第9話 トリスちゃんと不遜な黒騎士

 人生が逆行する前の話だ。

 ジェラルド兄様から、聞いたことがある。

 この内乱の時、カラビア家の鎮圧に向かった兄様を執拗に狙ってきた黒い甲冑の男がいたって。


 男の名は確か、ライオネルだ!

 ライオネル・カラビア!!


 内乱で処断されたカラビア家随一の剛勇を誇る猛将。

 敗北を知らない黒騎士。

 悪鬼喰らいイービルイーターの二つ名を持つ古今無双の男として、歴史に名を残した男……。


「なあ。フォルネウスのところの小っちゃなお嬢ちゃんが一人で何しに来たんだ?」


 ライオネルの苔色モスグリーンの瞳がわたしを捉えて、離さない。

 強烈な威圧感を伴う眼光だ。


 普通の女の子なら、既に腰を抜かしているか、あるまじきことお漏らしになっているだろう。

 でも、わたしは普通ではない。

 逆にキッと見返すように見つめてやった。


「わたしはあなたがたを諫めにやってきました。モーガン様のところまで案内してくださいません?」

「へえ。面白いお嬢ちゃんだな」


 目を細めて、わたしを見つめる姿がまるで捕食者が獲物を狙っているようにしか見えない。

 下手に整った容姿をしているせいだろう。


 妙になまめかしく、感じてしまうのは大人の男への耐性が低いせいだろうか?


「いいだろう。俺についてくるといい」


 うん?

 良く分からないが、どうやら上手くいったらしい。

 兄様を散々、追い回した頭まで鍛えた人の考えることはよく分からない……。




 思っていた人とはあまりにも違ったので驚いた。


 父様から、話は聞いていたのだ。

 モーガン・カラビアという生涯最大の宿敵にして、決して忘れられない親友のことを……。


 その話では勇猛果敢で決断力に富む男の中の男と聞いていた。

 聞いていたから、てっきり、熊のようないかめしい大男を予想していたのだが……。

 全く、違う。


 悪鬼喰らいイービルイーターライオネルも聞いていた話ではオーガのような狂暴な男で見た目も醜悪と聞いていたのに正反対だった。

 オーガどころか、端正な顔立ちの貴公子じゃない。


 モーガンは貴公子然としたライオネルを年相応に渋みを増した色気のあるおじさまだったのだ。

 金色の柔らかそうな髪に孔雀色マラカイトグリーンの瞳。

 父様と同等……それ以上かもしれない魅力的な中年男性にしか、見えない。


 既に甲冑を身に着けているあたり、決起する気持ちに揺らぎはないようだし、どうにかしないといけない。

 決意を新たにする。


「フォルネウス嬢。いや、ベアトリス殿だったか。ライオネルの話では我らに何か、話があるようだね? 君のような幼い子供が無理をしたのだ。話を聞くだけであれば、やぶさかではないよ」


 耳に心地良いテノールの声に思わず、うっとりしそうになった。

 非常に危ない。


 しかも思った以上に紳士なお人ではないか。

 内乱に加担した人だから、短慮な性格なのだと思っていたんだが……。


「わたしはフォルネウスとカラビアだけではなく、この国がずっと平和でいられるように願っています」

「ふむ。それで……?」


 傍らに控えているライオネルが意味ありげに薄っすらと笑みを浮かべながら、見つめてくるのが気味が悪いが、気にしている場合ではない。

 このモーガンをどうにかして、説得しないといけないのだから、集中!


「ウィステリア卿はこの国が荒れることを望んでおられません。それはカラビア家の皆様も同じ、お気持ちのはず」

「そうだね。その通りだよ。続けてくれたまえ」


 大人の男の余裕にまた、くらっとしそうになった。

 わたしはもしかしたら、年上に弱いのだろうか。


 ファザコンではないはずなのにおかしい。

 ううん。

 今は集中するんだった!


「今は獅子身中の虫を排除することこそ、肝要ではありませんか。この機に乗じて、甘い汁をすすろうと企む輩こそ、我ら、帝国の双璧である両家のなすことではありませんか!」

「ふむ……」


 双眸を閉じて、思案に耽る悩むおじさまの姿が素敵!

 違った。

 そんなことを考えている場合ではない。

 ライオネルが薄っすらどころか、あからさまに口を押えて、笑っているのが妙に心を苛つかせてくる。


「そなたの言うことは一理あるな。だが、我らは『はい、そうでした』と簡単に引き下がる家でないことも知っているだろう?」

「は、はあ」


 我が家も相当に面倒な一族だが、カラビア家はさらに上を行くようだ。

 武門の家というより、脳まで鍛えてしまった悲しさと言うべきだろうか?


「ライオネル。リチャードを呼べ」

「リチャードも? 本気ですか、親父殿」

「ああ。本気だとも。お前とリチャードで信を問うのだ。よいな?」

「はい、はい。分かりましたよ」


 『お嬢ちゃん、ついてきな』といった軽いノリで後ろに付いてくるように言われ、促されるまま、向かったのは敷地内に設けられた練武場だった。

 さすがは武を重んじる家と褒めるべきなんだろうか。

 ここまで本格的な物をよく用意したと素直に感心した。


 そして、わたしは木剣を手にしたライオネルと対峙している……。

 それを見守るのがあのリチャード・カラビアとは何と言う皮肉だろうか?


 思い返せば、リチャードとは前世で面識が無かった。

 見かけただけでどのような男だったのかなど、知る由もなかったのだ。


 現在、十三歳のはずだ。

 ナイジェル兄様とほとんど変わらないのに随分と完成されているようで……兄様、頑張れとしか、言いようがない。

 巻き毛のように癖の強い黄金色の髪は触り心地が良さそうだし、艶の無い緑マットグリーンの瞳は切れ長で彼の意志の強さと底知れない何かを感じさせる。

 ライオネルのやや狂気を帯びたモスグリーンの瞳とはまた、違う気がしてならない。


「それでは始め!」

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