第12話 これからの指針

「それで、これからどうするの? ミナリア」


「うん。ウチにばっか働かせすぎだと思うんだよね、皆」


 村人たちへの、領地化の宣言を終えて。

 アリス、ユースウェイン、ミナリア、レティシア、アーデルハイドは、村の中央にある館――有事の集会所へと集まっていた。

 ひとまず無事にこの村を掌中に収めたとはいえ、未だ彼らは恐れられている。徒に顔を出すべきではないだろう、とこの館へと集まったのだ。

 そして、結局のところ方針を丸投げされる相手はミナリアである。


「よし、じゃあぼくがこれからの方針を考えよう」


「アディ、寝てなさい」


「ぼくの扱いがだんだんひどくなってないかな?」


 アーデルハイドが不満を漏らすが、しかしそれはこの場の総意である。

 ミナリアの次に参謀として活動できそうなのはレティシアだが、レティシアとてそれほど頭に自信があるわけではない。結局、ミナリア任せになってしまうのも仕方ないだろう。


「やはり、参謀が一人というのは厳しいか?」


「まぁね。まだこの村だけならどーにかなるかもだけど、これから領地を広げていくわけだし、もうちょい欲しいかな」


「となると……ステラか」


「ん。ウチが次帰るときに、そのまま連れてくるよ」


「任せた」


 ステラ。

 それは、ユースウェインたちと同じ建国王の十信徒が一人であり、ミナリアと並ぶ智謀を持つ存在だ。

 とはいえ、ステラと親しいのはミナリアくらいであり、ユースウェインは二、三回くらいしか会ったことがない。だから、連れてくるのはミナリアに任せればいいだろう。


「ひとまず、この村をウチらの拠点にする。だったら、まずは発展ね」


「発展?」


「うん。ひとまずは生産力の向上と、名声を高めることから始めなきゃだから。小麦の他にも、できる作物とか探っていかなきゃなんだよね。今のところ、気候にどの作物が合うのかも分からないし」


「……任せる」


 農業については、さすがにここにいる誰も分からない。

 そこで、ミナリアはアーデルハイドをちらりと見やる。


「アディ」


「んー?」


「スケルトン、何体出せる?」


 種族『死の王リッチーロード』であるアーデルハイドは、まさにその種族名の通りに、アンデッドを使役することができる。

 ただし呼び出すアンデッドは基本的にあまり強くないため、アーデルハイドも好んで使用しないのだが。


「今なら四十体くらいかな」


「触媒は?」


「そこに死体が転がってるじゃないか。あれの骨を使えば大丈夫だけど」


「村人のは使わずに、野盗のだけ使って。さすがに村人の死体くらいは弔わせなきゃ」


「ん。じゃあ二十体かな」


 アーデルハイドが頷く。

 さすがのアーデルハイドも、スケルトンを作り出すには骨そのものが必要なのだろう。

 人骨で構成されたアンデッドのドラゴンであるスカルドラゴンを作るには、何人の死体が必要なのだろうか。


「ユース」


「おう」


「アディと一緒に、ユースは基本的にこれから、スケルトンを率いて農地開拓をして。隣の森の木を伐採して、畑を作ろう」


「畑を、か?」


 思わず、ユースウェインは眉根を寄せる。

 ユースウェインは騎士だ。決して農民というわけではない。だからこそ、そのような労働に従事することは、あまり好ましくない。


「あ、あの」


「ん? どったの、アリスちゃん」


「わたしも、何か……」


「大丈夫。アリスちゃんにはちゃんとしてもらうことがあるから。具体的には、また後で説明するかんね」


「は、はい……」


 先程から、一言も言葉を発しなかったアリス。

 恐らく、未だに自信が持てていないのだろう。ほぼ無理やりの形でアリスを王座に置き、ミナリアの指示に従っただけなのだから、それも仕方ないか。

 それに加えて、まだアリスは年端もいかない少女だ。自信が持てないのも仕方あるまい。


「レティは、基本的にこの村の警備。七十二時間の制限のときには、ユースと交代ね」


「分かったわ」


「あとは、時間がかかるね。ひとまずこの村を発展させて、その上で噂を撒く。カイルド男爵領のポロック村は食べ物が豊富で安全、ってね。そうすれば流民がやって来て、人口が増える。人口が増えれば、それだけ生産力も上がる。生産力が上がれば、それだけ養える人口も増える。こういう正の連鎖になっていくんだよね」


 ふむ、とユースウェインは顎に手をやる。

 詳しくどうやるのか、というのはよく分からない。だが、それでもミナリアが何をやりたいのか、という点は理解できた。

 発展、とミナリアは言った。

 つまり、このポロック村を中心として、建国をするような形にするのだ。


「だから、ある程度落ち着くまでは戦争できないかな」


「どうするのだ? 税は取らない、と言っただろう。税務官がやって来るのを、どう対処するつもりだ」


「その辺はウチがどーにかするから大丈夫。ユースは指示に従ってくれればいーよ」


 ミナリアの言葉に、少し不満を覚える。

 元々、確かに参謀としてミナリアを選んだのはユースウェインだ。だが、これではアリスをお飾りにしただけの、ミナリアの国ではないか。

 そうではないのだ、ユースウェインの目指す覇道は。

 だが――それを表立って否定するほどの根拠が、ない。


「んで、最後にアリスちゃんね」


「は、はいっ!」


「アリスちゃんには、これからしてもらうことがあります」


 にんまり、ととても素敵な笑顔。

 しかし、その目は全く笑っていない。


「おい、ミナリア、アリス様に……」


「ユース。大丈夫、あんたの言いたいことは分かってるから」


 ミナリアは、頭がいい。

 だからこそ、分かっているのだ。ユースウェインの懸念も、ミナリアの立場も。

 だが、それをできるのは、ミナリアしかいない。


「ウチはね、別にアリスちゃんを傀儡にして、自分が実権を握るよーな政治をしたいわけじゃないの。ウチの出自は、建国王の十信徒が一人、『闇の宰相』」


 鋭い眼差しで、ミナリアはユースウェインを見据えて。

 そして、宣言した。


「ウチの覇道は、王を支えること。王の不足があれば、それを補うこと。だからこそ、今ウチはこうして、王の代理をしてる。だけれど、ウチが本当にしたいのは、王を支えることだから」


「え、えと……ミナリア、さん?」


「だから、アリスちゃんにはこれから苦労してもらう。ものすっごい大変だと思う。でもね、ウチもちゃんと頑張るからね」


 にんまり、とやっぱり笑いながら。

 しかし、それは死刑宣告のように。


「アリスちゃんには、帝王学を学んでもらいます」


 これから、アリスの、勉強漬けの日々が訪れる――。

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