第27話 エピローグ・再び会う日まで

 ライライオネルとタイタスの行方が知れなくなってから、一年余りが経った。

 それでもわたしは信じている。

 彼は帰ってくる。


 帰ってくると誓ったのだから。

 わたしのところに戻って来てくれる。

 そうなのだとわたしが信じなくて、誰が信じるというのだろうか……。


 どんな形であってもわたしは受け入れるつもり。

 例え、それが望まぬ再会であっても。

 彼はきっと、帰ってくる。


 帰ってこないなら、絶対に許してやらないんだから。

 絶望しか感じられなくてもきっと耐えてみせる。




 あれ以来、わたしは喪服のような黒いドレスしか、着ないことにしている。

 わたしを染めてもいいのは彼だけであって、何者にも染められたくない。

 そんなちょっとした意地なのだ。

 左手の薬指には彼から貰った指輪が、ずっと嵌められている。


 社交界では行かず後家と呼ばれているらしい。

 知っているが、どうでもいいことなので放置しているのだ。

 わたしが何か、しなくてもフォルネウスとカラビアは同族の絆が強い。

 何もしなくてもそのうち、収束するだろう。


 わたしの身分は未だにフォルネウス家の令嬢のままだ。

 なぜ、そんな現状に甘んじているかというと領主がいないオセ男爵領を仕切るのにそれが最適だったからとしか、言いようがない。

 あまり、よく思われていないのは理解している。


 女性であっても継承権を持ち、領主になる者も少なからずいる。

 だが、それも極少数であって、主流とはとても言い難い。

 ましてや、わたしとライの婚姻関係は主だった者にしか、伝えられていない秘密のものだった。

 大多数の人から見れば、わたしは未亡人と主張するだけにしか、見えないのだろう。


 それでもやらなくはいけない。

 彼がいないオセ領を守るにはそれくらいの悪評を跳ねのける強さがなくてはいけない。

 わたしは強くならなくてはいけない。

 彼が好きになってくれたのは弱みを見せないわたしの強さなのだから。

 だから、泣くものか。




 ツェツィーリア義姉様やキャメロン義姉様が時折、心配して訪ねてくださるのが心強い。

 兄様達も色々と手を尽くして、二人を捜索している。

 しかし、未だに手掛かりの一つすら、掴めないのだ。

 それが現状だった。


「ライ。ここはとてもいい場所よ」


 わたしの呟くように口から、出た独り言は風にかき消された。


 オセ領は冷涼で痩せ細った土地だった。

 肥沃とは程遠い大地が広がる辺境の地。

 そんな過酷な地だが、住んでいる人々の心は穢れを知らない美しいものだ。

 己の生活が苦しくても他者を慮り、助け合って、生きている。

 これはライが思い描いてた理想の世界だったのではないだろうか?


 カラビアの家にありながら、その心はどこか、自由を求めているように見えた。

 最初、わたしに興味を持ったのも恐らくはそれが理由なのだ。

 わたしが自由に生きているように見えたから。

 そうなんでしょう?


「どちらから、いらしたのですか?」


 ヨレヨレの薄汚れたマントを羽織った風変わりな客人に敢えて、質問してみた。


 紐で縛って、まとめただけの蜂蜜色の髪はあまりにも無頓着で無造作だった。

 苔色モスグリーンの瞳は太陽の光でエメラルドのように輝きを放っていた。

 そして、わたしよりも頭二つは大きな背。

 落ち着いたバリトンボイス。


 わたしがよく知っている客人だ。


「分からないんだ。気が付いたら、ここに来ていた」

「そう。約束は守ってくれたのね、ライ」

「君は……俺を知っているのか?」


 わたしのところに帰ってきてくれるのなら、どんなあなたでもかまわないと思った。

 それは嘘ではないのよ?


「ええ」

「俺は……分からないんだ。俺は誰なんだ。ここはどこなんだ。分からないんだ」

「無理に思い出す必要はないわ。ここは困った人を放っておけないおせっかいさんが集う土地なの。だから、無理をする必要なんてないの」


 戸惑いの表情を隠せない客人の腕を取った。

 彼の温もりを感じて、わたしの頬を我慢していた物が伝っていく。


「君は……泣いているのか? どうして……」

「どうしてかしらね」


 また、一緒に作ればいいのだ。

 新しい思い出を刻み込めばいいだけ。

 あなたが帰ってきてくれた。

 それだけでわたしは幸せよ。




 Fin

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