第3話 何でも出来ちゃう受付嬢

 ギルドの屋内はそれはもう豪華な装飾がこれでもかと組み込まれている。国としての格に関わる場所だから、内装にもこだわっているらしい。


 ワインのような深い赤色のカーペットが満遍なく敷かれていて、大きなシャンデリアが屋内を煌びやかに照らしている。

 ちなみに、依頼帰りで泥まみれになってしまった場合は、外の洗浄施設で洗い流してから出ないとギルドへは入れてもらえない。汚いからね。


 だだっ広いエントランスの奥に受付がある。手前の広間には椅子や机が複数設置されていて、そこで依頼の一覧を確認することができる。


 楽しそうに談笑したり、魔獣討伐の戦略を考えている見知らぬパーティを横目にわたしはそそくさと受付へ移動した。


 早朝ということもあってか、受付に並んでいたのは数人ほど。5分も並んでいればすぐに順番が回って来た


 こちらの事情を受付嬢に伝えると、すぐ隣にある個室へと促された。

 今朝、起きた直後にギルドへ手続きに関する連絡をしておいたためか、かなりスムーズに進んでいるような気がする。


 言われるがままわたしは個室の扉を開けた。

 部屋の中には、艶消しの黒で塗られたソファと椅子が置かれているだけのシンプルなものだ。


 昨日の今日でもうここまで来てしまい時の進みは尋常じゃないほど早いな、などと浸りながらソファに腰をかける。


 駄目だ、こう独りで考え込む時間ができてしまうと良くない感情が脳内を支配してしまう。いつから自分は手を抜くようになってしまったのだろうか、どうしてわたしは何度もパーティを追い出されているだろうか。どれも自分の行いが起こしてしまった必然の罰だ。


 ……始めはこんな屑じゃなかったんだけどな。


 悲しみと後悔が押し寄せて来たところで、ノック音が静かな部屋内へ響き渡った。その後緩やかに扉が開かれると、綺麗な女性が現れる。どうやら、ギルドの職員が来室したようだ。


 女性はコツコツとブーツの音を小さく鳴らしながら、わたしの元へと歩いて来ている。そして、彼女は机とソファの横で止まると軽くお辞儀をしながら。



「お久しぶりですね、エリゼさん。エリゼさん担当のカノンです」



 綺麗な声で挨拶してくれたのは、出来る女をその身で体現している最高に頼れる人、ギルド職員のカノンさんだった。


 挨拶を耳にしたわたしは、俯いていた顔を上げて彼女と目を合わす。なんて綺麗な人なんだろう、生まれ変わったらこんな顔に生まれたい。



「久しぶりです。また来ちゃいました」



 にこっと笑うと、カノンさんは金色の髪束を揺らしながらわたしの隣へ着席した。


 え?なんで?


 こういう時って、対面に座るんじゃないの。少なくとも前回まではそうだったはずなんだけど。


 良い香りがする。香水だろうか、それとも体臭だろうか。どちらにしろこの香りが隣に座っているカノンさんから発生しているということは確たるものだ。鼻腔に焼き付けなければ。


 わたしが変態のようなことをしていると、カノンさんは運んできた書類やファインダーを机に置き、手続きが始まった。



「エリゼさん、私もう慣れちゃいましたよ。パーティ脱退の手続き」


「職員の育成ができるなんてわたしは幸せものですよ」


「私の名誉も育ててくれると嬉しいんですけどね〜」


「うぐっ!」



 心にグサグサと言葉の棘が刺さっている。ごめんなさいカノンさん。



「ご存知の通り、エリゼさんのギルド内評価を決めてるのは私なんですよ?君がそんな感じだと、私の評価力に傷が付くんだけどな」



 ありがたいことに、この人はわたしがギルドに加入申請を送ったその日から担当をしてくれている。パーティを2度も追い出されてもなお、この仕事をし続けている愚か者はわたしぐらいだろう。そんな厄介者に対しても懇切丁寧に寄り添ってくれる天使のような女性だ。


 そんな彼女に損失を出してしまっているとなると、胸の奥どころか肺やらの内臓に激痛が走ってしまう。こうなったら、見えるはずのない遠い空の地平線の向こうを見つめるしかない。ついでに爪を剥がして罪を贖おう。



「冗談です。それに、私の評価力と観察眼は最強なんです!間違えるはずがありません!……誰がなんと言おうと、エリゼさんはギルド内でも最優秀です。私が保証します」


「ほんとかなぁ?」



 変な間があったように感じるのは、きっと気のせいではないだろう。それに、カノンさんには悪いが、いくら高い評価をしてもらってもわたしはまた手を抜いてしまうだろう。だから、この仕事は今日でおしまいです。



「ほんとです!と言っても、こんな状況じゃ信じてもらえないと思いますが」


「う〜ん。信じたいけど信じがたいというかなんというか」


「無理に信じなくてもいいですよ」



 わたしとカノンさんは、会話しながら手続きを済ませていく。

 凄いなカノンさん、あなたはわたしの何倍も努力して国に関わる職場で働いている。それに比べてわたしはこの体たらく。できれば、もう何も頑張りたくないとまで思っているのに。



「え〜、あれこれおしゃべりをしている内に手続きは終わりです。あとは解雇保険の方ですね。これも数日後には振り込まれる手筈です。何か質問あったりしますか?」


「あ、じゃあ聞きたいんですけど、でっかいお屋敷みたいな売り家とかって取り扱ってたりします?」



 ギルドは、税金滞納者から差し押さえたりした特殊な物件を取り扱っている。手続きのついでだし、次の拠点になるような物件を探してみようかな。


 本当は不動産を扱う専門家が適した課に配属されて、そこで相談するような案件なのだが、案外カノンさんのような別の課の職員も話を聞いてくれたりする。

 ギルドで働いている人々は複雑な業務を難なくこなせる超ハイスペック集団なのだ。


 カノンさんは、机の端に置いてあった天体レベルで分厚いファイルを軽く持ち上げてページを高速でめくり始めた。そんな速度で本当に中身を確認できているんだろうか、と疑問に思っているところで彼女は手を止め資料を指でなぞる。

 そして、ファイルから一枚の写真を取り出すとこちらへ差し出して来た。



「聖教会司祭補佐のシルゼリアさんが先月ギルドへ売却したお屋敷がありますね。別荘として使われていたので、この都心からは少し離れた場所なんですが。それに、結構広めなので一人暮らしには向いてないと思いますけど」


 カノンさんは、たった一つの質問からわたしの意思を汲み取って物件を紹介してくれた。できる女すぎて惚れちゃいそう。

 そして、どうやら差し押さえ物件ではないようで安心した。正直、差し押さえられた物件を購入するのは気が引けるので。


 ていうか、



「司祭補佐の情報ってこんな気軽に言いふらしていいいもんなんですか!?」


「まさか、エリゼさんだけですよ。さて、内見の手配などはいかがいたしましょうか?」



 お得意様特典の情報提供ということか。テンペストに所属していて良かった。

 いや、まあ、サボタージュでそのパーティから追い出されてる馬鹿がわたしな訳なんだが。



「ぜひ!なんならここで即決しても良いぐらいなんですけど!」


「とんでもない熱意ですけど、せめて資料は目を通してくださいね。すぐ用意いたしますので」



 自分でもおかしなテンションになっているのは分かっているけど、もうここまで来たら豪邸に住んでやる以外にやってみたいことも思いつかない。幸いにもテンペストで働いて得た給料は結構な額で、少し贅沢したとしても10年ほどはお金には困らない。と思う。



 ☆



 昼頃、ようやく全ての手続きが完了した。ついでに屋敷の内見の予約も決めたし、ようやく職を無くした実感が湧いて来た。最悪だ。


 ギルドの入口にて、昇り切った太陽が下界を照らしているのを確認すると、わたしは月の静寂を望んでいた。憂鬱な人間に陽を差すのはやめていただきたいな。



「これで忙しかったギルド活動も幕閉じですね」



 見送りをしてくれているカノンさんがそう呟いた。



「幕開けの逆って幕閉じなんだ。カノンさん、見送り感謝です」


「見送り成分は職務二割エリゼさん見たさ八割です!それじゃあ、エリゼさんは当分の間ゆっくりとお過ごしください」


「はい、そうさせてもらいます」



 出入り口で、わたし達は手を振りながら別れの挨拶を済ました。


 もっとこう、何か良い返事ができそうな気もしたけど、結局何も思い浮かばず装飾のないことしか言えなかった。頭が空っぽで深いことが考えられなくなっているのだろうか。昨日の今日だししょうがないか。



「エリゼさん……また、会えますか?」



 ギルドから一歩でたところでとんでもない釣られ方をした。彼女はこういう手口で顧客を集めているのだろうか。ただ、カノンさんなら釣られてもいいな。



「う〜ん、どうだろ。そうだ!今度はカノンさんから来てくださいよ!」



 まあ、及第点な返しはできたんじゃないかな。今晩就寝前に思い出して悶え死しないことを願っておこう。



「へへ、やり手ですねエリゼさん。では、近いうちに」



 なんだか彼女らしくない笑い方に萌えてしまった。

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