第14話 トリスちゃん、諦める
わたし、ベアトリスが記憶を取り戻してから、三ヶ月が過ぎた。
まず、帝都だけではなく、帝国全体を揺るがしかねない凶行を阻止することが出来た。
疎遠になっていた二大公爵家の仲が修復されたのも大きい。
わだかまりの取れたザカライア枢機卿とウィステリア卿は恩讐を超えて、国の行く末に苦心している。
王城の襲撃と陛下の拉致を狙った獅子身中の虫も、無事に取り除かれたのだ。
現場で兵を率いて、賊を討伐したライオネルの手腕は高く評価された。
爵位を得たのは彼にとってもカラビア家にとってもいいことしか、ないように思える。
そう。
あくまで『彼らにとって』である。
私にとってはあまり、歓迎すべき状況でないのは確かだ。
リチャードはまだ、分かる。
わたしがナイジェル兄様に課した鍛錬になぜか、彼も付き合っているからだ。
性格的には正反対のように思える二人だが意気投合しているとしか、思えない。
時には弱音を吐く兄様を決して、甘やかさないという意味ではいいお目付け役でもあるから、一日おきに来られてもさして、迷惑ではない。
問題はライオネルだ!
リチャードと同じで一日おきに示し合わせたように来るのはいいとしよう。
手土産がいつも、わたし好みの菓子類ばかりなのだ。
『お前の為に買って来たんだ』と言われたら、受け取らない訳にはいかないし、その日のお茶も菓子をいただきながら、
面倒なのはライオネルは紅茶を
いくら、美しい顔に見慣れているとはいえ、ジッと見つめられるのは性に合わないし、何だか、背中がムズムズしてくる。
それもようやく終わりを告げる。
ナイジェル兄様が学院に通う日がついにやって来た。
リチャードの協力とジョナサンの妨害に遭いながらも目標を達成出来たのだ。
だらしなかった体型の兄様はもういない。
ジェラルド兄様やライオネルのように大人の色気は感じられないが、どこからどう見てもまごうことなき美少年になったのだ。
しかし、我が家はどうして、こんなにも家族のことで大袈裟なのか。
入学式に向かう兄様を見送らんと使用人一同までもが総出なのだ。
「行こうか、キャミ―」
「ええ、ナギー」
兄様は将来の姉様――キャメロン・フォルネウスは母様の妹。
つまり、叔母様なのだ――を実に優雅な所作で馬車へとエスコートする。
絵になるくらいに素敵な光景だ。
前のだらしない体型の兄様でも決して、絵にならない訳ではない。
でも、努力と根性で手に入れたその姿は美しい。
妹であるわたしが見てもそうなのだから、姉様も改めて、惚れ直したに違いない。
「前のぷよぷよナギーが可愛かったのに……」
(ええええ!?)
姉様の呟くような囁き声を耳にしてしまったわたしは思わず、叫びそうになっていた。
姉様の好みはちょいポチャだったのですか!?
ショックを受けたわたしを
手のかかる子供が巣立ちするとこんな気分になるのだろうか?
何だか、嬉しいのと寂しいのが一緒に来たみたいだ。
「そう、気落ちするな」
「!?」
わたしが少しばかり、落ち込んでいるように見えたのだろうか。
あやすように頭を優しく、撫でてくれたのは……
「何であなたがいるの?」
「お前に会いたかったからさ」
朝から、何とも胃には重そうなパンケーキの皿を手にした金髪の男が目の前にいた。
生クリームとこれでもかとばかりにアイスクリームまで乗ったパンケーキだ。
これを朝から、食べろとでも?
台詞も重い!
わたしは八歳なんですけど?
ライオネルとの腐れ縁は切れそうにない……。
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