第7話 集結

 ユースウェインは苛立っていた。


死の王リッチーロード』アーデルハイド・クリムゾン。

凶蜘蛛アルケニー』レティシア・クロック。

大鬼オーガー』ミナリア・エクリプス。

 十信徒の末裔であるこの三人を、自陣に引き込むことができたのはまず僥倖だ。これから先、尋常ではない武力を発揮することができるだろう。


 一対一でアーデルハイドに勝てる者などいない。

 広範囲を制圧するにあたって、レティシアの右に並ぶ者はない。

 その政治に関する智謀で、ミナリアに勝る者など存在しない。

 そしてユースウェインもまた、戦場においては一騎当千の武力として戦うだけの力は備えている。

 つまり現状、アリスは一個師団すら物ともしない戦力を抱えていると、そう言って良いのだ。


 全ては順調。

 ユースウェインの想定の通りに進んでいる。

 アリスの目指す覇道も然り。

 三人の加入も然り。


 では、何に苛立っているのかというと。


「まだか……!」


 転移陣の凍結が、今だに解かれないのである。

 時間としては現状で、ユースウェインがティル・ナ・ノーグへ戻ってきてから、七時間五十分。

 八時間を経たらすぐに戻ろう、と思って、早めに自宅へと戻ったのが仇となった。ユースウェインはいつまで経っても起動しない転移陣を前にして、座り続けているのである。

 じっと、じっと待つ。

 だが待つ時間というのは異常に長く感じられ、まるで眠れぬ夜を過ごすかのように心のざわめきが止まらない。


 ただ待ち続けると、不安になるのが当然である。

 もしかするとユースウェインの時計が狂っており、既に八時間を迎えているかもしれない。それなのに転移陣が起動しないということは、その場合、アリスが何らかの凶刃に掛かっている場合も考えられる。

 ユースウェインは人避けの結界を張ったが、あの結界はあくまで『人』避けなのだ。野生の獣などが襲ってくるかもしれない。ユースウェインに符を渡した相手は、「大抵のものは通さない」というくらいしか説明してくれなかったのだ。

 だから、そんな風に胸が押しつぶされそうになりながら、しかし待つことしかできない。


「ぐぅぅぅ……」


 こうしている間にも、アリスは寂しがっているかもしれない。

 もしかすると、ユースウェインの来訪そのものを夢だと思って、外に出てしまうかもしれない。

 そう考えていると全く落ち着かず、ただじっと耐えることしかできない自分が腹立たしい。


「まだか! まだなのかぁっ!」


 動いてくれない転移陣にそう叫ぶが、当然ながら返事はない。

 そしてきっちりと時間が来ない限りは起動しない転移陣に、ユースウェインの都合など関係ないのだ。

 だからこそ、焦れったい気持ちのままで延々と待っていると。


「むっ!」


 ようやく、転移陣に光が戻る。

 これでようやく、八時間が経過したらしい。ユースウェインは急いで転移陣を起動し、そしてすぐに転移を行う。

 世界が歪むような感覚。

 それと共に――ユースウェインは、荒野に投げ出された。


「くっ! 我が主よ! 無事であるかっ!」


 そんなユースウェインの視界に映ったのは。

 よく分からない果物らしきものを頬張るアリスと、そのアリスの前で随分打ち解けて話している。

 ミナリアの姿、だった。


「んでね、ユースってば昔っから騎士バカでさ。いつかおれもきしになるんだー、って毎日毎日叫んでたわけ。いやー、でも分かんないもんだよねぇ。まさかあいつが本当に騎士っぽいことしてるとか」


「はむはむ。で、でも、すごくかっこよかったです、最初」


「あー、もしかしてあれ言われた? 汝の誉れは我が誉れー、なんとかかんとかーってやつ」


「もぐもぐ。あ、はい。そうです」


「あれねー、ユースってば昔から練習しててさ。もー、おれのかんがえたちょーつよいきしのせりふシリーズ、結構たくさんあるから色々聞いてみると……」


「ミナリアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 ユースウェインの恥ずかしい過去をそう惜しげも無く披露するミナリアと、果物らしきものを齧りながらそれを聞いているアリス。

 何故このような状況になっているというのか。


「お、ユースじゃん。やほー」


「はぐはぐ。ごきゅ。ユースウェインさん!」


「何故ここにいるミナリアっ!」


 確かに、ミナリアを誘ったのはユースウェインである。

 だが、確かにユースウェインは、七時間後に職安に行けと、そう言ったはずだ。ユースウェインの方から紹介をすると、そう言ったはずなのだ。

 だというのに、何故ミナリアがユースウェインよりも先に来ているというのか。


「いいじゃーん。そもそも、ウチを誘ったのはユースじゃん」


「お前は後から来るように言っただろうが!」


「えー。ウチこれでも気ぃきかせたつもりなんだけどー」


「どういうことだ!」


 ユースウェインの怒声を、しかしミナリアは飄々と受け流す。

 それもそうだろう。ユースウェインの威圧感は自分より小さい者だからこそ通じるのであって、見上げている状態で怒声を上げたところで可愛らしいものだ。


「だってさぁ、ユース。あんた、アリスちゃんのご飯どうするつもりだったわけ?」


「は……?」


「育ち盛りの子供だよ? ご飯食べらんなくちゃダメでしょ。大体、八時間戻らないって知らなかったわけじゃない。それをユースってば、すぐに戻るとかなんとか言ってさ」


「そ、それは……」


 うっ、とユースウェインはたじろぐ。

 確かに、ユースウェインが食べ物を必要としない体であるために、アリスの食事に関しては失念していた。そのためか、現在もアリスはミナリアとユースウェインを交互に見ながら、しかし延々と赤い果実を口に運んでいる。

 余程飢えていたのだろう。そこに気付かないなんて、と自己嫌悪してしまう。


「……すまぬ、アリス様」


「あ、えっと……もぐもぐ。大丈夫です、わたし」


 ユースウェインは、アリスへ頭を下げる。至らぬところを反省するのも、騎士としての務めだ。

 だがアリスは、そんな風にユースウェインが頭を下げても、やっぱり果物を食べ続けていた。余程美味しいらしい。


「それで、ユース」


「む……なんだ」


「来るのウチだけ?」


「いや、アーデルハイドとレティシアを誘っている」


「そっか。んじゃ、来るまで待とっか。ユースも一つどう? この果物、割と美味しいよ」


 にんまり、と笑みを浮かべながら、ミナリアが投げ渡してくる赤い果実。

 ……どう考えても嫌がらせとしか思えない。


 と――そこへ。


「おやおや、ミナリアが一番乗りか」


「ミナリア、久しぶりね」


 そう、見知った二つの声がした。

 振り返ると、そこには先程会ったばかりの姿。

 首から下が骸骨の美少女アーデルハイド。

 腰から下が禍々しい蜘蛛の美女レティシア。

 ひっ――と小さくアリスが悲鳴を上げるのが、聞こえた。


「我が主よ、安心めされよ。あの二人は味方だ」


「おひさー、アディ、レティ」


「ぼくたちの方が先に来るつもりだったのだがね。まぁ、別段競争というわけでもないし、いいか。はじめまして、お嬢ちゃん。ぼくは『死の王リッチーロード』のアーデルハイドだ。アディと呼んでくれて構わないよ」


「ええ、そうね。初めまして、お嬢ちゃん。わたしは『凶蜘蛛アルケニー』のレティシアよ」


「は、はじめまして……えっと、アリス、です」


 二人の異形と小さな子供が挨拶を交わしているというのも、異常な光景に見えるだろう。

 だが、アーデルハイドは巧妙に自分の手足を隠しているようで、アリスの視線は主にレティシアの下半身へと向けられていた。やはりサイズ面を考えても、レティシアの方が目立つのだろう。


「アリスちゃんだね。ぼくたちもユースウェインの友人なんだ。今回、きみがこの国を制覇するつもりだと話を聞いてね、その助力の一環にでもなればと思い来てみたのだけれど」


「あ、はい……あ、ありがとうございます」


「よろしく、アリスちゃん。さ、友好の証に握手といこうじゃないか」


「は、はい……」


 アーデルハイドの言葉に、おずおずとアリスが右手を出し。

 それを、アーデルハイドの肉感の何一つない骸骨の腕が、ぎゅっ、と握り締めると共に。


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!??」


 アリスは。

 そのまま、気を失った。

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