第8話 紫の風
天に向かって炎のようにメラメラと燃え上がるように生えていたリオンの毛髪は、黄金の剣によって真っ二つに切断された。
雲に繋がっていた上半分はハラハラと雲から離れ落ち、そして頭部に繋がっている部分は、力なく下に垂れた。
「も、毛髪は、われら『ブルゼ』の王族の命。ヴォルデュー様と繋がる大切な大切な、、、グオッ、グォォォォォォォ」
リオンはそこまで言うと、苦しさに頭を掻きむしった。
リオンの体内に入った光は、行き場を失い、少しづつ全身に広がっていきつつあった。
そして憎しみや怒りで膨張した筋肉にも、愛を湛えた光が徐々に浸透していった。
「ワシは、、、邪悪の星『ブルゼ』の王だ、、、くっ」
リオンは何とかして邪気を保とうと、全身をブルブルと震わせて必死に
目を見開き、口を歪め、拳を握りしめたその姿には、鬼気迫るものがあった。
しかし、温かな光は、流れを止めることなく、どんどんリオンの体の中に流れて広がっていった。
そして体中にその光が行き渡った時、リオンの体は、愛と癒しに満たされて、黄金に光り輝いたのだった。
「この熱く込み上げる胸の高鳴りは一体、、、」
リオンは初めての感覚に、ただただ身を任せるしかなかった。
「リオン」
ステラは思わずリオンの体に触れた。
さっきまでステラ自身の体の中にあった光の温かさが、触れた指先を通じて、ステラにも伝わってきた。
―この
と、その時、あたりが急に明るくなって、リオンとステラの上にも陽が差してきた。
「雲が去っていくでち!ピロロロ、ピロロロ」
シエルの声につられて、みんな一斉に上を見上げた。
シエルの言う通り、空を覆っていた紫の雲は、リオンの頭上から少しずつ離れて移動して行き、雲の陰から出てきた太陽によって、あたりは明るく照らされたのだった。
「ヴォルデュー様ぁぁぁぁ。あなたは、ワタシを、、、見捨てるのですか」
リオンは、去って行く雲に向かって手を伸ばした。
しかし、もうはるか彼方の空に移動した雲に、その手が届くはずもなく、リオンはガックリと膝をついた。
突然、リオンが悲鳴を上げた。
「ひぃっ、、、ヴォルデュー様ぁぁぁ。なぜ、、、このような」
空に向かって伸ばしたリオンの手の指先が、まるで砂が崩れて行くかのように、サラサラと風に溶けて失われていく。
指先から手のひらへ、そして腕へとそれはどんどん進んでいった。
サラサラサラサラ、、、。
リオンは崩れてなくなっていく自分の手を、顔の前にかざして、驚愕の表情で見つめていた。
「ヴォルデュー様ぁぁぁぁ、なぜこのような、なぜ、、、」
膝をついていたリオンは、立ちあがろうと足を前に出したのだが、すでに足の先からも、風に乗って、リオンの体が砂粒のように崩れて溶け出して、リオンは立ち上がることができずに前のめりにバッタリと倒れた。
「リオンッ」
思わずステラが叫んだ。
「ワシは所詮、ヴォルデュー様の、、、影」
リオンはそう呟いたのを最後に、手足の次は胴体が、そしてついには頭部が崩れ去り、やがてその砂粒も風にさらわれて、跡形もなく消え去ったのだった。
「〝改心”できなかったでちね」
ただ見つめるだけのステラたちの中で、シエルがぽつんと言った。
「そうね」
シエルの言葉に頷きながら、ステラはなんとも言えない虚しさを感じていた。
「おいおい、〝改心”なんて冗談じゃないぜ。リオンのことなんて気にしてる場合かよ。こっちは死にかけてんだ」
騎士がそう言うと、ラルフも、
「今回ばかりは、騎士の言う通りだ。リオンのことなんて考えてる余裕なんてないさ。ブランの鼓動が弱くなってきているんだ。早く何とかしないと」
と、
ステラはラルフの言葉で、ハッと我に返った。
―そうだわ。とにかくみんなの傷を何とかしないと。
ステラは、ブランのもとに足を引き摺りながら近づいて行った。
ステラはこの時初めて、自分自身も、リオンの稲妻によって、体中に深い傷を負っていることに気づいたのだった。
血を滴らせながら、ステラはやっとの思いでブランの元にたどり着いた。
「ブラン」
ステラはブランの胸に手を置いた。
確かに弱々しくはあるけれど、ステラにはブランの胸の鼓動がはっきりと伝わった。
―よかった、、、。
指先を通じてブランの胸の鼓動を感じながら、ステラは自分の中にある怒りや憎しみが、溶け出していくのを感じていた。
ブランの胸の鼓動が、ステラの胸にまた愛の光を灯したのだ。
「ありがとう、ブラン。あなたがわたしを救ってくれた」
やがてステラの胸は、ブランや騎士やラルフやシエルへの愛しさでいっぱいになり、その愛と癒しの力で、ステラの全身の傷は癒やされたのだった。
―そう、わたしはファントーム。わたしにあるのは、愛と癒しの力だけ。
ステラは胸の奥に意識を集中すると、ありったけの愛を集めた。
ステラの胸に集められた愛は大きな光の球となり、ステラはその光の球を両手に取り出すと、万華鏡のように、目が眩むような光を放つその球を、目の前のブランに向かって放ったのだ。
シュルルルルルッ。
光の球は、そのままブランの体に吸い込まれ、全身へと広がった。
強い愛と癒しがブランの全身を包み、ブランの傷は、みるみる塞がっていった。
そうやってステラは、次々に、騎士とラルフとシエルにも同じように愛と癒しを注いでいったのだった。
「うっ、、、ううう、、、」
ブランが意識を取り戻した。
「ステラお姉ちゃん」
ブランはステラの顔を見ると、安心したように笑顔になった。
そして急に何かに気がついたように、ハッとして、
「ラルフお兄ちゃん、騎士、それにシエルは?」
と言いながらあたりを見回した。
「ブラン、ボクはこの通り大丈夫さ。騎士もシエルも、またステラのおかげで、こうして元通りさ」
「あたちもちょっと羽をやられまちたでちのよ。でももう大丈夫でちわ」
シエルはバタバタとブランの周りを飛び回って見せた。
「オレもこの通りさ。最後は必ず正義が勝つって決まってるんだからな。そう、なんたってオレは正義の味方なんだから」
騎士は、ステラがリオンの毛髪を剣で真っ二つに切断したシーンを真似て、剣を振り上げる格好をして見せた。
「あっ、騎士がリオンをやっつけたの?」
ブランが瞳を輝かせながら、勢い込んで尋ねた。
「うん、コホン、まあ、その、そんなようなもんさ。オレの黄金の剣が、ヤツのあの紫の髪の毛をバサーッと、な」
騎士はもう一度、リオンの毛髪を真っ二つにしたシーンを再現して見せた。
「騎士、すごい、すごい。さっすが正義の味方だね」
「いや、まあ、それほどでもないけどな」
騎士の言葉が終わらないうちに、シエルが口を挟んだ。
「何を言ってるでちかね。剣を振ったのはステラでち。嘘つき騎士。ギーッ、ギーッ、ギーッ」
「嘘つきって、いや、だって、剣をステラに投げたのはオレだし、、、」
騎士が焦ってハチャメチャな動きになると、ステラとラルフとシエルは、同時に思わずプッと吹き出した。
「イヤだわ、騎士ったら」
「つまらない見栄を張るからさ」
「ホントでちわ。呆れるでちね」
シエルが楽しそうに上空に飛んで宙返りをして、また帰ってきた。
「ピロロロピロロロ、、、」
「なあんだ、やっぱりステラお姉ちゃんか。さっすがステラお姉ちゃん」
ブランがステラに向かって笑いかけると、ラルフも口を挟んだ。
「ステラ、素晴らしい勇気だったよ」
「ま、そうだな。オレも剣を思い切って投げた甲斐があったってもんさ、なあ、ステラ」
「騎士は黙ってるでち」
シエルはフン、というように騎士に言うと、ステラの方を向いて、
「ステラ、やったでちわね。ついに敵をやっつけたでち」
と、嬉しそうにピロピロと鳴いた。
みんなリオンを倒した安堵と、そしてついに敵をやっつけたという気持ちの高ぶりの中にいた。
しかしそんな中、ふとステラが肩を落として沈んでいるような表情を見せた。
「どうしたんだい?ステラ」
ラルフがステラにそう声をかけた時、ちょうど一陣の風が巻き起こり、ステラたちの間を吹き抜けた。
どこかリオンを思わせるような、紫のキラキラ光る粒を含んだその風に吹かれながら、ステラは、ふと、涙した。
「ステラ?何で泣くんだよ?」
騎士もラルフもブランもシエルも、みんなが驚いてステラを見つめた。
「わたしにもわからない。でもなぜだか涙が出てくるの」
ステラは胸にぶら下がる、オラコにもらった月のペンダントを握りしめた。
ペンダントを握りしめながら、ステラはオラコの言った言葉を思い出していた。
〝真実が知りたい”と、オラコはそう言った。
―わたしも真実が知りたいわ。
ステラは目を瞑って、全身で風を感じた。
紫の光の粒が混じったその風からは、深い悲しみが伝わってきた。
ステラは紫の光の粒を通じて、邪悪の星『ブルゼ』に意識を潜らせた。
沢山の怒りや憎しみや悲しみを掻き分けて、ステラは、『ブルゼ』に生きる生き物たちの中にある『生きる喜び』をすくい上げて、その紫の光の粒が混じった風に乗せた。
風はステラの涙をさらって、大きな癒しの風となって大地を吹き渡ったのだった。
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