第40話・茸の新薬
その日に納品されたばかりの材料や瓶類を作業部屋の棚へと仕訳して片付けているレイラの後ろでは、ベルが作業台の前に丸椅子を置いて腰を下ろし、顔を顰めている。
先日のネーブル商会長との接見で、出来るだけ多くの薬草茶をまとめて納品して頂きたいと願われ、初回分として用意できそうな個数を試算していた。
「ちゃんと売れるのかしら?」
「んもうっ、大丈夫ですってば!」
これまで何度も繰り返されたやり取りだったが、いまだにベルはただの乾燥薬草を混ぜただけの物が商品として販売されることに半信半疑だった。使う薬草はそれなりに考えているが、自分が飲み易いかなと思う配合にしているだけで、特にその比率には根拠はない。
「きっと、そういうものなんですよ。飲み易くて、ちゃんと効果があるから喜ばれるんだと思います」
実際、効果があれば苦い薬でも買い求める人はいる。おそらく味よりも効果を期待する人はすでに症状が悪化し、医者にかかるかその手前まで来ている人だ。
けれど、まだ医者に診てもらう程でも薬を飲むほどでもない時に、気軽に飲めるお茶で楽になるのなら誰もがそちらを求める。そしてそれがお手軽で飲み易いのだから売れない訳はない。
弟子から掛けられた言葉にも、まだ少し納得いかないように首を捻っていたが、ベルは初回の納品数を決めると、それに合わせて必要な薬草を書き出していく。薬草の種類と必要量の一覧が出来上がると、それはそっとレイラへと手渡す。以前までは道具屋への注文書はベルが全て作っていたが、今ある在庫を確認もせず勘で適当に発注していたことが発覚してから、レイラに任せることになった。
ま、その大量のダブり在庫のおかげでレイラは傷薬の調薬作業を思う存分に試させて貰うことができたので、過剰在庫も決して悪いことばかりではない。
「あと、ソルピット茸も多めに発注しておいてもらえるかしら? 今度、ルーシーが調薬の指導に来てくれることになったから」
「え、私があちらへ伺うとかではなく、ルーシー様がこちらに来ていただけるんですか?」
茸の解熱剤の作り方を教えて貰えるようにベルが頼んでくれたことは聞いていたが、こちらから教えを乞いに伺うつもりでいた。驚いて手に持っていたペンを落としそうになり、レイラは慌てて握り直した。
「そうなのよね。猫達のことを考えると、来て貰わない方がいいのかもしれないんだけど――」
来客の度にどこかへ隠れてしまう猫達のことを思えば、こちらから誰かを呼び付けるのは極力減らしたいのが本音。けれど、あまり館を出ることがないベルと会うにはここに来るしかない。森の魔女に会いたい一心でルーシーが提案したのだということは容易く想像がついた。
「折角だから、茸と薬草を合わせた解熱剤の試作も見て貰おうかと思ってるの」
窓際の棚に並べられた試作品の入った瓶に視線を送る。以前に作った試作品を中心街の診療所と薬店で治験をお願いしたところ、効果と飲み易さとで2種類まで候補が絞られて返って来た。だが、そのどちらを新薬とするかを決め切れずにいる。なので茸の薬を扱い慣れているソルピットの魔女の意見を聞いてみたいところだ。
「何なら、ルーシーに作って貰ってもいいかなと思ってるのよね」
「ベル様の薬としてではなく、ですか?」
「ええ。ソルピット茸を使うなら、ソルピットの魔女の方が説得力があるし、解熱剤も複数あった方が症状に合わせて選べるでしょう?」
森の魔女の新薬として売り出した方が人気が出るのは間違いないだろうが、原材料の入手のし易さからもルーシーが扱う方が良いとベルは考えていた。
まさか新薬の権利を譲渡されるなどとは予想だにせず、黒髪の人見知り魔女が荷馬車に山盛りの茸を積んで森の館を訪れて来たのは、その翌朝のこと。
ホールでの雑談もそこそこに、三人は揃って作業場へと向かう。ルーシーの馬車から降ろされた茸入りの麻袋が手伝いを買って出た庭師によって運び込まれると、作業台の上はそれでいっぱいになってしまった。
「かなり量を使うものなんでしょうか?」
一度に使う量が多ければ、レイラの魔力では足りないのかもと心配するが、黒髪の魔女は少し呆れた顔で首を横に振った。
「森の魔女様のところに持っていくからって言ったら、茸農家さんがちょっと張り切っちゃったのよね」
薬にはそこまでは使わないわ、と言われ、レイラは胸を撫でおろした。森の魔女との取引を期待して、茸農家がかなり多めに用意してくれただけだった。
作業部屋にある道具を使いながら、まずはルーシーが普段作っている解熱剤の製薬方法を説明していく。ベルの調薬とそれほど違わなかったが、原料の茸から成分を抜き出す煮出しの作業が少しばかり長めだった。また、ベルはいつも煮出し終えたら魔法で鍋ごと冷却をするが、茸の場合は温度が下がる過程も大事らしく、こちらは自然に冷めるのを待たなくてはいけない。
鍋が冷えるのを待つ時間、レイラが淹れた薬草茶を味わいながら、ベルは薬草と茸を合わせた解熱剤をルーシーに見せていた。
「実際に使って貰って、この2種類が残ったらしいのよ」
薬店と診療所から送られて来た報告書と照らし合わせつつ、黒髪の魔女は真剣な表情で匂いを嗅いだり、味見していた。
「そうですね、解熱剤も熱の種類によっては効くものが変わってきますし、どちらもありかも」
「両方を?」
「ええ。こちらは子供の方が反応が良かったみたいですし、大人より子供向けなのかも? こちらは頭痛を伴う熱症状の方によく効いたみたいですし。症状ごとに飲み分けて貰うのが良さそうですね」
種類を増やせば面倒だと、無理矢理に1種類に絞ろうと思っていたベルだったが、ルーシーに言われて「それもそうね」とあっさりと頷き返した。
「この薬、ルーシーが作る気はない?」
「え、ええっ?!」
二本の薬瓶を見比べていたソルピットの魔女の声は、驚きのあまりに完全に裏返っていた。
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