【更新無期停止】違和感

貴音真

第1話「深夜の大通り」

 その日、俺はいつもの様に仕事場から自宅へと車を走らせていた。

 時刻は午前三時前。朝夕は平日も休日も関係なく渋滞で中々先へと進めないその道も平日の真夜中だけは姿を変えている。

 行き交う車は運送トラックやタクシーばかりで、俺の様な自家用車は十台に一台もないだろう。

「ん?」

 俺は思わず声を漏らした。それというのも俺の車の少し先にバスが走っていたからだ。それも深夜運行や観光バスではなく、昼間に決まったコースを往き来する路線バスがまだ陽が昇っていない真夜中にを走っていた。

 回送にしては珍しいな…

 俺はそう思ったが、運行会社の都合で真夜中にバスが右車線を走っていること事態はそれほど珍しくないかも知れない。

 ただ、何か違和感があった。

 俺は普通じゃない何かをそのバスに感じたものの、それがなんなのか考えるほどの違和感ではなく、右車線を塞がれていた為に仕方なく左側から追い抜こうとそのまま直進してバスへと並んだ時だった。

 俺はそれに気がついた。

 並ぶ前は誰一人として客が乗っていない様に見えたバスの中、そこには明らかに制限をオーバーしているほどの人々で溢れていた。

 真夜中にバスが超満員で走っているわけがない…

 並んだ瞬間に俺はアクセルを踏み込み、逃げる様にしてそのバスから離れた。

 遠ざかるバスのヘッドライトは点いていなかった。

 帰宅した俺は変なものを見てしまったという感覚を払拭するため、いつもなら嫁を気遣って明るくなり始めてから浴びるシャワーを帰宅直後に浴びた。

「おかえり。ビール飲むでしょ?」

 風呂場から出ると嫁が起きていた。

「ごめん、起こしちゃった?」

「別にいいよ。はいビール。というかさ、なんかあったの?」

 嫁は普段と違う俺の行動に対してその異変を敏感に感じ取っていた。

「ありがと。…んん。ふいー、うまい。…実はさっき───」

 俺は受け取ったビールを半分ほど飲んでから自分がさっき見たことを見たままに話した。すると…

「あー、それは……いや、何でもない」

 嫁は何かを言おうとしてやめたが、明らかに何かを知っている顔だった。

「いや、なんかあるっしょ?聞かせてよ」

「んー?聞かない方がいいかもよ?」

 この時、俺はなぜ嫁が口ごもったのかをもっと敏感に感じ取るべきだったと後悔している。

 数回の「教えて」と「聞かない方がいい」という問答を行った末に嫁が折れるかたちで俺に子供の頃に母から聞いたという話を教えてくれた。

 その話によると、まだネットが普及していない頃にとあるからメディアでも全く取り上げられなかったバス事故がその通りで起きていたのだとという。

 事故の原因は運転手の飲酒運転で、その運転手が当時の大物政治家の子だったのが報道されなかった事情で、次期総理大臣とも言われていたその政治家の影響で報道規制がかかっていた為に地元の人々以外には殆ど知られることなく、歴史上存在しない事故となっているらしいが、嫁の母や当時の事故を知る人の間では過去最悪クラスのバス事故だと認知されていて、事故当時六十人以上乗っていた乗客は事故が起きた瞬間の衝撃とその衝撃でバスが横転した際に互いに押し潰された為に全員が亡くなり、原因となった運転手は重体ながらも辛うじて生き残ったが事故の一週間後に入院先の病院で亡くなったという。

 運転手の父親である大物政治家は遺族へ相場よりも高い賠償金を払うことで事故そのものを無かったものとし、事故で亡くなった人への弔いや事故現場への献花などはこれまで一度もされることなく、そのせいかはわからないが、事故の数年後から昼夜を問わずそのバスらしき車両が目撃されているらしい。

 嫁からその話を聞き終えた俺はあることに気がついたが口にはしなかった。

 俺は言いたくなかったのかも知れない。言えば意識してしまうし、これからも続く会社との往き来が億劫になる。

 ただ、これだけは間違いない。

 あの日、俺はバスを見るまで確かにを走っていた…

 未だに俺は通勤のためにあの道を使っているが、左車線をのろのろと走り、前を走る車両に追い付かない様にしている。


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