第53話 婚約者なんかいらないよ!

「お父様が、私の婚約者を決めてきたですってぇ?!」


 寮の部屋で思わず叫んでしまった。



 皆さん、こんにちは☆

 クラスで(悪役令嬢らしきものに)いじめられたり、人面花に襲われたり、痴漢に襲われたりと散々な目に遭ったアイリです。


 ちなみにあの枯れ果てた人面花も干からびたレイラの体も塵のようになって消えてしまった。人がひとり消えてしまった訳だが、どうしようも出来ないので騒ぎになる前に部屋に戻ってきたのだ。ナイトのことも気になるし。

 そしてセバスチャンがお父様に呼び出されていた理由を聞いていたのだが……。


「えっ、リリー!その前に俺の正体には反応無し?!先に執事が言ってたよ?!」


 え?ニコラスの正体?あぁ、なんか人狼ワーウルフ一族の末裔だか先祖返りだかの異国の王子なんだってさ。

 先祖が人狼(人型の魔物)と結婚してからその異形の力を持つ者が王家を継いできていて、ニコラスはその中でも1番強い力を持っている第一王位継承者だそうで、この先祖返りの力をより濃く子孫に残すためにふさわしい相手を探して結婚するためにいろんなところに行ってるそうだ。(ビビッとくるらしい)

 はっきり言って、もう魔物も王子もすでにいっぱいいるので間に合ってます。いりません。そして何故私の部屋にいるのか?早く帰れ。


「痴漢の正体が人狼ワーウルフだろうと王子だろうと、私にはどうでもいいから黙っててちょうだい!」


「もうちょっと驚いて欲しかった……」


 いつの間にか頭に生えてる狼の耳をペタリと下げて、さもガッカリだと言わんばかりにため息をつくニコラス。(どうやら感情が高ぶると牙やら狼耳が出てくるようだ)うん、どうでもいい。


「それで、どうして婚約者なんか決めちゃったの?!私にはセバスチャンがいるのに!」


「はい、なんでもここ数日でアイリ様と婚約したいという申し込みが殺到したそうでして。まず双子王子ふたりと、隣国の一般市民。そして異国の王家からの4件です」


 セバスチャンの話を纏めると、まず隣国の一般市民とやらは例のあの色黒筋肉だった。色黒王子の起こした事件はお父様も知っていたし廃嫡された王子なんて認めるわけないと速攻で断ったらしい。(だいぶお金目当てらしかった)

 そして双子王子も、ルーちゃんの事件ももちろん知っているしルーちゃんと婚約破棄してもその下には候補の候補である貴族の娘がわんさかいるのに領主の娘がいきなり婚約者なんて無茶苦茶だとなんとか理由をつけて断った。それでもしつこいらしい。(愛人でもいいからと言われて内心ぶちギレしたとか)

 問題は異国の王家だった。

 あまり交流がないがかなりの権力を持った国らしく、とにかく仮婚約でもいいからとこちらにとても良い条件をバンバン提示してきたそうだ。さらには実はルーベンス家はあのカルディナの国から名指しで嫌がらせをされていたそうなのだが(これは知らなかった)この異国の王家がそれを牽制してくれたそうなのだ。

 しかも異国のその王子と私を仮婚約として3年付き合わせたうえで両方がやはり嫌だと言うなら婚約は無かったことにするし、その後でも良好な関係を持つようにしたいと言ってきた。

 その異国の国とはこちらの王家も良い関係を築きたい国でもあったので、異国の国の王子と婚約すると言うならば双子王子との婚約は諦めると王様が言ってくるという始末だ。

 お父様はいろんなプレッシャーに負けて了承してしまったらしい。


「一応最後までアイリ様には望んでいる相手が決まってるからとお断りはしていたそうですが、その相手と婚約してるのか既成事実はあるのか、その相手はどこの国の王子だと散々言われ、相手は娘の専属執事で娘はその執事を望んでいるが、執事本人には断られている。と言ってしまったそうです。両想いでないならこの仮婚約にはなんの問題もないだろうと押しきられたとか。

 私が駆けつけたときには旦那様はかなり憔悴なされてました。アイリ様に相談することもなく勝手に婚約者を決めてしまい、絶対嫌われるとグチグチうっとうしかったです。

 さらにウィリー様がとてもお怒りになり、旦那様と口を聞いてくれないらしくたぶんアイリ様からひと言おっしゃられれば内容によってはトドメを刺せます」


「セバスチャン、今から私と既成事実を作ろう!」


「仮婚約とはいえ婚約者がいる身で他の者と不貞を働くとなるとそれはそれで問題かと」


 セバスチャンはいつもの無表情でそう言うとお茶の準備をして私となぜかニコラスにもお茶を出した。


「なんでこいつにも?」


 ニコラスはにっと笑うと狼耳をピンとたてる。


「そりゃもちろん、俺がその婚約者だから」


「……なっ」


「先ほど申し上げたでしょう?この痴漢は異国の王子ですと」


 ニコラスは目を細め、笑顔のままセバスチャンを見た。


「リリーの婚約者の王子だってわかったんだろ?執事ならもうちょっと態度を改めたら?」


「王子だろうと婚約者だろうと、ストーカーの痴漢には代わりありません。なにより私はアイリ様の執事です。躾のなってない犬はそんなこともわかりませんか?」


「古代種族なんて言われて引きこもってる吸血鬼よりマシだろ?

 人狼ワーウルフは人間と混じることによって栄えてるんだぜ?」


「ふっ、アイリ様の匂いで興奮する盛りのついた犬のくせに一族の繁栄なんて難しいことおわかりになるんですか?」


 なんだかふたりの間で火花が散っている気がする。もしかしてセバスチャンは犬が嫌いなのかもしれないと思ってると、セバスチャンが私に視線を向けた。


「いいですか、アイリ様?発情期の犬は何をしでかすかわかりませんので躾は私が行います。よろしいですね?」


「え、あ、うん」


「ご心配いりません、旦那様が唯一勝ち取った権利で、“王子はアイリ様の専属執事にアイリ様の好みの男性になれるように教わること”と言うのがあります。なにせ私はアイリ様の理想の男性ですから。

 つまり私はこの王子の教育係でもあるのです。さぁ王子様?私がたっぷりと芸を仕込んで差し上げますよ?」


 セバスチャンが低い声で「フフフ……」と笑ったが、その目はいっさい笑っていなかった。ニコラスはひきつった笑みのままセバスチャンを黙って睨んでいるが、やはり相性は悪そうだ。


「アイリ様、もうひとつお知らせです。ルチア様ですが、今はこの犬の国に保護されております。ご無事ですよ」


「ほんとに……?!」


「えぇ、旦那様が仮婚約を断りきれなかった理由のひとつでもあります。ルチア様のことだからなにか理由があってあんなことになったのだろうと心配なされてました。

 そしてあの双子王子に死刑宣告されそうになったところに突然異国から大使が現れルチア様を引き取っていったそうです」


 それを聞いてニコラスが狼耳をピコピコと動かした。


「それ、俺が頼んだの。なんかリリーの大切な人っぽかったからとりあえず保護しとけばリリーが喜ぶかなって。

 この国の王子たちがすぐさま死刑にしようとしてたみたいだからさ。まぁ、多少妖精王の魔力に影響受けてたんだろうけど、よっぽどあのルチアって子が邪魔だったみたいだし」


 ルーちゃんは学園を去ったあと結局国外追放されたと聞いていた。そのあとは行方不明。でも無事だったんだ……。


「あ、ありがとう……ニコラス」


 私は嬉しくて目頭がじわりと熱くなる。


「り、リリーが俺の名前を……!ニックって呼んでよ、リリー!もう婚約者なんだし今すぐけっこ痛い痛い痛い!」


 ガシッ!


 私に飛び付こうとしたニコラスの顔面をセバスチャンが鷲掴みにした。


「まずはお座りと待てから教えましょうか?お・う・じ・さ・ま」


「離せ、この陰険執事……!」


 ニコラスが思ってたよりいい人なのはわかったが、やはり婚約はお断りしたいと思う。私はセバスチャンひとすじだし。でも、ルーちゃんの無事がわかってほっとした。

 とりあえずニコラスのことはセバスチャンに任せて、ゆっくりお茶を味わうことにしたのだった。



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