第5話 保健室にて

 ガンッ!!!


 五時間目のチャイムが鳴りましたが、あたしは保健室に来ました。


 保健室特有の白い引き戸を引いて入室します。保健室内は、四台のベットと応接スペース、後は壁際にお薬がみっちりと詰め込まれた棚や先生が使用しているデスクが設置されていて広々としています。校内では立地も良く、この時間だと太陽の光が直に差し込むので、白めな内装と相まって非常に明るいです。


 そんな室内とは反して、デスクでは白衣を着た黒髪ロングの女性が、重たい空気を放ちながらデスクに向かって黙々と作業に没頭していました。というか集中しすぎてあたしに気付いてませんね。入る時結構大げさに扉を引いたのですが。あたしは千鳥足でその女性の背後に立つと、はち切れそうな声量で呼びかけます。


「すみませーん!体調悪いのでお休みさせてくださーーーーーい!!!!!!!!」


「な、何っ!?」

 

 女性はびっくりしたのか、背中をぎゅいんと仰け反らせ、座っていたオフィスチェアから危うく転げ落ちそうになってました。


 この方は今井潤先生(年齢非公表)この学校の養護教諭です。美人さんなのですが、仕事のし過ぎなのか目の下にはいっつも隈があります。後、しょっちゅう婚期が~婚期が~とか嘆いてたり、男女が会話している場面に遭遇すると卑しい目を送ったりと、生徒たちからは変な人扱いされちゃってます。


「な、南條さん……ね」


「そうでーす。南條でーす。ちょっと熱っぽいので休ませてくださーい」


「……いつものね、そこのベット使いなさい」


 今井先生は疲れ果てたような声であたしにベットを提供してくれました。これもいつものことなのですが。というわけであたしは靴を脱ぎ、めぼしいベットに横になります。


 保健室には誰もいなかったので、窓際のベットをチョイス。大きめの窓を開けると、外からは爽やかな風と共にランニングをする生徒たちの掛け声、そして吹奏楽の音色が聞こえてきます。


[見事に仮病を看破されていように見えたが……あの女は何故貴様に床を貸したのだ?]


 あ、悪魔いたんですね。


 あたしは元々身体が弱いので、いくら仮病と疑われたとしても簡単につまみ出せないのですよ。それを逆手に取りました。


[ききき貴様!!!いくら貴様が病弱であろうと、自らの脆弱さを利用してそんな姑息な手段を……]


 悪魔なのにまともなこと言わないでください。仕方ないじゃないですか。あたしだって本当は体育に参加したいんですから。


[ではなぜここにいる!?]


 あたしが体力ないのは知っていますよね。今日の体育は確かバスケです。仮に参加してもみんなのお荷物になるだけだし、適当な理由を付けて一人見学しているのなんて辛いです。せっかく普通の学校生活を送れるようになったのに、見ているだけなんて、行かない方がマシです。


[……]


 なんかしんみりした気分になってしまいました。悪魔も黙り込んじゃいましたし。あたしは仰向けになって、保健室の天井をぼぅっと見つめます。


 なんかこうやって保健室のベットに横になっていると、入院してた頃を思い出しますね。


 あの頃のあたしは、毎日が嫌で嫌で仕方ありませんでした。誰かと会話することも、誰かと遊びに行くことだってできない。病室の窓から見える青空が、唯一の癒しでした。それでも、そこから聞こえる音は静かで、寂しさに心が締め付けられました。


 それに比べると、この窓から見える景色は安心できます。人の声が聞こえる、美しい音色が聞こえる。病室の窓とは大違いです。なんか悪魔がこの世の終わりを眺めるかのような目でアタシを見てるのですが。


「なんですか?」


[……本当に今までの貴様か?]


 感傷に浸ってたのに台無しです。

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