第56話 最強の男(ベネディクト視点)

 光に反射されて煌めく刀身が鞘を滑って大気に晒されて、『葬送転移』の斬撃を放つ。今まで幾度となく自分が敵を屠って来た力だ。

 悪魔の如きフラスコ王子の信用を得るために、罪なき者と分かっていながらも処刑人となって刀剣を使ってきた。

 その報いを受ける時が来たのだ。


 自分の力で死ぬという因果応報の業。

 目的を遂行できなかった復讐者にはお似合いの死に方だ。

 だが、これでようやく死んでいった仲間達の元へ逝ける。

 そして、これでずっと勇者の傍に居られるのだ。

 これがきっと私の幸せで、


「間に合った」


 その幸せを壊したのは悪魔でも魔王でも勇者でもなくて、巻き込まれただけのただの一般人だった。


 腕の力だけで『葬送転移』を弾いた。

 刀を持っていたわけじゃなく、ただの素手で払っただけのように見えた。


「なっ――」


 芋虫のように這うことしかできない私は、驚きの声を上げるしかなかった。

 予備動作が必要な『葬送転移』とはいえ、割り込むのは至難の業だ。

 何という速度で踏み込んできたのだ。

 恐怖心という脳のブレーキが完全に壊れているし、身体能力がとんでもなく成長している。

 初めて会った時からはまるで別人のようだ。

 工場で出会った時ともまるで違う。

 あの時も信じられないほどの成長率に驚愕していたが、もしかしてあれが本気ではなかったのか?

 この短い間に一体何があったんだ。

 いや、それよりも、どうしてここにテンシュサキモリがいる?


「どうして、いや、どうやって?」

「走って来た!! お陰で滅茶苦茶疲れた……。砂漠だから走りづらいし、巨大ムカデに襲われたり、動くサボテンの集団に取り囲まれたりして遅くなった!!」


 ハアハアと肩で息をしていて、汗で服がびっしょりしているが本当にここまで走って来たのか?


 橋にいた時、馬車に乗せていた爆弾を起動させたのは私だ。

 爆発の寸前、自分が爆発から逃れるよりも前に、『葬送転移』で近くのダンジョンである『砂丘の墓地』のその深部まで転移させたのだ。


 常人ならば数日はかかる道のりだったはず。

 それなのにこの短時間で、走ってここまで来たなんて信じられない。

 だが、どれだけ速い乗り物に乗っていたとしても辿り着かない時間だ。

 ただの身体能力だけでここまで来たと信じるしかない。

 だが、頭が悪いにも程がある。


 私は二通の手紙を残した。

 一通は爆発の衝撃に備えるための警告の手紙。

 そしてもう一通は、事情の説明をした手紙だ。


 君の存在がフラスコ王子の中で大きくなっている。

 だからここから逃げるようにと。

 君が死ぬように工作するから、別の国に今すぐ出国するように。

 そして目立たないように生きることを書いた。

 それなのに、何故ここまで来た?


「何でここに?」

「手紙にはここから離れるように書いていた。監視されているのも手紙から伝わって来た。だからここまで来れば手紙の主であるベネディクトさんが何かしようとしていることぐらい分かる。まさか、フラスコ王子がいて、死にかけているなんて予想していなかったけど……」


 手紙のあの短い文章でそこまで予測できたのか。

 だが、分かっているのなら猶更ここに駆けつけるべきではなかった。


「そうじゃない!! 何故死地に飛び込んだんですか!! 私の名前はカッコウ。あなたを殺そうとした相手です!! だから――」

「だから何だっていうんだ」


 サキモリは力強く拳を握る。

 こちらの葛藤なんて意に介す必要なんてないと、背中で語っている。


「そうするしかなかったんだろ? 事情はさっぱり分からないけど、何度も助けてくれた。さっきだってあんたが俺を転移させて、爆発から助けてくれたんだろ? きっと俺は全ての元凶であるこいつからは逃げられない。だから、俺はあんたの為に戦いたい」


 確かに助けたが、それは勇者のように高尚な考えがあったからではない。

 見殺しにするのは目覚めが悪かっただけだし、一度殺しかけた贖罪の為だ。

 それなのに、事情も深く知らないまま他人を助けようとする姿は、まるで昔の勇者を見ているようだった。


「猿の癖に人間の言葉を吐くとはねぇ。だが、それももう終わりだよ」

「に、逃げてください!! フラスコ王子は私のスキルを自在に使うことができる!!」

「もう遅い!!」


 ヒュンッ!! と眼で追いきれない高速の斬撃が飛ぶが、特に避ける素振りも見せずに拳で弾く。

 一度じゃない、二度、三度、同じ行動を取りながら距離を詰めていく。

 まるで蚊でも払うみたいに歩いていく。


「えっ、なんだ? 避けて、いや、弾いている? さっきのは見間違いか、まぐれじゃ――」


 スキルがまるで効いていない。

 勇者にも『葬送転移』は効いていなかったが、まさにかつての勇者の姿と重なって見えた。


「スキルが効いていない!? スキルを無効化するスキルか!?」

「いや、特に何もしていないけど?」


 襲いかかる斬撃を振り払いながら、反対の拳を振りかぶる。


「ドォ――ンッ!!」

「ち、近づくなあがああああああああああああっ!!」


 反抗らしい反抗など何もできずに、フラスコ王子は殴られて吹き飛ぶ。

 地面に擦られて擦り傷だらけになったフラスコ王子は血を流しながら、ヨロヨロと立ち上がる。


 フラスコ王子の持っているスキルの種類はそれこそ無限大だ。

 咄嗟に防御系のスキルを使ったはずだが、それでも何の効力も働かなかったのように無様に転がっていた。


「き、貴様、どういうことだ!! スキルを無効化するスキルじゃなければ、レベルの差以外考えられんっ!!」

「ああ、多分、それかも。多分、あんたの25倍以上のレベル差はあるから」


 ここはダンジョンじゃない。

 だからレベルの格差なんて生まれるはずがない。

 だからこそ、多彩なスキルを持つフラスコ王子は強い。

 もしかしたら、ダンジョン以外だとしたらフラスコ王子が最強の男なのかも知れない。

 それなのに、その最強の男をまるで子ども扱いしている。


「な、なんだ、何なんだ、貴様あああああああっ!!」

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