第57話 クリスマスと最高のココア

 季節はあっという間に冬になってしまった。色々あったにはあったのだけど、そんなに大問題も起こることなくなんとなく時が過ぎていった気がする。双子王子はあれからなぜか不気味なくらい大人しくなり、平穏といえば平穏だった。


 もちろんセバスチャンとの仲が進展するはずもなく(主にニコラスのせいで)私は不安とルーちゃんのいない寂しさだけが募っていった。


 私は窓の外に降り積もる雪を眺めながらこの数ヶ月間の事を思い出していた。




 あれからーーーー ニコラスが人魚に海のゴミ捨て場へ置き去りにされてたら2日後、頭に蛸をのせ海藻だらけでなぜか鮫を抱えながら満身創痍のニコラスが帰ってきた。

 なんでも人魚に散々海を犬かきしながら追いかけ回されたあと、今度は鮫に食べられそうになり闘っていたらなぜか蛸に好かれてしまい離れなくなったのだとか。

 ちなみに蛸はメスだった。


「愛しのリリー、無事に君の元へ帰ってきへぶぅっ?!」


「散歩から帰ってきたならまずは汚れを落としなさい、この駄犬が!」


 ふらりと私に近づこうとしたボロボロのニコラスはセバスチャンの回し蹴りにより吹っ飛び、いつの間にか用意されていたドラム缶にすっぽりと入った。

 そしてセバスチャンはそのドラム缶の回りに火をつけ出す。


「うあっちぃ!?」


「熱湯消毒です」


 ……そのあとニコラスと一緒に茹でられてしまった蛸は晩御飯になりました。(鮫は人魚がもって帰った)

 うん、通常運転だ。



 さらには最近おとなしかったカルディナがまたセバスチャンに言い寄り出した。


「セバス様、あたくしの執事になれば給金は今の10倍出しますわよ!

 そんなまな板女よりあたくしのお世話の方が絶対に楽しいはずですわ!お望みなら、ポロリもありましてよ?!」


 セバスチャンの事を「セバス様」と呼び、お金やら色仕掛けやらで猛攻撃してくる始末だ。確かにカルディナの方が大きいが、別に私だって頑張れば多少はあるはずだ!決してまな板ではない!っていうか、セバスチャンの目の前でファーストポロリをするのは私だぁぁぁ!


「お断りします」


 セバスチャンがにっこり執事スマイルで即答すると、カルディナは悔しそうに私を指差してくる。


「アイリ・ルーベンス!婚約者がいるんだからセバス様をあたくしに譲りなさい!」


「セバスチャンを渡すくらいならニコラスを熨斗つけてあげるから持っていきなさいよ!」


「いらないですわ!」


「私もよ!」


「リリー、酷いよ?!」


 カルディナはいじめはやめたが、セバスチャンを狙うライバルになっていた。ニコラスがなぜか泣いていたが知らん!


 それからもニコラスがやって来てはセバスチャンに教育されたりナイトに噛み付かれたり人魚につれていかれたりと、とりあえず平穏な毎日ではあった。


 そして、双子王子はあれからまた学園に来なくなっし、ルーちゃんの事も進展はないままクリスマスになってしまった。

 ルーちゃんとクリスマスのお祝いしたかったなぁ……。




 そんな事を考えながら外を眺めていると、視界の端にニコラスが見えた。笑顔で手招きをしている。


「どうしたのかしら?」


「犬は雪の中を走り回る獣ですからね。外に行かれるならコートをどうぞ」


 セバスチャンが白いコートを着せてくれて一緒に外に出た。


「リリー、クリスマスプレゼントだよ」


 私がニコラスの元へたどり着くと、笑顔で小屋を見せてくる。


「プレゼント?」


「そ、中に入ってごらん?」


 ニコラスに促され小屋の中に入ると、誰かに抱き締められた。


「……!」


 私を抱き締めた人物の顔が灯りに照らされる。金色の髪、涙を浮かべた紫色の瞳。左目の下には泣き黒子。


「……アイリちゃん!」


「……ルーちゃん?ほんとにルーちゃん、なの?」


 ずっと会いたかった親友がそこにいた。


 私たちはその場で抱き締め合い、お互い言葉を交わすことなく泣き出してしまったのだった。






 ******






 その小屋は小さいながらも暖炉もミニキッチンもついていて、やっと泣き止んだ私とルーちゃんは暖炉の前で暖まりながらセバスチャンがいれてくれたホットココアを飲んだ。


「実はわたくしのあの断罪事件は双子王子に仕組まれたものだったのです」


 ルーちゃんは赤くなった目に残った涙を拭いた。



 なんでも双子王子は王様に見つからないように色々と不正をしていたらしい。次期王位継承者としての勉強なんて全部嘘で、その不正がバレそうだったからそれを全部ルーちゃんに押し付けるための準備や根回しをしていたのだそうだ。

 王様は途中でそれに気づいたが証拠が不十分なのと、王子たちの婚約者候補であるルーちゃんを憎んでる人が王子たちに味方してしまいすぐには手出しができなかった。


 だからあの時、王子たちがルーちゃんに見せたルーちゃんがやったという事にした悪事の数々が書いてあった紙の束の文字の中に暗号を忍ばせ、ルーちゃんにだけわかるように指示を出していたそうだ。


「その暗号には、断罪を受け入れアイリちゃんを裏切ったフリをしてほしい。と書かれていたのですわ。それでわたくしはあの時、アイリちゃんにあのような態度をしてしまいました……。

 わ、わたくし、きっともうアイリちゃんに嫌われてしまうと、どんな理由があれこんなことして、許してもらえないと思うとこの身が引き裂かれそうな想いになりました……」


 またルーちゃんの目からポロポロと涙が溢れる。


「……そのあとは早々とわたくしを死刑にしようとしていた王子たちから、こちらのニコラス様の使いが助けてくださいましたの。

 アイリちゃんの実家に王家から婚約の申し込みがあったのもわざわざ愛人でもなどと言っていたのも王様がわざとしたのです。自国の王家に怒ったアイリちゃんの両親が異国の王子との婚約を受け入れるようにと仕向けたのですわ。

 そうすれば、さすがにあの双子王子もこれ以上アイリちゃんに手出しできないですから」


 ルーちゃんが言葉を切ると、ニコラスが横に座ってきた。


「そんで、たまたまとはいえ助けたこの子からその辺の事情を聞いたわけ。

 こっそり王様とも協力して双子王子の不正を暴き、無事に断罪出来るまでは異国にルチアを預かってたんだ。リリーにも内緒にしてたのは情報漏洩しないため。ごめんね?」


「王子たちはその罪から断罪され、廃嫡されましたわ。今は牢獄の中です。王家の顔に泥を塗るような不正をしすぎたようですので、もう日の目を見ることはないかと思われますわ。

 王家は遠い親戚筋から養子をとり、新たな王子といたしました。でもまだ幼すぎるとのことからわたくしの婚約者候補の役目も無くなりましたわ。

 ……将来わたくしが女の子を産んだら今度こそ、とお願いされてしまいましたが……」


 ルーちゃんはそっと目を伏せ、「もう、お断りですわね」と軽く首を振った。


「アイリちゃん、ニコラス様との婚約は望まないものだったと思われますが、卒業してからお断りすれば問題なく婚約は無かった事にできますから我慢してくださいませ」


 そして私の手をきゅっと握る。


「最後にちゃんとお話出来て良かったですわ。

 いくら王子たちの陰謀とはいえ、わたくしは学園を無期限の休学になった身ですからこのまますぐ学園に戻ることは出来ません。

 しばらくは身の振り方を考えるために時間を頂こうかと思っておりますの」


「そんな、ルーちゃん!」


 私はルーちゃんの手をきつく握り返した。


「やだよ!ルーちゃんは悪くない!ルーちゃんはいつだって私を守ってくれたのに……!

 私はルーちゃんと一緒にいたいよ!」


「……アイリちゃん」


 再びお互いの目から涙が溢れだし、私たちはまた泣き出してしまった。すると、ニコラスがおもむろに私の頬を指先でつつき出す。


「リリー、俺にお願いしてごらん?」


「ふえ?」


 思わず振り向き、頬がぷにっとへこんだ。


「友達と離れたくないから、どうにかして素敵なニック。って言ってごらん?」


 不敵な笑顔で私を見つめるニコラス。その後ろでセバスチャンが言った。


「アイリ様、使える権力は1滴残らず使うものですよ。それがたとえ躾のなってない犬のものでもです」


 そう言われて、そういえば前に自分がそう思っていたことを思い出す。


「……ニコラス」


「ニック。でしょ?」


「お願い、ニック」


 するとニコラスは私の頬にちゅっ。と軽くキスし、ウインクした。


「可愛いリリーのためなら、なんでもしてあげるよ」





 そしてどんな手段を使ったのか、ルーちゃんは2日後無事に学園に復帰できた。


 ニコラスに「どうやったの?」と聞いたらものすごくいい笑顔で「人には言えないことしただけだよ?」と言われたので聞かないことにした。


 それからルーちゃんと少し遅いクリスマスパーティーをした。

 学園の人たちも最初はルーちゃんの突然の復帰に不信に思っていたようだが、私と一緒に楽しそうにしているルーちゃんの姿を見るうちにだんだん誰も何も言わなくなった。


 ついでにお知らせすると、あの時私の頬にキスしたニコラスをセバスチャンが許すはずもなく、全ての案件が終わってからたっぷり教育と言う名のお仕置きをされたのは言うまでもない。







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