1章③

 どれくらいたったんだろう…。

 もう日が暮れ始めている。本当は洞穴に帰らないといけないとは思ってても、お母さんをこのまま置いていくことができなくて、自分でもどうしたらいいのかわからなくなっています。だからかな、近づいてくるものの気配に全く気付けなかった。

 がさっがさっ…

 ハッとしたときにはすぐ後ろに大きな影がありました。

 幸いだったのは、それは魔物とかではなく人でした。

 「…おめぇ、親猫亡くしちまったんか…?」

 話しかけてきたのはお爺さんでした。狩りの帰りだったのでしょう弓やら籠を背負っています。管理人さんの言う通り言葉が分かりますが、喜ぶ気にはなれませんでした。

 「…。」

 呆然として返事することができませんでした。

 「ちと待っとれ。」とお爺さんは言うと籠を下ろし、僕が幼虫とかをとるために掘ってた穴を掘り始めました。70センチメートルほど掘ると、掘った穴にお母さんを入れて埋めてくれました。僕はお母さんと別れるの悲しくて「みー、みー」と鳴いてしまいましたが、お爺さんは埋める前にお母さんを僕に近づけてくれて最後に頬をお母さんにこすりつけることができました。


 ―お母さん、さようなら。他の子供たちと一緒にしてやることができなくてごめんね…―


 お爺さんはお母さんを埋めた後、両手をあわせ指を絡ませるようにして目を閉じていました。お母さんの冥福を祈ってくれているみたい。

 しばらくしてお爺さんは祈るのをやめ、僕に手を伸ばして、

 「一緒に来るか?」と言ってくれました。

 僕にはこの森で一人で生きる手段などありません。それにお爺さんは僕のお母さんを丁重に埋葬してくれました。信頼できる人だと思います。

 お爺さんの手に頬をこすりつけるとお爺さんは僕を抱きかかえて歩き出しました。

 子猫で体力もなく、お母さんと兄妹を一気に亡くした僕は疲れ切っていました。

 お爺さんの腕の中で眠ってしまうのに時間はかかりませんでした…。



 SIDE ドトル


 疲れとったんだろうのぉ。すぐ寝てしまいおった。

 森の中で幼い鳴き声が聞こえたときは見に行くかどうか迷った。子持ちの動物を狩るとその子どもは生きていく手段をなくしてしまうから狩らんようにしとる。普通は近寄らんのだがな。でも鳴き声が何か悲しげで、どうしても無視できんかった。近寄ってみれば子猫が1匹鳴いておる。その前におるのは母猫のようでの、血まみれだった。周りにはカラスの羽が散乱しておる。恐らく子猫を狙って襲われたんじゃろう。母猫は痩せていてよくこれで子猫を守れたもんじゃと思った。

 ただの猫…じゃよな?

 子猫は普通に見えるが、親猫はなんか大きくないかの?

 話しかけると子猫は賢いらしく、鳴きはするものの儂のすることをきちんと見届けておった。これだけ賢そうな子猫なら飼ってもいいかもしれんの。妻は猫好きじゃし、餌はヤギの乳を与えればよかろう。儂らには子もいないから、妻が実の子のように喜んでかわいがるかもしれんな…。


 村に着くと門番が「お帰り、ドトルさん。」と声をかけてきて、わしが抱えとるもんに気づいたようだ。

 「どうしたんだい、その猫?」

 「親猫とカラスに襲われたらしくてな、見つけたときには親猫は事切れとった。親を埋めてやっとる間のこの子の様子が賢そうなんで、妻も猫好きじゃから飼おうかとな。」というと、なるほどなという感じで頷いて門を通してくれた。儂の家は門から数分の場所にあるから、すぐに帰り着く。

 「帰ったぞぉ。」

 「あら、いつもより遅かったね。どうし…その子猫はどうしたの?」

 妻のテセルはどうしたと言おうとして儂の抱いてる子猫に気づいたらしい。聞きながら近づいてきて奪おうとしたが、寝てるのに気づいて踏みとどまったらしい。いくら猫が好きでも奪おうとするんじゃないと言いたいが黙っとく。

 「うむ、実はな…」と森であったことを話す。

 「そう…。」と納得するテセル。この辺ではほぼないが、この世じゃ猫が人、カラスが魔物に置き換えてしまえばよくあることじゃから、納得はするが子猫に向ける視線に悲しみが混じるようになっておる。

 「で、飼っても構わんかの?」

 まぁ答えなぞ分かり切っておるが…。

 「当たり前です。寝床を用意するから、その子は寝せて、あなたは山羊の乳絞ってきて。この子も栄養足りてないようだから、起きたら飲むでしょうし。」と指示される。もともとそのつもりだったからいいがな。


 こうして、我が家に家族が増えた。起きたら名前を付けてやらんといかんの。

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