第2話 紫の洞窟へと続く道

 森を抜けるとそこには、だだっ広い草原と、そこを突っ切ってゆうゆうと流れる川の風景が広がっていた。


「少し休もう」


 ラルフはそう言うと、ステラを背中から降ろして、川のそばの茂みにごろんと横になった。

 さすがに疲れた様子だ。

 無理もない。

 一晩中、起伏の多い森の中を、ステラを背中に乗せて、休むことなく走り抜けてきたのだから。 


 疲れているのはステラも同じだった。

 光のポータルを抜けて地球に転生してきてから、自分が一体どこにいるのか、何がどうなっているのか、冷静に考える間もなく、こうして今、どこかの草原に、知り合ったばかりのオオカミと一緒にいるのだ。


 ―考えるのは少し眠ってからにしよう。ラルフというオオカミも、どうやら敵ではなさそうだ―


 ステラも、すぐそばの木にもたれかかって目を閉じた。


「ステラ、さあ起きて。時間がない、急がないと」


 どのくらいの時間がたったのか、まだ太陽はステラとラルフを真上からピカピカに照らしている。

 ステラは、言われたとおりに起き上がってラルフの背中にまたがった。


「まだもう少し休んだ方がいいと思うわよ。だってラルフ、あなたはまだ疲れているわ」

 

「時間がないんだ。日暮れまでに紫の洞窟に行かなきゃいけないんだよ」


「紫の洞窟ってどこなの?日暮れまでにって、どういうこと?」


 そう話しながらも、もうすでにラルフはステラを背中に乗せて、走り始めていた。


「紫の洞窟というのはね、ボクの住むあの森に昔から伝わる幻の洞窟のことなんだ。」


「幻の洞窟、、、?」


「そうだ。まだ誰も行ったことも見たこともない。もちろんボクもね。だから幻と言われているんだよ。その洞窟は海の中にあって、紫の石でできていると言い伝えられている。ほら、ちょうどボクたちの隣りを流れているこの川が海に流れ込んでいるあのあたり。その沖に紫の洞窟があると言い伝えられているんだ」


 ラルフは、ステラの戸惑う様子を見て、続けて言った。


「幻の洞窟なんて本当にあるのかって、そう思うだろう?」


 確かにその通り、ステラは雲を掴むような話に、ついて行くべきかどうか迷い始めていた。

 

―大体、海の中の洞窟なんて、一体どうやって探し当てるというのだろう。


 引き返そうか、とは思ってみるが、かといってステラには他に行くあてもない。

 ステラの気持ちに気づいているのかどうか、お構いなしにラルフは続けた。


「でもね、ボクには確信があるんだ。〝満月の夜にステラが降ってきてこの森を救う”、この予言にはね、続きがあるんだ。」


「続きって?」


「予言の続きはこうだ。〝満月が赤く染まったその翌日に、夜のとばりが降りる頃、紫の洞窟へと続く道が海の中から現れる”。」


「満月が赤く染まったその翌日、、、」


 ステラは何かを思い出していた。


「そうだよ。昨日の夜に、みるみる赤く染まったあの月を、キミも見ただろう?ボクはあのとき、この予言は真実だと確信したんだ。」


 そのときステラの頭の中にも、昨日の赤く染まった月が鮮明に思い出されていた。


「だから何があっても陽が沈むまでに、川が海に流れ込むあのあたりまで、行かなくちゃいけないんだ。そして陽が沈んで道が現れたら、紫の洞窟に行くんだ。行けばきっと、何かあるはずだ」


 ラルフはステラに宣言するみたいにきっぱりと言った。


 ラルフの目指すその場所は、草原のはるか遠くにぼんやりと見えている。

 なるほど、ゆっくり休んでいる時間はなさそうだ。

 ステラにもようやくラルフが急いでいる意味がわかった。


「わたしは、ファイヤースターという花の種を探しているの。その紫の洞窟にあるのかもしれないわね。その種を見つけて花を咲かせれば、この地球は愛と癒しの星に生まれ変わるのよ。きっとあなたの棲む森も、平和を取り戻すはずよ」


 とにかくこれでステラの気持ちは決まった。

 ラルフとステラはそれぞれの想いを抱きながら、紫の洞窟へと向かった。


 まさに陽が沈もうかという頃になって、ラルフとステラはどうにか海岸へとたどり着いた。

 速さと強さを誇るラルフの脚も、さすがに疲労でいっぱいだ。


「間に合ってよかった。ラルフありがとう」


 ステラの声にうなづきながら、ラルフは荒い息をしていた。

 太陽は大部分が水平線の下に沈んで、完全に陽が落ちるまであとわずかだ。

 ラルフとステラはその場に立ったまま、太陽が水平線に沈んでいく様を黙ってじっと見つめていた。


 大きな波が海岸に打ち寄せて、その度に、ザッバーン、ザザザザーっという波音があたりの空気を揺るがしていた。

 じっと立ってその音を聞いているうちに、あたりはどんどん暗くなって、波音だけが変わらず響いている。


 ついに陽が沈む、そのときを迎えた。


 が、目の前にはただ暗い海が広がっているだけで、洞窟や道が出現するという期待も虚しく、ただただ闇が深くなっていく。


 ラルフがその時何かに気づいた。


「潮が引いているね。海岸線がどんどん沖の方へと下がっていっている」


 確かに、さっきここへ到着したときはすぐそばまで波が寄せていたのに、ほんの少しの間に、かなり波打ち際が後退していっていた。

 

 やがて太陽はすっかり沈んで、辺りは闇へと包まれていき、そしてやがて今度は月明かりが照らし始めていた。


 月明かりが水面を照らして、、、。


「ん?」


 最初は小さな小さな違和感、、、。

 そして徐々にその小さな違和感、つまり海の真ん中の小さな渦潮のようなものなのだが、それが少しずつ大きくなって、やがてついにポッカリと陸地が顔を出した。


「あっ」


 ステラが叫んで指差すと、ラルフも頷いた。


「やはり予言の通りだ。道が現れるぞ」


 ラルフの言葉どおり、少しずつ少しずつ小さな陸地は広がって、やがてそれは海岸から沖へと続く一本の道となった。


「行ってみよう」


 走り出したラルフの後を追って、ステラもその道をたどって沖の方へと走っていった。

 



 

 

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