彼女の恋人    ≪ この探偵は「ち」を愛でる 2 ≫

寄賀あける

1  片恋、始まる

「可愛いんだよぉ!」


 しょうりもなく、隼人はやとが恋をしたらしい。もちろん、いつものように片思いだ。クッションを抱いて、時々そこに顔をうずめ、もだえするように訴える。


「まん丸の目、ちっちゃな口、それが笑うと、目はけそうだし、口はビロンと横に伸びる ―― あぁ、可愛いったらありゃしない」


 相変わらず、隼人の感覚は理解しがたい。今の説明で、どこをどう考えれば『可愛い彼女』を想像できる? 話を聞いて欲しいなら、もう少し同意できる表現にしてよね、隼人。


 一緒に話を聞かされていたさくはそっぽを向いて笑いをみ殺しているし、みちるに至っては

「隼人、は人間だよね?」

と、尋ねる始末。気持ちは判るが、言い方を考えたほうがいいぞ。


「もちろん! そこの美大の学生さん。ま、人間じゃなくたって構わないけどね」


 隼人が言うには向こうから隼人に『モデルになって欲しい』と声をかけてきたらしい。


「ひと目でピンときた、これは運命だってね。こんなかわいい人がボクにモデルを頼んでくる。これを断るなんて、運命に逆らう事だ」


いったいどんな運命なのだか。そして何人目の運命の相手だか。隼人、好きになるたびに『運命だ』って言うよね。


「でもさ、いったんは断ったんだよ。だってボクの目を見たら、彼女はきっと引くと思ったんだ」


 僕、ずきばんと、どこかズレてるほる隼人は探偵事務所『ハヤブサの目』を共同経営している。隼人が所長で、所員は何でも兼任の僕、の二人所帯だ。そして、お察しかも知れないが、僕たちは人間じゃない。


 もとは人間だった僕は吸血鬼、源平合戦で命を落とした若武者のなれの果て。僕を殺したヤツが魔法でよみがえらせるつもりが失敗して、なぜか吸血鬼として蘇った、らしい。らしいというのは、そのあたりの記憶が僕にはないからだ。


 で、右の目は薄いレモンイエロー、左は薄い銀灰色、オッドアイの隼人はハヤブサが神格化した古代エジプトの神ホルスだ。何千年も生きているというけれど、とてもおじいちゃんとは思えない。昔の姿のまま、時を経ていると言っていた。


「けどさ、やっぱり運命だよね。彼女もそう簡単に諦めなかった。毎日ボクのお散歩コースでボクを待ってて、お願い、って言ってくるんだ」


 うーーん、隼人、いつからお散歩が趣味になった? 彼女がいそうな場所に、隼人から足を運んだってことじゃないのか?


「とうとうボクは覚悟を決めた。運命に逆らうわけにはいかない。彼女にオッドアイだと告げる、それで嫌われたなら、やっぱり運命じゃなかったと諦めよう ――

虹彩の色を変えて、とも思ったけれど、長時間は変えていられない。それ以上に、あとで事実を知ったら、きっと彼女は傷つくだろう。だからそれはできないと思った」


朔が隼人に視線を向ける。いつも自分の事ばかりの隼人が、相手を気遣うなんて、と僕が驚いたように、朔も驚いたのだろう。


「へぇ、へぇ。それでどぉなったの?」

 満は相変わらず話の成り行きに興味津々きょうみしんしんで、隼人の変化に気が付く様子もない。まぁ、満の事だ。気が付くはずもない。


「ミチル、良く聞いてくれた」

どうせ、聞かれなくても隼人は言う。言いたくってウズウズしているんだから。


「彼女は僕の目を見て『綺麗な目……』と言った。そしてうっとりと僕を見詰め、『お願いだから、モデルを引き受けて』って言ったんだ」


 隼人の目がうるむ。つられて満も涙ぐむ。僕と朔は、隼人の妄想とか思い込みなんじゃないかと、考え込んで何も言えない。


「で、モデルって、どんなことするの?」

「モデルが何かを知らない?」

 朔が驚いて満を見る。


「むっ! 朔、あたしを馬鹿にした。モデルくらい知ってるもん、どんなモデルかって聞いたんだよっ!」


 朔と満は双子の人狼だ。顔はそっくりだけど、性格は正反対。無口で慎重で武道派、短髪にしている朔と、明るいのが取り柄、ちょっとおっちょこちょいで女装大好き、ロングストレートの髪を背中に垂らしている満、二人は幼い頃に親とはぐれ、死にかけているところを隼人に救われ育てられた。


 もともと五つ子だったけど、隼人が見つけた頃には二人っきりになっていた。一番体が大きかった朔が一番チビの満を守っていたらしい。二人とも隼人の事が大好きで、特に満は隼人を神様みたいに慕っている。ま、隼人は神、ホルス神なんだけどね。


「絵のモデルだよ。ボクは出窓に腰かけて、外をながめていればいい」


 隼人がスッとものげな表情に変わり、遠くを見る。なるほど、その顔でモデルのお勤めを果たしているわけだね。


「うんうん、絵になりそう」

満がキャッキャとはしゃぐ。絵になるんだか、絵に描かれるんだか知らないけれど、確かに隼人、見た目だけはモデル向きかも知れない。


 小顔で目はパッチリ、通った鼻筋、ふわっと柔らかそうな頬、小さめの口はキリッと引き締まっている。体も細いし、肩まで伸ばしたサラサラの黒髪とあいって、性別不明で魅惑的な雰囲気をかもし出している。ま、美形なのは否めない。正体を知っている僕に言わせれば、なるほどハヤブサ、って感じだ。


 ハヤブサ的と言うと男を連想するかもしれないが、見ただけでハヤブサの性別を見分けられる人間は少数だと思う。つまり、そう言うこと。見た目だけじゃ性別不明。


「片倉方面に国道をいくと、丘の半ばに洋館が見えるじゃん。あそこの出窓のある部屋、そこで彼女、絵を描いてるんだ」


 澄まし顔を元に戻して隼人が話を続ける。その洋館は、ちょっと場違いな感じで目立っていて、この辺りの住民は大抵知っているだろう。


「へぇ、彼女、あそこに住んでいるんだ。あそこは空き家かと思ってた」

「空き家なもんか。外観通り、内装も凝っているし、もちろん掃除も行き届いている」


 隼人が『内装も凝っている』って言っても、隼人の感覚だから言葉通りに受け取れないが、掃除が行き届いているってのは間違いないだろう。変なところで気難しい隼人は、掃除については小うるさい。もしも部屋が汚かったら、ここで隼人が『運命』と口にすることはなかったかもしれない。もちろんモデルは冷たく断っているはずだ。


「でもさー」

と、隼人が表情を曇らせる。

「モデルを始めて一週間、毎日彼女と顔を合わせるが、ボクと彼女の関係は、モデルと絵描きの域を出ない。全く進展がない。そこで、だ」


 隼人がニヤリと笑う。嫌な予感を感じて、僕と朔が身構える。満は隼人が何を言い出すか、ワクワクしながら見つめている。


「彼女の故郷の近くの公園、と言っても車で一時間ちょっと、横浜市内なんだけど、二股川自然こども園に遊びに行こうと思う」

「おーーー、デートだね、いいね、いいね」


何が嬉しいのか騒ぐ満に

「うんにゃ、デートじゃない、いきなり二人で行くのは、ちょっとね」

と、隼人。いったい何が、ちょっと、なんだ?


「みんなで遊びに行こう。で、バーベキューしよう」

「えっ? ミチルも連れて行ってくれるの?」

「もちろん」

 大喜びの満、僕と朔は顔を見合わせ、隼人はニンマリと笑う。


「いいけどさ、なんの魂胆?」

朔が隼人を決めつける。


「コンタン? 狐の子どもか?」

「それはコンちゃんでしょー? 隼人、冗談好きなんだからぁ」

いや、満、隼人は冗談で言った訳じゃないぞ。魂胆の意味が判らなかったんだ。だけど僕も朔と同意見。隼人はきっと何か企んでいる。


「何しろだ」

 咳払いして隼人が言い放った。いつものことながら強引だ。


「バーベキューの予約、もう入れたから。全員参加で決定!」

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