろう。だが、攻撃する気配がない。まさか、もう討伐を?緊急呼集はやり過ぎたか。そう思い、バケモノを取り囲む冒険者の後ろから声をかける。
「どういう状況?緊急呼集をかけようと思うのだけど。」
「分からん。見ろ。」
冒険者の男はモーリスが覗けるように半身になる。そこには両腕を高く掲げたバケモノの姿。体調は175センチメートル程。人間の標準でいけばはやや低い程度だ。形は人型で、高格の魔物、もしくは魔人と考えられる。今、バケモノが暴れれば間違いなくここにいる冒険者全員が死ぬ。それを分からない冒険者達じゃないはずなのに。モーリスは打ちひしがれる。ああ、彼らは私が頼むまでも無く、町の為に立ち上がってくれるんだ。そんな彼らにダメ元で頼もうなんて、思っただけでも罪深い。
そして、バケモノが何もしてこない事に疑問を持つ。高格の魔物や魔人、そして人型であるなら間違いなく人語を話す。何故なら、人間を喰らい知識を得るから。だが、バケモノは何も語らず、攻撃もせず、両腕を掲げるのみ。あの格好は一体・・・。
すると、壮年の男性が走ってくる。腰には剣を佩き右手には買い物帰りか食物の詰まった籠を持っている。
「すいません。これ持っててください。」
「え、嫌です。今すぐここから離れてください。冒険者ですか?」
「え、ああ。えーと勇者コウゾウです。」
「勇者コウゾウ?知りません。とにかく離れて。」
「はあ、知名度が欲しい。」
勇者と名乗る壮年の男性はモーリスを押しのけ輪の中に入り込んだ。
「ん?んん?見た目こそバケモノ。だが、あれは無抵抗を示しているのでは?私と同じ世界から?英語が通じるかどうか、むぅ。反応が無いな、伝わっていないのか。少なくとも英語圏では無い、とりあえず欧州系も捨てていいか。だとすると、私では会話出来ないな。」
男性は首をしきりに左右に倒しブツブツ呟く。
「早く戻りなさい!勇者とか言ってここで実力を!とか思ってるんでしょ!死ぬわよ!ご家族もいるんでしょ!」
モーリスはそういったが、単純に邪魔なのだ。一般人が戦闘に参加して困るのは、足手まといになる、それに尽きる。
勇者と名乗る男性は、バケモノと同じく両手を高く掲げバケモノの前に近づく。バケモノは自分と同じポーズをした人間を見て、少し驚いているように見えた。
壮年の男性は地面へとゆっくり腰を落とす。そして手に持つかごもそっと地面へと。更に、剣の鞘に手をかけゆっくり慎重に腰から抜きバケモノを囲む冒険者の足元へ放った。
周りにいる冒険者は理解できなかった。死ぬ気か?とも思ったが、バケモノは明らかに動揺している。周りの冒険者を見回し目の前で座る男性に焦点を合わせているように見える。何か、迷っているようだ。
壮年の男性は土の地面に何やら書いている。バケモノに見えるように大きく。だが、一部始終を見ていたバケモノは書き終えた男性に大きく首を振る。Not an enemyそう書いているが意味が理解できないようだ。少なくともモーリスの世界の言葉ではない。
壮年の男性は少し考え、手でハートを作り2と指で伝える。バケモノは首を傾げるが、得心したようにウンウンと頷く。壮年の男性も頷き、再び身振りで会話を始める。バケモノ、それから自分を指差しハートを作る。それから、取り囲む冒険者の方を指し大きく腕でバツを作る。流石にその意味はなんとなく理解できた。バカにしてるんだろうと。冒険者たちは少し苛立ったが、不可解な状況だけに静観するしかなかった。
バケモノは男性の身振りを真似た。男性は大きく何度も頷いた。バケモノも大きく何度も頷き、手を差出した。男性が躊躇ったのを見て、バケモノは手を引っ込めた。男性はマズイと思ったのか慌てて手を差し出すが、バケモノに手で制される。バケモノは徐に膝から地面に座る。そして地面に手を付きゆっくりと額を地面につけた。これが意図するところは不明だが、男性は何か分かったのか、コンニチハ!と叫んだが、バケモノは微動だにせずゆっくりと顔をあげるに留まった。
男性はスクッと立ち上がり剣を再び佩き直す。
「彼、いや、彼女か?とにかく友人だ!手出し無用だ。これから先、手を出すならばこの私が相手をする。道を開けろ!」
モーリスは訝しむ。もしや、コイツも魔人?訳の分からない文字らしきものを見たとき、異世界から来た転移者かと思ったが、バケモノと語り合うところを見れば、魔人の線が強くなる。
「待ちなさい!このまま解放する事は出来ない。害為す存在ならあなたに責任が取れるの?」
「議論するつもりは無い。ここからは実力でしか問答しない。来るなら来い。でなければ道を開けろ。」
モーリスは歯噛みする。もし、コイツが本当の勇者なら勝てない。魔人でも勝てない。魔人と言ってもピンキリだ。この結界内にいる時点で強いことは分かる。どうしようもない。一か八か、英雄志望の死にたがりという線に賭けようかとした、その時。
「何だこれは!緊急呼集はかけたのか?」
背後からのギルド長がやってきた。
「ギルド長しか出来ませんよ。」
「ああ、そうだったな。」
ギルド長のアホさに舌打ちしたかったが、止めておく。時間が惜しい。
ギルド長は杖を胸元から取り出し空に向かって叫ぶ。
「
杖の先から赤い光が飛び出し上空で炸裂。昼間とは思えないほどに、鮮明に見える。その光は更に炸裂、それから炸裂10秒ほど炸裂し続けた。耳鳴りがする程ど大音量で。
その合図が、終わると各所で大きく鐘の音が聞こえてくる。やっとだ。精強な冒険者達が集まってくる。だから、何とか足止めを。
「戦線布告と見た。これより容赦しない。」
壮年の男は剣を構えた。腰を落としたその双眸が残像のように見えたと思ったら、周囲の冒険者は倒れていた。壮年の男はギルド長の前に佇む。
「これは取り消せないのか?」
「ひっ。む、むむむ無理だ!」
「分かった。」
男性は剣を鞘に収め、ギルド長の分厚い腹に拳で一撃。ギルド長は胃の中身をひっくり返しながらうずくまり悶絶していた。
モーリスに視線が合う。
「私は私の仕事をした。殺るならどうぞ。」
「・・・。殺す気はない。」
男性はモーリスの顔の前に手をかざし唱える。
「眠れ《ドルミー》」
モーリスは、意識を手放した。
俺は心の中で泣いていた。この世界で、初めて無条件の優しさに触れたから。多分この人は地球の人。転生してきたんだろう。日本人かどうかは分からない。でも、それはどうでも良かった。とても嬉しくて、こんなに感謝したのは子供が産まれた時ぐらいだ。
しかも、めっちゃ強い。彼が右手を振ったあと魂達が倒れていく。多分、剣を持ってるんだろう。やはり、転生者特典のチート能力だろうか。化け物じみた強さだ。彼は俺の元へやってくる。
あちらだと指差し、手で付いてこいと、示す。俺は何度も頷き彼の後ろをついていく。
だが、周囲に猛烈な勢いで魂たちが集まってくる。目を凝らすと、あちらこちらからここへ走ってきている。
流石に彼が強いと言っても捌ききれる人数じゃない。だから、俺も戦おう。殺さない程度に出来るか分からないが、唯一の味方候補を殺させる訳にはいかない。この世界味方ゼロなんだ。どうしても味方が欲しいんだよ!
アニメならその辺に女の子の味方が落ちてるんだけどな・・・。
あ、奴隷か。奴隷買って、・・・。金無いや。やっぱ現実は厳しいなっと。
早速敵のお出ましですか。しかも男性の前に10俺の後ろに15か。応援も続々集まりかけてるから、さっさと片付けて、男性に助けてもらおうじゃないか。
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