第3話 トリスたん、大地に立つ

「はあああ? そんなことは聞いてないんですけど!」


 わたしはベアトリス。

 八歳なの。

 帝国の二大公爵家の一つ、フォルネウス家の長女よ。

 蝶よ花よと育てられたお姫様なの。

 ……と思っていたのに蘇ってしまった。


 前世の記憶が蘇ってしまったのだ!

 あぁ、刻が見える。

 三十四年間を駆け抜けた人生だった。

 女として生まれながら、ほぼ男として、生きなければいけない人生だった。

 辛かった。

 苦しかった。


 それをこのタイミングで思い出してしまうとは……。


「だからね、トリスたん。パパのお願い聞いてくれるかな」


 父キースのお願いを聞いた瞬間、稲妻にでも打たれたような衝撃が身体を走った。

 そして、思い出したのだ。


 わたし、ベアトリス・フォルネウスは父にと呼ばれていた。

 八歳の時のことだ。


 異母兄ジェラルドは優秀な人だが、あまり体が頑強ではない。

 もう一人の兄ナイジェルはあまりにも不甲斐なく、後継者として先行きが怪しまれる。

 そこで白羽の矢が立ったのが下手に幼少期から、優秀と見込まれていたわたしだったという訳だ。

 娘であるわたしにと頼んできたのだ。


 しかし、その名付けがあまりにも酷くて、ショックで前世を思い出すとは……。

 トリスたんと呼ばれていたから、トリスタンにするとは父はもしかして、頭が……いや、それはこの際、置いておくとしよう。


「いやですううう!」

「そんなことを言わないでさ。トリスたんはパパのこと、嫌いかい?」

「そ、それは……」


 父は武人としての腕もさることながら、人の心を読み、権謀術策に長けた策士でもある。

 そして、家族思いのいい父親であることも知っている。


 だけど、それとこれとは話が違うのだ。


「じゃあ、パパのお願いを聞いてくれ……」

「ずぇぇぇっったああい、いやあああですうううう!」


 ゲフという父の呻き声が聞こえた気がする。

 多分、空耳だろう。


 八歳の娘が軽く、繰り出したキックで悶絶する大の男がいるだろうか? いや、いない。

 わたしだって、ちゃんと分はわきまえている。

 クローディアとシリルが生まれていないのだから、そんなところは蹴っていない。

 ちゃんと鳩尾の肝臓に目掛けて、軽いキックをしただけだ。


 わたしは断固拒否の構えを崩さないと態度を表明すべく、自室に籠ることを決めたのは言うまでもない。

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