第十服 宣驕勝長
わすれても汲やしつらん旅人の
高野の奥の玉川の水
「
「――御屋形様っ!」
物見からの報せを受けて叫ぶなり、膝から崩れ落ちた義宣を、脇に控えていた
遊佐就盛は畠山
就家の忘れ形見は元服して英家と名乗り、現在は就盛の下で郡代を務めていた。義宣としてはいずれ河内守護代を引き継がせるつもりである。就盛が河内守を名乗る際に子・孫三郎
両畠山家の争いは、畠山
桂女とは遊女のことで元は小笠原長将の子・彦次郎持長の
廃嫡された持富は失意の中死去する。その流れからか越中衆や紀伊衆の有力家臣らは持富の遺児・弥三郎
義政公に畠山金吾家の当主を認められ政久は
翌
神人とは、神社の
同年
紀伊から吉野に移り、
義就は
翌
同
応仁の乱では義就は宗全率いる西軍に属して東軍の政長と戦い、内裏や東寺に陣取り
昨日まで稲荷廻し道賢を
今日骨皮と成すぞかはゆき
と皮肉られている。骨皮道賢は史書にもたった六日間しか登場しない目附の頭目で、侍所所司代の多賀高忠に仕え、盗賊の
義就は西軍の主力として河内・大和・摂津・山城を転戦。
翌
同年
義就は小競り合いをしながら反撃の機会を伺い、
政長は挟み撃ちの危機に陥ったが、幕府の支援と分国からの増援を期待して正覚寺に留まる。そして戦費調達のため、
河内南部で政長と義就が対陣を続けている最中に南山城と河内北部は義就方に制圧されたが、
遊佐惣領家が河内守となるのは遊佐国長が初めで、国長は畠山基国・満慶・満家に仕えた。畠山金吾家は以後河内守護代を宿老筆頭として、次席が山城守護代、第三位が紀伊守護代、以下越中守護代、能登守護代と続くが、この内、山城守護代を除いて遊佐氏が世襲している。但し、守護代は一人とは限らない。
国長の子・国盛が河内守護代を継ぎ、その子の国政が越中守護代を担った。国盛・国政父子は畠山持国が更迭されるとその弟・持永を支えたため、両人とも嘉吉の変で復帰した持国によって没落する。しかし、国政の弟・国助は引き続き畠山持国・義就に仕え、義就から河内守護代に任じられ、義就を支え続けた。
「ここは退かれませ」
就盛は絞り出したかのような低い声で、義宣に告げる。義宣はその場にうずくまり、嗚咽のような声を挙げた。
「何故こうなるのだ! 年が明けたら大和へ攻め込むのではなかったか!」
就盛はじっと若い主君が落ち着くのを待った。ようやく、ようやくである。長きに亘る河内畠山の内訌を終わらせることができると喜んだのも束の間であった。一頻り喚き疲れたのであろうか、義宣の声が熄む。ややあって顔を上げた。
「尾州
「既に支度は整うて御座いまする。英盛!」
「応っ!」
就盛の後ろに控えていた偉丈夫が、義宣の前に出て移動を促した。城から打って出て、敵陣の最も薄い箇所から離脱する――という手もあるが、城の北裏手からは敵陣に見つからぬ水の手がある。高屋城には石川から引き込んだ水濠があり、万に満たぬ軍勢では囲みきれぬほどに
その南の大手門の前に、畠山稙長が陣取っている。越智弾正忠家頼と筒井良舜坊
細川稙国 兵二〇〇〇
香西元盛 兵 五〇〇
柳本賢治 兵 五〇〇
畠山稙長 兵二〇〇〇
越智家頼 兵二〇〇〇
筒井順興 兵二〇〇〇
城に籠もる兵は二〇〇〇にも満たない。領内巡察に兵を割いたからでもあり、年明けに大和侵攻を企図していたため、早々に豪族らの帰着を許したからだ。
夜陰に紛れ、畠山義宣一党は城を落ち延びる。こうして国分の戦いは幕を閉じた。
六日後、
「御屋形様」
武者姿の就盛が、傍らに
「仁王山のあとは、高野山を頼るしかないか」
「無念なれど、
稙長勢の士気は高い。軍勢が多いこともあるが、義宣が戦わず兵を退いたことで楽勝気分が広がっていた。ここであと数日粘れるならば、細川元常の和泉勢が高屋城と誉田屋形の補給線を脅かす要請を聞き入れてくれれば――
「
「
大きく
「答えは自ずと決まっている」
「兵は出さぬ、と」
諦め顔で嘆息を吐く。
「そちとて立場が逆なら兵は出さぬよう諫言しよう?」
「それでは約束が違いまする」
確かに、畠山義宣を見捨てぬという約定で兵を挙げた。しかし、この戦国の世でそのような約定が当てになる筈もない。それとて兵を集めるには役立ったのだ。それだけでも良しとするしかあるまい。
「河州よ、そちが当てにしていたとは思えぬが」
「当てにはしておりませぬが、相手の非は打ち鳴らせまする。御屋形様と兵らの今後を支えていただかなくては」
今、兵を失わずに退けば次がある。そういう話だ。助けに来ぬなら、押し掛けるまで。就盛の肚を読んで、義宣は大笑いした。
「なるほど、な。それもそうだ」
「では、高野山に参じて、その後堺から阿波に渡るといたしましょう」
先が見えたことで、義宣に落ち着きが戻る。そして、主従はと兵を散じて城をあとにし、高野街道を南に向かった。兵たちには堺へと落ちさせるように言い含める。
十一月廿六日、押子形城落城。
十二月五日、仁王山城落城。
こうして、河内国は尾州家が制圧した。
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