バーにて

 何も言えなかった。

 バーで二人、夜。

 忙しいなか駆けつけて、バーで別れ話をされた。何も言えなかった。最後に彼女は私のウイスキーグラスを両手で温めた。

 これは愛の表現だ。だが彼女は別れたいと言ってきた。

 何故とも言えなかった。ただただ黙っていた。

 最後に二人でXYZを飲んだ。

 最後ね、と。

 妙にしんみりとして、私は彼女の瞳の奥にある戸惑いを見逃さなかった。

 やっと口を開けた。

「どうして?」

 彼女はさめざめと泣き始めた。身ごもった、と。

 そうか、浮気されていたのか、しんみり思った。

「誰の子?」

「襲われて」

 私はこの時、XYZの魔術にかかっていた。

「私が養うよ。その子を」

 絶望と嬉しさの表情が入り混じりながら、彼女は、「やっぱり愛してる」とそう告げた。

 その子が浮気の子か、襲われて出来た子かは分からない。真実は分からないが、そんなことたいしたことない。XYZの魔術にかまけて、終わりにして、新しく人生を書き直したい。

 私はもう一度最後にマティーニを頼んだ。

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