第9話

 その日の夜に、熱は下がった。

 

 

 雪もすっかりやんでいて、少し窓を開けて見上げた空は、星ってこんなにあったんだって言うぐらいの満天の星空だった。

 

 

 

 

 

 って、ことは。

 

 

 俺は、帰ることができるってこと。

 

 

 

 

 

「こら、また熱上がっちゃうから」

 

 

 

 

 

 夕飯を運んで来てくれたセツに俺は怒られて、窓を閉めた。

 

 

 

 

 

 飯を食って、お風呂入って来なよって準備してもらったお風呂に入って、その風呂が異様にぬるくて、っていうかほぼほぼ水で、勢い良くかぶったその温度にぬおおおおおって叫んで胸がズキンって痛んだ。

 

 

 セツが触れられる最高の温度がこれぐらいって言うなら、俺はあのどうやら神さまだっていう季節感クレイジー男・織波がイエティ・ユキオを抱き締めるみたいにセツを抱き締めることはできないってことだ

 

 

 

 

 

 あ。

 

 

 なに。

 

 

 

 

 

「俺、セツを抱き締めたいんだ」

 

 

 

 

 

 雪のように白くて、雪のように儚くて、その名の通り雪のようにキレイな、セツ。

 

 

 何日も甲斐甲斐しく世話されて、しかも自分を削るようなそれは世話で、でも笑って、大丈夫って。

 

 

 

 

 

 俺はもうすっかりそんなセツに心を奪われていた。この際性別なんて二の次、三の次だ。どうでもいい。

 

 

 もしセツが普通の人間なら、連絡先聞いてお礼するって名目でご飯に誘って、これからもちょくちょく連絡してデートして。そしてって。

 

 

 できるのに。

 

 

 

 

 セツ曰くカテゴリー雪女の、セツ。

 

 

 

 

 

 俺のためにあたたかくしてくれてる部屋で、さっきフラついてた。すごい真っ赤な顔をしてて、汗、かいてて。

 

 

 そんな風になるのを目の当たりにしてるから。

 

 

 俺に触れた手が赤く爛れていくのも、この目で見てる、から。

 

 

 

 

 

 どうにも、何にも。

 

 

 

 

 

 ………できない。

 

 

 

 

 

 俺はお風呂をガンガン追い焚きして、あっつってなるまで浸かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あったまった?」

「ん。ありがと」

 

 

 

 

 

 部屋に戻るとセツは窓を全開にして外を眺めていた。

 

 

 夜の帳が落ちたそこには淡く青白く光る雪。星、そして月。

 

 

 音のない静寂の世界。

 

 

 

 

 

 絵みたい。

 

 

 

 

 

「寒いよね、ごめん」

「………ん」

 

 

 

 

 

 セツは目を伏せて微笑んで、窓を閉めた。

 

 

 

 

 

「覚えて、ない?」

「………え?」

 

 

 

 

 

 はいって毛布を渡されて、俺はストーブの前にある椅子に座ってって言われて、毛布を身体に巻きつけて座った。

 

 

 セツはストーブから離れたところに立って、穏やかな顔で俺を見てる。

 

 

 

 

 

 この距離が、俺とセツの距離。決して近づけない、交われない距離。

 

 

 もっと近くで、そのキレイな顔が見たいのに。

 

 

 

 

 

「むかーし、会ったことがあるんだよ。僕と倫」

「………え?」

 

 

 

 

 

 昔?

 

 

 そんなの、全然記憶に。

 

 

 

 

 

「倫は家族と一緒に来てて、すごい楽しそうに遊んでた。僕はその姿を見てた」

 

 

 

 

 

 昔。

 

 

 

 

 

 俺のゲレンデデビューはわりと早かった。

 

 

 幼稚園ぐらいの頃。

 

 

 

 

 

『寒くないの?』

『え?』

『そんなかっこうでいたらかぜひいちゃうよ』

 

 

 

 

 

 急にそんな会話を思い出して。

 

 

 

 

 

『これかしてあげる』

 

 

 

 

 

 よみがえる記憶。

 

 

 

 

 

 手袋。

 

 

 俺は自分の手袋を、誰に渡したんだ?

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