きっと私は死んでいる

金糸雀かなり

第一章 星空の下、百合は咲き誇る

第1話 少女の首は容易く落ちる

 


「エリゼ。本当に申し訳ないんだけど、このパーティから出て行ってくれないかな?」



 街の営みも落ち着いた夜の中。

 聖教国クオリアの首都に建てられた高級宿屋。


 その上層階に設けられた広い個室内で、ギルド所属の上位パーティ『テンペスト』のリーダーであるアランは、私に向けてとんでも宣告をしてきた。

 それも、慈愛に満ちた声色で、あたかも自主的にパーティを離れることを勧めてきている。


 普通に最悪だ。


 私の名前はエリゼ。

 エリゼ・グランデ。


 このテンペストと呼ばれる超敏腕パーティでは、主に身体強化といった補助魔術をメンバーに掛ける役割を担っている。

 いわゆる支援役。


 今日も今日とて、強力な魔獣の駆除を朝から夕方ごろまで詰めに詰めていた。

 任務を終えた後は、テンペストの拠点である高級宿屋『クレシェンド』に戻ってはしっかりと体を休ませていたんだ。


 ちょうどお風呂上がりのタイミング。

 今日はエステなんか頼んだりしちゃって、なんて甘美なスケジュールを立てていたところで、テンペストのリーダーであるアランに呼び出されてしまった。


 指定された個室に訪れると、長机の奥側にアランが陣取っていた。

 それともう一人、何故だかアランの隣にテンペストの魔術師である少女も立っている。

 本当になんで。


 どうせろくな話ではないことを勘付いているわたしは、憂鬱極めてアランの対面に座る。

 そうしてわたしが着席したことを確認したアランの開口一言目が冒頭のこれだった。



「エリゼ、本当に申し訳ないんだけど、このパーティから出て行ってくれないかな?」


「え……?

 よく聞こえなかったんだけど」



 何かの間違いかもしれないので聞き直す。

 是非何かの間違いであって欲しい。



「あんた、耳に泥でも詰まってるんじゃないの?

 アラン様はあんたみたいな無能をクビにするって言ってんの」



 強気な口調でそう言い放つのは、アランの隣に立っている魔術師リューカちゃんだった。


 彼女は、深紫色の髪の毛をツーサイドアップに仕立てた美少女であり、魔術師としての格もかなり高い。

 わたしは彼女のことを勝手に誇っていたりする。


 そんなリューカちゃんに悪態をつかれているんだけど、意識が夢のようにふわふわとしていて全く理解が追いつかない。



「……ごめんリューカちゃん。もう一度言ってくれないかな?」


「だーかーらー! アンタはクビ!

 もう明日から来なくていいって言ってんのよ!」


「あはは、わたしの耳がおかしいのかな?

 アンタはクビって言いてるようにしか聞こえないんだけど」


「そう言ってんのよ間抜け!!」


「嘘……」



 わたしの記憶が定かなら、さっきまで一緒に魔獣駆除してた仲なはずなんだけど。

 ああ、それともあれか、本当に夢を見ているんだよ。


 そんなわけがないことを理解しながらも、つい現実から逃避したくなる、



「どうしてこうなったのか。

 エリゼ、それは君自身が一番理解しているんじゃないか?」


「……」



 アランの冷ややかな発言によって、全身が強ばる。

 これ以上は夢見心地で聞いていてはいけない。


 アランは、呆れを感じさせる溜め息をわざとらしく吐いた。

 鬱憤と敵意が混じった諦念の吐息。



「まだシラを切るつもりかい?

 君の役割は仲間に補助魔術を掛けることだ。

 とっても単純な仕事だろう?

 だけど、君はそれを怠っている。

 これだけで君がパーティを脱退する理由になりえると思うけど」



 自分の口が引きつったのが痛いほど理解できた。


 まさか手を抜いていたことが見破られていたとは。

 どう考えても全面的にこちらが悪過ぎるし、自業自得の権化だし、後悔が一気に迫ってくるし。


 とにかくなんとか誤魔化さなくては。



「わ、わたしはちゃんと働いてたよ。

 あ! 補助魔術って掛けられたか分かりづらいから、みんな気づいてないのかも!」



 失敗した失敗した、確実に失敗した。


 こんな拙い言い訳は、相手を不快にさせる以外の使い道がない最悪の文言だ。

 この程度の言葉なら口にする必要は無かった。



「あまり僕達を舐めないでもらいたい。

 魔術が掛けられたかどうかは流石に判別できるよ。

 エリゼ、これ以上僕を悲しませないでくれると助かるんだけど」



 想像通りの返答だ。

 ムッとした顔のアランはしっかりとわたしを睨んでいる。


 ……そもそもわたしは魔術自体得意というわけじゃない。

 実際、補助魔術を覚えたのはテンペストに加入してからだし、それより前は前衛張って剣ぶん回してた訳で。

 そんなわたしに支援役を押し付けたのはアランじゃないか。


 わたしの得意を剥がして不得意の箱に閉じ込めたのは……あなただよ……。



「それに、君はもう一つ隠し事をしていただろ」


「……」



 返す言葉が出てこない。

 口も喉も肺も停止していた。


 嫌だ、聞きたくない。

 それ以上口を開けないでほしい。


 そんなわたしの心情を察することもなく、向かい側に座る美形は言葉を紡ぐ。



「君はこのテンペストに入る前に、とあるパーティから退いている。

 それ自体は別にいいんだけど、君が抜けた直後からそのパーティで不幸な出来事が立て続きにおきているんだ。

 パーティランクの降格、任務中での事故、目立つのはこのあたりだね。

 これらの原因が君による呪いのようなものだと噂されているが故に、君は周囲から『疫病神』と呼ばれていた」


「偶然だよ……わたしにそんな力は無い。

 人を呪う度胸すらないし、我が身を思うだけで忙しいんだから」



 そうだ、わたしにそんな極悪な力が宿っていてたまるか。

 そもそも誰かを呪える力が宿っているのなら、わたしは今頃呪術師として人生を謳歌しているはずだ。



「エリゼ、君の言う通りだ。

 こんな話は馬鹿げている。

 きっとエリゼに対する逆恨みだろうね。

 だからこそ、君はこのパーティからの脱退に関する責任は何一つ感じなくていいんだ。

 さあ、もう一度言おう。

 このテンペストから抜けてくれないか?」



 噂を真っ向から否定してくれているのは若干嬉しく思うけど、それはわたしを排除しようというアランの意思が強固であるということの証明。


 ここでなんとかしないと本当にパーティを抜けさせられる。

 わたしはもう、独りになりたくない。



「いやだ! わたしは出て行きません! 不当解雇断固反対!」


「あんた、この空気でよくゴネられるわね……」



 意を決したわたしの反対活動に、リューカちゃんは苦い顔でツッコんだ。

 格好悪い姿を見せるのは慣れていたと思ってたけど、あなたにそんな顔をされるのはちょっと苦しいな。



「そりゃそうだよ!

 テンペストでいればそれなりの報酬も貰えるし!

 それになにより……」


「はぁ、君がここまで哀れだとは思いもしなかったよ」



 わたしが発言をし終える前に、アランは呆れながら口を挟む。


 最悪のタイミングで遮られてしまった。

 こんなところで切られてしまうと、まるでわたしが金の亡者みたいじゃないか。


 そう、だからわたしは無理矢理にでも先に続く言葉をねじ込むべきだった。



「テンペストのリーダーである僕が、君に正式な解雇を言い渡す。

 これでいいだろう?

 不当ではなく正式な解雇通告だ」


「そんな……」



 蚕の間違いだよね、と口を滑らせそうになったがやめておこう。

 普通に面白くないし。


 ていうか……え、解雇、クビ、無職?

 嘘でしょ。



「これで僕は失礼させてもらうよ。

 じゃあまたどこかで会えるといいね、エリゼ」



 アランは席を立つとそのまま一度もこちらへ振り向かず、部屋を後にした。


 個室に取り残されてしまったわたしは、高価な椅子に深く座り込み放心状態で天井を見つめる。

 後悔を胸に宿して。


 なんか、呆気なかったな。

 ちゃんと補助魔術勉強しとけば良かった。


 数秒天井を見つめた後、ふと部屋を見渡すとリューカちゃんが突っ立っていた。


 どうして出ていかないんだろう。

 ていうかリューカちゃん何しに来たんだろう。

 結局、野次を飛ばしてきただけだったし。


 こんな重要な話なら尚更わたしとアランの二人で話すべきだった様な気がするんだけど。

 流石に気まずいな。



「リューカちゃん、もしかして慰めてくれるの?」


「そんなわけないでしょバカ!

 退室するタイミングが分からなかっただけよ!

 文句ある!?」


「えぇー……」



 夜が更けた頃、とある高級宿屋の個室にはクビにされたサボり魔とポンコツ可愛い少女が居た。

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