第25話 世界最強のSランク冒険者(ギルド長視点)

 冒険者ギルドの応接室は、落ち着いた雰囲気の部屋にしている。

 ここへ通すのは荒くれもの冒険者は少なく、運営に関わる出資者などを通すことが多い。

 装飾品や飾りつけの花や絵画は安物を使っていないし、出す飲み物にも気を付けている。


 だが、今回の賓客にはいつも以上に気を遣わなければならない。

 大物であるのと同時に、どんな行動を起こすのか、冒険者ギルドの長である私にもてんで予想がつかない。


「今回は、レッドドラゴンの運搬作業のご協力ありがとうございました」

「いいえ、私も丁度通りかかったものですから」


 対面に座っている人間と対峙しているだけで、額から汗が出てくる。


 どうしてこんな化け物相手に二人きりで対応しなければならないのか。

 下卑た眼をしていたあの来訪者の小僧が同伴してくれていた方がまだ気が楽だったらかも知れない。


 いきなり二人は冒険者ギルドへと来た。

 一人は、今回召喚された勇者だった。

 冒険者ギルドの登録の為に来たらしいのだが、ジロジロと無遠慮に頭から足の爪先まで眺められた。


 仕事一筋で冒険者ギルドに務め、多くの障害を乗り越えて女でありながら冒険者ギルドの長まで上り詰めた。

 その為にはプライベートは溝に捨ててきたし、男日照りな生活を送って来たから余計に視線に敏感になっていたのは否めない。

 ただ、あれほどまでに不快な視線を送られたのは初めての経験だった。

 どうやら、今回の勇者も外れらしい。


 その外れの冒険者の引率者が対峙している人間であり、放置されていたレッドドラゴンの運搬作業を手伝ってくれた張本人だ。

 いや、手伝ってくれたというのは語弊がある。

 手伝ったのではなく、全てを行ってくれたのだ。


 重量感のあるレッドドラゴンは、ダンジョンの深層にあり、冒険者の協力者を募っても犠牲を強いることが当初の予想であったのだが、引率者はたった一人であの巨大のレッドドラゴンをここまで運搬してくれたのだ。

 それも、腰に携えている二本の刀剣で細切れにして。


「流石は二刀流の開祖ですね」

「……私以外にも使い手はいましたよ。ただ、私が最初に有名になっただけです」


 それは、誰も勝てなかったからじゃないんだろうか。

 この人以上の剣の使い手を私は知らない。

 そんな最強の剣士が、コホンと改まったように咳払いをする。


「お願いがあります」

「……なんなりと」

「明日の冒険者の試験の内容変更をお願いしたいのです」

「――は?」

「そしてその内容を私が考えたものにして欲しいのです。勿論、嫌なら嫌と言っても構いませんよ」


 とんでもないことを言っている。


 剣の実力もあるし、権力者だ。

 話があるからと言われたので嫌な予感はしていたが、まさかそんなことを言い出すとは。


「どうしてですか?」

「何となくですね。さっきの騒動を見て思いつきました」


 騒動っていうのは、さっき受付でのトラブルか。

 遠かったのもあって介入はできなかったが、すぐに収まったようだ。

 優秀な部下が居てくれたおかげで大事にはならないで済んだが、あの騒動で思いつくってことは、試験内容は自制心を測るための試験なのか?


 いや、そもそも、他人が試験内容を変更すること自体、前代未聞だ。

 この情報が洩れれば責任は私が取ることになるかも知れない。


「分かりました」

「いいのですか、内容を聞かずに判断して」

「聞かなくても分かります。何の意味もなくあなたがこんなことする必要がないことぐらい。ただし、条件があります」


 この人に比べれば自分なんてちっぽけな存在かも知れないが、譲れないこともある。


「……何でしょうか?」

「明日の試験は私も見守ります。冒険者の卵に何かあってからでは遅いですから」

「最初からあなたをお呼びするつもりでした。それに、私も観に来ますよ。勇者の引率もありますから」


 どんな血生臭い試験を行うか分かったものではないので、救済措置としてすぐにでも私が手を出そうと思ったが、それも未然に防がれたようだ。

 だが、負ける訳にはいかない。

 受験者を守り将来の有望な冒険者を守ることが、私の仕事であり使命だ。


「引率ですか、保護者みたいですね」

「保護者? むしろ、監視役といったところですかね」


 勇者の監視役。

 そのフレーズに、あの事件のことがフラッシュバックした。


 私は思わず口元を抑える。


「――――っ!!」

「どうかしましたか?」

「……いいえ、何でもないです」


 戻しそうになったのは、一体誰のせいなのか。


 歴史に名を遺すあの獣人の大量虐殺事件の際、私も現場に居合わせた。

 もっとも、全てが終わった時だったが。


 勇者がその力を持って蹂躙した後、最も恐ろしいと思ったのはその勇者を倒した人間のことだった。

 地面は抉れ、建物は倒壊し、獣人達は炭のように真っ黒になっていた。

 そんな地獄の中で、勇者の首を持って歩いている姿を今でも夢に観そうになる。


「でも、良かったです。もし断っていたら、フラスコ様から冒険者ギルドへ圧力をかけるように言う所でしたから」


 ローブの陰からでも見える邪悪な笑みは、あの時とまるで変っていない。


 誰にも見切れない速度の抜刀術で万物を斬る。

 飛翔する斬撃は遠距離にまで届き、空間さえも断ち切り、空間を転移することすらできる固有スキル。

 そして、自分の成り上がりと名声の為ならば、容赦なく昔の仲間を斬れる精神性をもち合わせている。

 狂気でありながらも、冷静に事を運べるだけの思考力を持ち合わせている。


 更に、魔王を殺した勇者でさえも殺してしまう力までも持っている。

 まさに、この世界最強の英雄。

 Sランク冒険者――カッコウ様には誰も逆らえない。

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