第8話 赤ペン悪魔

 次の日の昼休み、あたしはいつものように屋上で昼食を取っています。まぁ、猶予は残り三分しかありませんが。


「というわけで、履歴書一式揃えてきました♪」


[ほぅ、貴様にしては用意が良いではないか]

 

 とはいえギリギリだったんですけどね。余裕かまして夜までダラダラしてたら、履歴書なるものが必要とバイト紹介アプリに書いておりまして、大急ぎで近くの証明写真機に写真を撮りに行ったのは良いのですが、履歴書には希望動機なるものを書かねばいけぬらしく、危うく徹夜……になりかけるところでした。


[一応、我が履歴書を検閲しようではないか]


「えーミミックに見せるといろいろいちゃもんつけられそうで怖いです」


[貴様が面接に落ちぬよう我も尽力してやると申すのだぞ。感謝せよ]


「悪魔なんかに見せたらなおさら落ちるじゃないですか」


[少なくとも貴様の親よりは頼りになるぞ?なにせ人間社会を三千年も渡り歩いているのだからな]


「三千年前って人類いるんですか?」


 ま、まあいいでしょう。人間性はどうであれ、人間社会に呑まれまくった悪魔にならアドバイス一つくらい貰えそうですからね。というわけでスクールバックの中からきゅらたんのクリアファイルを取り出し、同封された履歴書をミミックに渡します。


[貴様……]


 ミミックはちっこい手で履歴書を掴んで眺める……あれぇ、なんか一秒もせずに顔が険しくなりましたけど。おかしいですね、昨日ちゃんと見直ししたのですが。一回くらいは。


「あの、何がおかしかったので……」


[ふん!!!!!!!!!]


 次の瞬間、ミミックは履歴書を、真っ二つにぶち破りました。


「なななななななにしてくれちゃってるんですかあァァァァァァァァァァ!?!?!?!?!?」


[当然のことだ]


「やっぱ貴様の性根は悪魔でしたね!?このクソ悪魔!!あぁぁぁ、アドバイスになるどころかもう何もかも終わり!?!?!?」


[落ち着け貴様、書き直しの手間を省いただけだ]


「いったいその履歴書のどこが悪かったのですか!?」


 すると、ミミックは謎の力であたしのペンケースから赤ペンを取り出し、わずか一秒でビリビリに破けた履歴書に何か書き始めました。


「今度は添削ですか……」


「ほれ」


 と、ミミックが差し出してきた履歴書の亡骸には。


「全部だ」


 紙いっぱいに大きなバッテンマークがありました。


「は?」


[まず第一に、絶望的に字が汚い。なんだこれは、古代文字か?ソロモン王の時代にもこのような字体は存在しなかったぞ]


「うっせーですね。ただの日本語ですよ」


「ほぉ、では読んでみろ。試しにこの住所蘭だ」


 何ですかこの悪魔は!自分の字なんですから読めて当然じゃないですか!いや仮に、字が読めなくても昨日書いたのですから憶えていますよ。


「え、えーと?と、とう、とうきょ……とうきょう?」


「記憶もないのかこの鶏肉脳め」


「アンタが一回あたしを鶏肉にした副作用じゃないですか!?」


 本当のこと言うと半寝で書いていたので記憶ほとんどないです。


[よく分かっただろう。このような超古代文字が紙面いっぱいに書き殴らされておる。今の時代、パソコン使って文章打ち込めば済むと言うのに、何故手書きした!?」


「パソコン慣れてないんですよ!」


「貴様まさかこれを面接官に見せるつもりだったのか?というわけで、書き直しても皺が残るだけなので裂いても構わんだろう]


 ぐ、ぐぬぬ……的確に指摘してくる。

 

「じゃあ書き直せばいいんでしょ!?よかったー志望動機メモアプリにコピペしておいて、これなら放課後の面接までに間に合います」


[いや、そんなの序の口にすぎぬ]


「なんですか次は!?」


「全文章の七割が平仮名なのだが?貴様は小学生か?」


「あっ、それね。眠かったし画数めんどくさめな漢字書くのがだるかったんです」


[お、終わった……そのような低脳思考で面接に挑もうとは、いっぺん社会に謝罪せよ]


 なんですか社会に謝罪しろって。


「てゆーか、平仮名読めてるじゃないですかー。なんですか読めないって!」


[我が力で無理矢理解読しているのだ。このような些末なことに力を使わすな」


 なんか今流行りのAIみたいな力ですね。


「で?添削はこれで終了ですか?」


[序の口だ。いや序だ。なぜ住所が東京都……で終了しておるのだ]


「ソシャゲのアンケートって大体都道府県だけ選択して終わりじゃないですか」


「……」


 なんかミミックが固まってしまいました。故障ですかね。


[ついでに希望職種。めっちゃケーキ喰らいたいとはなんだ?]


「え?希望って言うからバ先でやりたいことじゃないんですか?」


[自分の長所。清純派女子高生とは?]


「あたしを見てください。どう見ても清純派ですよね?」


「証明写真、な、なぜポージングを取っている……」


「ちょっと待って、撮り直せと言うんですか?あれ高いんですよ!?駅前で千円もしたんです」


[貴様バイト舐めとんのか]


 なんか今のが語気強めだったので本音をぶちまいたみたいですね。


[そして、これが貴様史上最悪の問題点だ]


 残りは志望動機欄ですね。これだけは字が汚い点以外は完璧かと思うのですが。


[志望動機の欄だが]


「あたし的に一番自信があったのですが、何が間違っていたんですか?」


[文章が貴様のそれではない。正直に吐け、何を使った]


「今流行りのChatGPPを使いました♪」


[だと思ったわ]


 ちっ、この悪魔。自分で考えて書けとでも言いたげですね。


「いいじゃないですか!?完璧なんですから!!あたしが考えたら確落しますって!」


[そこは自覚しているのだな。だが問題はそれであってそれではない]


「は?」


「貴様、生成された文章を確認もせずに丸写ししたな。所々で嘘と意味不明な文章が書き連ねられておる。これで完璧とは貴様の前世は鶏か」


 あたしの前世は悪魔じゃないですか。


[見る前から貴様の履歴書は壊滅的と悟ってはおったが、ここまで世間を知らぬとは……]


「ちっ、これは午後の授業で書き直しコースですね」


[そしてこれが最後だ]


「まだあったんですか?」


[免許・資格欄だ。実用国際英語検定一級。立派な経歴詐称だ。ついに貴様も監獄行き……]


「あっ、それは本当です。証明書のコピーも一応持ってきましたよ。見ます?」


 *


 放課後。ついに面接の時、なのですが……


「は、はぁ……はぁ……」


「ま、待ってたわよぅ。あなたが面接希望の方ね?じゃあさっそく奥の事務室に……」


「はぁ……はぁ……ちょ、すいません……」


「ちょっと大丈夫!?」 


 ケーキの並んだショーケースの前でちょっぴりピリついた笑顔で出迎えてくれた女性店員さんを他所に、あたしは引き戸の前で倒れました。


「み、水!一つ……ください……」


「え、えぇ……」


 店員さんが水を持ってきてくれましたので、それをがぶ飲みしました。はぁ、スッキリしたぁ!


「お、遅かったみたいね。学校で何かあったのかしら?」


「バリバリありました。あって遅れました!!!」


「そう、なら電話の一本くらい入れて欲しかったのだけど……」


 実は、午後の授業中に大急ぎでスマホの履歴書アプリで履歴書を書き直しているところを先生に見つかり、反省文を書く羽目になりました。世界史の授業で資料集を盾にしていたのになぜばれたのでしょう。


 その後大至急証明写真アプリで証明写真を撮り(証明写真機に千円使った意味です)、近くのコンビニで履歴書を印刷してきたので、バイトの予定時刻を三十分過ぎての来店となりました。


「とりあえず、面接を始めましょうか。奥の事務室に行きま……」


「そ、その前に!!」


「何かしら?」


「お腹空いたので、ケーキ貰ってもいいですか?」


 後日、希望シフトに添えないとの電話があり、あたしの初バイト面接は終了しました。


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