ダンスのレッスン2(パートナーはヒロインと彼につき)

 優雅にピアノの演奏が流れる。その中で、ワルツのレッスンが行われる。

 私と男子は、はっきり言って脚の長さが違い過ぎ、合わせようとしたら小走りになってしまって勢いよく足を踏ん付けてしまっていたのに、アレクと来たら、エスコートが完璧なんだ。

 私の耳元で、この金髪碧眼の人は囁く。


「次、ターンのときにすぐに回るのではなくて、一歩待ってみて?」

「そのステップ。小走りしなくってもいいよ。私が合わせるから」

「うん、上手。さっきまでは男子が悪かったね。君の身長のことを考えていなかったから」


 ……乙女ゲームで、ダミーボイスでしゃべられたら、ヘッドフォンでひと声たりとも聞き逃すまいとしながら、ベッドで悶絶しながら転がり回るでしょうが。

 さっきまでさんざん足を踏みまくっていたのが嘘のように、上手く……は、ないけれど、少なくとも人並みには踊れるようになってしまった。


「アレク様、ダンスの指導まで完璧だなんて」

 「本当に、先程までアデリナ様、ずっと相手に悲鳴を上げさせてましたわよね?」

「ずるい、私たちだってアレク様にエスコートして欲しいですのに」


 普段、さんざん私を無視している女子たちまで、視線をこちらに向けてくる。ほら、相手とのダンスに集中しろ。相手の足を踏むぞ。「あいたっ」ほら、踏んでるじゃない。

 今の私、リアル乙女ゲーム状態なんですが。

 でも、私。アレクに攻略されたら最後、攻略対象を攻略することはおろか、媚薬を盛ることすらできなくなるんですが。

 頭の中で、グルングルンと考え込む。

 ……落ち着け、落ち着け。私。考え込むな、あまり深慮し過ぎて身動き取れなくなったら、敵の思うつぼだぞ。そもそも、一曲ごとにパートナーは変わるんだから、次の曲でパートナー変わるから。

 私はひとり、ひたすら百面相をしていたところで、ようやくピアノは終わった。さっきまでおかんむりだった先生も、今のには納得の様子だ。


「素晴らしいです! アレクさん、ぜひとも他の方にも、小柄な方のエスコート方法を教えてさしあげて!」


 先生は拍手しながらそう言うのに、アレクは「ありがとうございます」と頭を下げた。

 そして、私のほうに心配そうに目を垂れ下げる。


「アデリナ、次からは大丈夫? ちゃんと踊れるかな?」

「こ、子供扱いは止めてくださいます? まあ、あなたのエスコートはよろしかったわ。でも他の方のエスコートが下手くそ過ぎたからでしょう?」


 私の高飛車な言葉に、またも女子の視線が冷たくなる。

 うう……私だって女子にいちいち嫌われたくないですっ。でもアレクとの好感度上げるほうが、よっぽど怖いんですっ。

 私の物言いにも、アレクは動じることなく、やっと手を離した。


「それじゃあ、本番までに頑張って」

「……お気遣い、どうもっ」


 こちらの嫌みを気にすることなく、アレクは元の列へと戻っていった。

 はあ……まあ、次には挽回するから。それにしても、ダンスレッスンで他のグローセ・ベーアはと……。

 ようやく落ち着いて状況を確認できるようになったとき。


「大丈夫かい? 先程から驚くほど震えているけれど」


 ルドルフは燕尾服をしなやかに着こなして、目の前の女子に心配そうに声をかけていた。見たことがある顔だから、同学年だろう。彼女は全体的に小刻みに震えている。


「ら、らいじょうぶれす、ぐろーせ・べーあのみなさんのてを、わずらわせるのは」

「おい、君……!」


 ……どうも、目の前に美形でグローセ・ベーアの彼が来たせいで、興奮と混乱のあまりに倒れてしまったらしく、彼はドレス姿の彼女を物ともせず担ぎ、「先生、彼女を救護室まで連れて行きます!」と言ってダンスフロアを出て行ってしまった。

 その様子をからからと笑いながらオスワルドは笑っている。こちらは燕尾服を着ていても、いつものワイルドな雰囲気が消えることはなく、踊っている子とも、気のせいかリズムが違う……どうも、騎馬民族の民族舞踊らしく、ピアノの曲に全然合っていないステップを刻んでいる。


「ははは、君結構踊れるほう?」

「まさかオスワルド様まで、この踊りを知っているとは思いませんでしたわ」

「この踊りが残っている地方は、俺の領地でもあるからなあ」


 ……政治的な話になってきているみたい。

 普段は参加していないシュタイナーも、艶やかな黒髪をひとつに束ね、燕尾服のまま静かに踊っている。こちらはリズムひとつ狂わず、それでいてエスコートもばっちりという具合だ。彼もずっと科学室に篭もっている訳ではないってことが、エスコートひとつを取ってもよくわかる。

 ウィリスはというと、普段から小柄で可愛らしい言動だけれど、燕尾服を着た途端に危うさとか独特の色香が漂い、ゆったりと一曲踊っている。


「ステップは大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です」

「よかった。足、踏んでも大丈夫ですから、お好きなように踊ってくださいね。合わせますから」

「は、はい」


 普段可愛いウィリスしか知らない人にとって、あまりにもの気の良く回るエスコートはたまらないものだろう。さっきまでウィリスを見たら「可愛い」「可愛い」と言っていた女子たちは、彼をさも王子様を見る目で見ているんだから。

 しかし。こちらからだとティオとニーヴィンズは見られないな。次、落とすとなったらこのふたりのいずれかなのに。

 私はできる限りアレスに教えられた通りに踊り、相手の男子の足を踏まないよう心掛けていたところで「フロイライン」と声をかけられた。

 どこ行ったんだと思っていたジュゼッペだった。

 普段はおどけている変人だというのに、正装をしたら一端の貴族子息に見えるんだから不思議だ。


「あら、次の相手はあなた?」

「はっはっはっは。馬子にも衣装とはよく言ったものだねえ。今日の君は一段と淑女だ」

「か・ら・か・わ・な・い・で・く・だ・さ・る?」

「まあ……本番では君と当たるのかはまずわからないんだから、今日くらいは一緒に踊ってもいいだろう?」


 そう満面の笑みを浮かべられ、私はたじろぐ。

 ……本当に、こいつがなにを考えているのか、こちらにはなにひとつわからん。そもそも、アデリナの言い出したことになんでこいつは素直に従っているのか、手伝ってくれているのか、ちっともわからん。

 単純に錬金術を完全に廃止にされたら困るから、ローゼンクロイツをぶっ潰されたら困るからだったらそれまでなんだけれど。

 私は溜息をつきつつ、彼の手を取った。


「私、さっきまでよりも大分上手くなりましたのよ?」

「意外だねえ、アデリナ。君、僕と踊るときは、ちっとも足を踏まないじゃないか。急に君が縮んだのかと思って、見てて驚いたよ?」

「……そうだったかしら」


 でも、思い返してみたけれど、たしかにそうだ。

 この幼馴染と踊っているときは、今まで一度も足を踏んだことがない。私がダンスが上手いっていうより、こいつが小柄な私に合わせていたんだ。アレクにエスコートされた今だったら、それがわかる。

 ……思い返してみても、ジュゼッペは攻略対象ではなかったはずなんだけれど。なんでこんなにアデリナと距離感が近いんだ?

 たしかに、隠し攻略対象のキャラは、一定条件さえ揃えれば登場するはずだけれど、ジュゼッペではなかったはずなんだ。

 ゲームを完全クリアした私が言うんだから、間違いがない。

 あまりにものジュゼッペからの扱いが、乙女ゲームのスチルが欲しいと思うそれだから疑問に思ったのか、この幼馴染を信用してないからそう思ったのか、自分でもよくわかんない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る