第27話 夢のダンスパーティー

 ダンスパーティー当日。


 私はパステルイエローのふんわりしたドレスに身を包み、髪はアップにして真珠の髪飾りがつけられほんのりお化粧も施されていた。

 さすがにナイトのバレッタはこのドレスには合わないということで今日はさらに姿を変えて金色のピンキーリングになっていた。小さなコウモリの羽のモチーフがちょこんとついてて可愛い。それを左手の小指にはめる。


「こんなに小さくなってナイトは大丈夫なの?色まで変わっちゃってるけど」


「パーティーの間くらいなら問題ありません。さすがにダンスパーティーでメリケンサックはつけられませんからその変わりです」


 確かに、ドレス姿にメリケンサックはちょっとダメな気がするけど。


『きゅいっ』


 ピンキーリングがぷるっと揺れる。


「アイリ様がとても美しいと言っていますよ」


「ありがとう、ナイト」


 ピンキーリングのナイトを指先で撫でてから、チラリとセバスチャンを見た。セバスチャンはいつもの執事服のままだった。今日のダンスのパートナーを頼んだのだが(王子たちは全部断ったから)、セバスチャンに断られてしまったのだ。


 パートナーがいない人は執事と踊ってもいいはずなのだが、人前で執事とダンスするのは自分がモテないと宣言することなのでそのようなことはしてないけない。と、言うのである。かといって他の誰かをパートナーに誘うのも嫌なので今日はダンスはしないで壁の花になろうと決めているのだけど。


「……セバスチャン以外の人にモテてもしょうがないんだけどなぁ」


 ぽそりと呟くが、セバスチャンは聞こえてないのか反応しない。ちょっと寂しいなぁ。

 そういえばルーちゃんはダンスのパートナーはどうしたのだろう?ルーちゃんの立場上ボディーガードさんと踊るのはかなり無理があるらしいから、やっぱりあんな変態王子たちでも一応婚約者候補だしどちらかと踊るのだろうか?昨日から親友の姿を見ていなかった。






 ******




 パーティー会場となる講堂の前でセバスチャンに見送られる。


「どうぞ、楽しんで来てください」


「うん……行ってきます」


 パートナーではない執事は一緒に中へは入れない。終わるまで外で待機するのだそうだ。


 扉を潜るといつもの講堂とは違い、華やかに飾り付けられていた。中央部はダンス用に広く空いていて、この周りには立食パーティー形式のテーブルに豪華な料理や飲み物が置かれている。

 ゲームの画面越しとは違う華やかでキラキラしたパーティー会場はとても素敵なのだが、やはりセバスチャンがいないのが寂しかった。

 私は適当に飲み物を取りそのまま壁際にいく。壁にもたれ掛かりながら、ダンスを楽し気に踊る人たちがまるで見えないガラスの向こう側にいるような気分で見ていた。




 しばらくそうしていると、周りがざわめきはじめる。人集りの真ん中から人が左右に別れていき道ができた。

 そしてその道の奥からひとりの人物が私に向かって歩いてきたのだ。

 長い金色の髪は後ろでひとつに束ね、髪飾りも何もついてはいない。黒いブーツに軍服。でもまるで宝塚の男役のようにきらびやかでその人物にとても似合っていた。顔には目元だけを隠す仮面がつけられていたが、近づくにつれその仮面の中に紫色の瞳と見覚えのある泣き黒子があることに気づく。

 その人物は私の前までくると右手を差し出してきて、少し低い声で言った。


「美しいお嬢さん。踊ってくださいますか?」


 にっこりと優雅な微笑みを携えたその人物は、男装した私の親友だったのだ。(ベルバラのオス○ルがいる!)


 ビックリした私はこくこくと頷くと、ルーちゃんは私の手を取りダンスホールへと導く。謎の人物の登場にざわめく人たちをくぐり抜けダンスを踊るために体を密着させると、やっと小声で会話が出来た。


「驚いて下さりました?」


 ふふっといつものルーちゃんの声が耳に届く。


「すごく驚いたよ。その格好どうしたの?」


「実はセバスチャンにこっそりお願いしたんです。アイリちゃんとダンスを踊りたいので協力してほしいと。

 セバスチャンは執事の立場からパートナーにはならないと思ったので、あの王子どもやどこの馬の骨ともわからない男なんかにアイリちゃんとのファーストダンスを踊らせるくらいなら、わたくしが踊りたいと思いましたの」


 ルーちゃんがぱちんっとウィンクしてくる。


「それで、セバスチャンと私のボディーガードに協力してもらって男装してみましたのよ。パートナーは異性でなければならない。なんて決まりがなければいつものままで誘えたのですけど。

 どうかしら?わたくし、ちゃんと男に見えまして?」


「すごく格好いいよ!」


 もう完璧にベルバラです!


「ふふっ、よかったですわ」


 周りの人たちが「あの素敵な人は誰なの?」「仮面つけてるけどあんな格好いい人、どの学年にいた?」とか囁いているのが聞こえる。ルーちゃんの背がいつもより高いのもあってルーちゃんだとは気づかれていないようだ。(なんでもシークレットブーツとかいう背が高くなる魔法のブーツをはいてるらしい)


「でも、ルーちゃんは王子たちと踊らなくても大丈夫なの?」


「問題ありませんわ。あんなのでも王子の権力にすり寄ってくる女が多少いるので誰かと踊ってますわよ。それにわたくしは大切な親友と踊りたかったんですもの」


「私もルーちゃんと踊れて、嬉しい」


 二人で笑いながらダンスを踊った。さっきまでの憂鬱な気分が嘘のようだった。


 1曲分のダンスを終え周りから拍手が贈られた。遠目で各王子たちがこちらを睨んでいるのがわかった。でもその手にはちゃんと女の子の手を握っている。仮面をつけていないところを見ると王子の権力も使い放題してるのだろう。(パートナーの女の子たちが辟易した顔をしている)

 すると、今度は講堂の入り口からルーちゃんの時とは比べ物にならないくらいの大きなざわめきが響いた。


「え?なにごと?」


 一瞬空気が揺れたようなざわめきに驚いていると、ルーちゃんがくすっと笑う。


「さぁ、真打ち登場ですわよ」


「それって、どういう…………」


 事なのか。聞こうとした私の言葉は口から出ることはなく、引っ込んでしまう。まるで海が裂けたかのように人波が左右に割れた。


 そこにいたのは、金色の髪に顔の上半分を仮面で隠した青年がひとり。黒いタキシードの胸元には深紅のバラが飾られていた。

 他の生徒と同じタキシードなのに、なぜか神々しくも見てるその姿に私は思わずルーちゃんに視線を送る。

 するとルーちゃんは、イタズラ成功!と言わんばかりにクスクス笑った。


「わたくし、ちょっとお礼しただけですわよ?ウィッグと仮面だけでこんなにグレードアップするものですのね。すごいわ」


 これなら、執事には見えないでしょう?と耳元でこそっと囁く。


 やっぱり、もしかしてもしかしなくても、変装したセバスチャンなのだった。


 金髪のセバスチャン(いつもと違うので緊張する)が私の前で立ち止まる。


「では、謎のプリンス様にアイリちゃんをお返しいたします」


 ルーちゃんがセバスチャンに一礼すると、セバスチャンは頷き私の手を取った。そしてその手の甲に軽く唇を落とすと、優しく微笑んだのだ。


「ダンスのお相手をお願いしても?」


「は、はひ……」


 私は顔を真っ赤にしながら間抜けな返事をしてしまう。セバスチャンにリードされて進む時、視界の端に小さく手を振ってるルーちゃんが見えた。

 私はそれに笑顔で答え、夢のようなダンスへと向かったのだった。







「……やっぱり、アイリちゃんの笑顔に関してはセバスチャンには勝てませんわね」

 5歳の時からずっと見ていた親友は、あの執事といるときが1番美しく輝いていた。

 学園に入る寸前に執事が出来たと教えられてはいたけど、変な男だったら自分の権力を余すことなく使って潰す気でいたのだ。

 しかし、自分以上に親友の輝く笑顔を自然に引き出してしまう姿に負けを認めるしかない。


「初恋は実らないって言いますものね……」


 性別なんか関係なく、あの明るい笑顔がとても愛しいと思った。

 1番側にいるのは自分でありたいと願っていた。でもあの子が幸せであるならそれが1番なのだ。


「まぁ、もし泣かすようなことがあれば容赦いたしませんけど」


 そんなことあり得ない。とわかってる上でそう呟き、ダンスを踊る親友を見つめるのだった。

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