第27話魔界へ到着

 カフェのマスターとアパートの大家に挨拶を済ませた後、遥とモーヴはとある場所に向かった。そこは――。

「思えば、ここからすべてが始まったんだね」

「……そうですね」

 二人が初めて出会った公園。モーヴはそこを感慨深く眺めた。遥はそっとモーヴの腕を掴む。

「俺、最初はモーヴさんのこと、怪しいなって思いました」

 それを聞いたモーヴは苦笑する。

「それは……まぁ、仕方が無いね。見送りに来た使い魔たちに囲まれていたから……」

「ふふ。でも、モーヴさんが素敵な人で良かった。こうやって、大切な人になって良かった……」

「遥……」

 見つめ合ってキスをしようとした瞬間、遠くの方で子供の声が聞こえた。もしかしたら、ここに来るのかもしれない。

「よし、誰も居ない今、魔界へ飛ぼう。遥、荷物と一緒に、しっかり僕に掴まっていてね?」

「は、はい!」

 遥はぎゅっとモーヴを掴む手に力を入れた。

 モーヴがぱちんと指を鳴らす。その瞬間、二人の姿は公園から消えていた。電信柱の電線に止まっていた野鳥だけが、その不思議な光景を見つめていた。


「――るか、遥……」

「ん……」

 名前を呼ばれて遥は目を開いた。知らない高い天井が視界に飛び込んでくる。ぶら下がっている照明は大きく、シャンデリアのようなデザインだった。

「あ、あれ……ここ……魔界?」

 ぼんやりとそう訊ねる遥に、モーヴは頷いた。

「そう、魔界だよ。ここは僕の寝室。遥が横になっているのは、僕のベッド」

「……モーヴさんの」

 だんだんと意識がはっきりとしてきた遥は、モーヴに支えられながらゆっくりと上半身を起こした。室内には豪華な装飾が施されていて、カーテンの留め具まで金色だった。きっとメッキではなく本物のゴールドなんだろうな、と遥は思った。

「遥、気分は悪く無い? 酔っていない?」

「いえ……一瞬だけぐにゃって感じがしたけど、今は大丈夫です。意識もはっきりとしています」

「そう、良かった……」

 そう言うと、モーヴはそっと遥のことを抱き寄せた。ベッドの上で抱き合っていると、だんだん、妙な気持ちになってくる。その気持ちを打ち消すために、遥は話題を探してモーヴに振った。

「し、寝室ってことは、他にもモーヴさんのお部屋があるんですか?」

「うん。あるよ。仕事をするための執務室や、会議をするための部屋……僕は食堂で食事をするタイプだからあんまり使わないけど、食事をするだけのための部屋もあるんだ。まぁ、僕はこの寝室でくつろいでいることが多いかな」

「そうなんですね……」

「あ、この部屋の隣が遥の部屋だからね!」

「えっ?」

 てっきりもっと遠い場所に部屋を用意されているものだと思っていたので、遥は自分が優遇されていることに驚く。本来なら、安全面の関係から、魔王様の隣の部屋になんか入れないだろう。

 モーヴは、くすくすと笑い遥のくちびるに指で触れた。

「まぁ、寝るのはこの僕のベッドだけどね?」

「え?」

「遥が言ったんだよ? 毎朝、おはようのキスをしようって」

「い、言いましたけど……」

「ね? 毎日、一緒に寝ていたら、毎日、キスが出来るよ……こういう風に……」

「モーヴさんっ、ん……」

 寝室の雰囲気がそうさせているのだろうか。モーヴの表情は雄じみている。まるで遥のことを逃がすまいとしている肉食獣のようだった。

「遥……」

「はふ……」

 深いキスの合間に、遥はベッドに簡単に押し倒された。舌が絡み合って、ぴちゃぴちゃと音を立てる。全身が熱くなって、もう、何もかもを脱ぎ去りたくなった。

「……遥、一緒に気持ち良くなろう?」

「っ……」

 素直に頷くのが恥ずかしくて、遥はモーヴから目を逸らして、蚊の鳴くような声で「はい……」と呟いた。モーヴは微笑みながら、遥が身に着けている衣服に手をかける。

「初めてだよね?」

「……訊かないで下さい」

「ふふ、優しくするから、安心して? ……余裕があればの話だけれど」

「……頑張って余裕を持って下さい」

「……くくっ」

「……ふふ」

 笑い合ったことで、遥の緊張は少しほぐれた。モーヴが遥にくちびるを寄せる。遥はそれを目を閉じて受け入れた。

「遥、好きだよ……好き、愛してる」

「ん……俺も、好きです……」

 身体中が敏感になって、モーヴが触れるところのすべてが熱い。遥は甘い声を漏らしながら、与えられる快感に身を委ねた。二人はぎゅっと抱き合った。互いの体温で溶けあうように――。

 二人の愛に満ちた時間は、それから数時間、続いたのだった。

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