第7話:八丈先輩は女子講師にもモテモテ

 ある土曜日のこと。

 一日の仕事が終わり、講師準備室で片付けをしていた。


「へぇ~すっごぉ~い!」

「うわぁ、カッコいいですねぇ~」


 ワーワーキャーキャーと女子の声がうるさい。


 ──おいおい。俺に黄色い歓声を飛ばすのはやめてくれ……なんてことが起きるはずもなく。


 声の主は数人の女子大生。バイトの講師達だ。

 八丈先輩がその女子大生達に囲まれて、雑談が盛り上がってる。うるさい。


 あ……いやいや。皆さん楽しそうで何よりだな、うん。


「なあみんな。今からカラオケ行かないか?」

「わあ、いいですねー」

「行きましょ行きましょ!」


 カラオケか。

 ──あ、八丈先輩がこっちを見た。


 俺、歌は得意じゃないんだよなあ。

 あんまり行きたくないな。でもバイトの付き合いだし、誘われたら断っちゃダメだよな。


 うん。付き合いって大事だもんな。


「じゃあ行くぞ~ おう、佐渡! お先ぃー!」

「あ、はい。お疲れ様です……」


 あれ?

 誘われない?


 なんだよっ! 一人で悩んで損した!

 あ、別に悔しくなんかない。

 女子を連れてカラオケ行く八丈先輩が羨ましくなんかないぞ……


 ──くそっ!


「あ、ごめん八丈君。私今日は用事があるからやめとくわ」

「え?」


 奄美さんに断られて八丈先輩が固まってる。

 ふふふ。ざまあみろ。


「ちょっとくらいいいじゃん」

「ごめん。ちょっと大事な用事なの」

「あ……そ、そうか」


 うわ、明らかに落ち込んでるよ。

 ちょっと気の毒だ。

 ざまあみろなんて思ってごめんなさい。


「ねえねえ、八丈さぁーん。早く行きましょうよ~」

「お、おう。そうだな」


 女子達はめっちゃ積極的だな。

 彼女である奄美さんが行かないって言ってるのに、その彼氏をぐいぐい誘うなんて。

 女って怖い……


「じゃあ行こうか。お先に」


 八丈先輩と女子大生講師達が部屋から出て行った。

 急にしんとなる。

 講師準備室には俺と奄美さんの二人きり。


「じゃあそろそろ私達も帰ろうか」

「あ、はい」


 奄美さんと二人で連れ立って講師準備室を出た。


***


 こんな美人と二人で歩くなんて緊張する……

 最寄り駅に着くまでは、ほんの数分なんだけどな、あはは。


「じゃあ奄美さん、お疲れ様でした」

「あ、佐渡君、時間ある? お茶でも飲まない?」

「え? 用事あるんでしょ?」

「うん、大丈夫。あれ、嘘だから」

「えっ……?」


 ──どういうこと?




 駅近くのカフェに入って、奄美さんと向かいあって座ってる。


「嘘って……どういうことですか?」

「あんな大勢でカラオケ行くの、疲れるからさ。断わる口実」

「あ……そうなんですね」


 意外だ。めっちゃ優しい奄美さんだから、誘いをそんな理由で断わるなんて思いもしなかった。


「ところで佐渡君って教えるの上手だよね」

「そんなことないっす」

「でも屋久やくさんに教えてるの聞いてたけど、上手だったわよ」

「やく……さん?」

屋久やく 友香ともかさん。ほら、香川小豆さんと仲がいい黒髪の子よ」

「ああ、はい。聞いてたんですね」

「うん。まだ佐渡君は慣れてないし、万が一戸惑ったらフォローしないといけないからね」


 なんと。あの時は気づかなかったけど、さりげなく俺と友香ちゃんのやり取りを聞いてたんだ。

 うわ、すげえな奄美さん。心配りが凄すぎる。


「そうなんですね。ありがとうございます」

「いえいえ、先輩としては当たり前のことよ」


 いやいや。たぶん八丈先輩はそんな心配りしてないよね?


「いや、素晴らしい先輩です」

「やっぱり佐渡君はお世辞が上手ね」


 奄美さんの笑顔が眩しすぎる。


「お世辞じゃないっす」

「佐渡君が教え上手ってのもお世辞じゃないからね!」


 またまた奄美さんの笑顔が眩しすぎる。


「佐渡君も講師をしたらいいのに」

「あ、でも……俺、大勢の人前で話すのは苦手なんで。講師なんて無理です」

「そっかぁ。そうだね。それにチューターがいなくなると困るから、しばらくはチューターでいてもらった方が私達にとってもいいかな」

「はい」

「佐渡君は仕事が丁寧だし、すごく助かるから」


 うわ。またまたまた笑顔が眩しすぎる。

 こんなこと言ってもらえてめちゃ嬉しい。

 惚れてまうやろー!


 でも……八丈先輩の彼女なんだよなぁ。

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