4.陽キャ、大接近!?

「木下君!」


「木下君ってさあ」


「木下君、聞いてる?」



 予想外だった。

 翌日から隣に座っている陽キャ美少女の美穂が、事ある毎に拓也に話し掛けて来るようになった。拓也の気持ちや周りなどお構いなく、まるで旧知の友人のように声を掛けて来る。



「それでね、木下君」


 明るい声で陰キャの名を呼ぶ美穂。否が応でも周りの視線がふたりに集まる。拓也は座りながら下を向いて固まっていた。



(甘く見ていた、軽んじていた、侮っていた……、陽キャは俺には全く理解できない生き物。その行動など分かるはずが……)



「ねえ、木下君」


 美穂は体を思い切りこちらに向けて覗き込むように拓也に話し掛ける。相手の領域にグイグイと入って来る陽キャ特有の間の取り方。拓也は少し引き気味に返事をする。


「な、なんだよ……」


 ようやく返事が聞けた美穂が嬉しそうに言う。



「木下君、お弁当何食べてるの?」


 美穂は拓也の前に広げられた弁当を見て言う。ひとり暮らしの拓也は、夕食はよく宅配弁当を取って食べている。今日の弁当はその宅配の残り。食べきれなかった時などに学校の弁当として持ってくることがある。



「夕飯の弁当の残りだよ」


「夕飯の弁当? お弁当食べてるの?」


 美穂が不思議そうな顔をして聞く。拓也は美穂の顔を見てどきっとしながら答える。



「ひとり暮らしだから弁当をよく取って食べてて。俺、料理とかできないし」


「へえ~、ひとり暮らし? 凄いね、木下君!」



(いかん、しまった……、余計なことをしゃべった……)


 すっかり美穂のペースに乗せられた拓也。お構いなしに美穂が続ける。



「ひとりだったら『ワンセカ』、たくさんやる時間あるね!」


「そんなにないよ。他にもやることがあって……、あっ!」



 思わず声を上げる拓也。それを美穂は勝ち誇った顔で見つめる。



「へえ~、『ワンセカ』で分かるんだ。分かるんだ。へえ~」


 意味ありげな表情を浮かべて拓也を見る美穂。拓也は話せば話すほど美穂のペースの乗せられると思い、席を立つと小さな声で言った。



「……トイレ」


 美穂はにっこり笑って自分の席に座り直す。




 拓也は男子トイレの個室に入りそのまま便器に座る。そして両手で頭を掻きながら思った。


(完全に飲まれている、陽キャに。平穏に、何もなく過ごすはずの学校生活が……)


 拓也は経験したことの無い状況に戸惑い恐れる。陽キャはこちらがどれだけ防御壁を張ろうが、お構いなしに自分の領域にズカズカと入って来る。所詮、陰キャじゃ陽キャに勝てない。拓也は改めて心に強く誓う。



(認めない。絶対に認めない。この生活を壊されないように俺は何も認めない!!)


 拓也は両手で頬をパンパンと叩くとトイレを後にした。





(あ、あそこに座るのか。マジか……)


 教室の廊下。

 拓也は少し開いた窓から自分の席を見つめる。隣の席に座った美穂の周りに、さっきまでいなかった陽キャが集まって笑談している。それは陰キャならば見える陽のオーラ。自分には決して入ることのできない聖域。


 拓也はその陽キャの聖域の隣で、寂しそうにぽつんと主人を待つ自分の机を見て思った。



(まるで陸の孤島だな……)


 あそこに座ったら二度と出られなくなるような教室の孤島。

 もし自分も陽キャだったらあの机も隣の大陸とくっついて同じ領土になっていただろう。ただあそこは完全に切り離された孤島。距離は近いけど全くの別世界。


 拓也は午後の授業は始まるチャイムとともに、覚悟を決めてその孤島へ向かって小さな船を漕ぎ出した。





「木下君っ」


「ねえ、木下君」


 翌日からも美穂は変わらず拓也に話し掛ける。周りの人達はふたりを興味深そうに見つめる。美穂の前に座った峰岸凛花りんかが言った。



「ねえ、美穂。どうしたの。何かあったの?」


「ん、なに?」


 凛花の質問の意味が分からない美穂。凛花はシャープで斜め前から拓也を指す。美穂は指された拓也を少し見てから言う。



「木下君? 友達だよ」


 自分の名が発せられたことに気付き自然と耳を澄ます拓也。凛花は少し首を傾げながら小さな声で言う。


「まあ、いいんだけど。ちょっとねえ……」


 拓也はそのふたりの会話を下を向いて黙って聞いていた。






「はあ……」


 美穂からの文字通りの口撃が続く日々、拓也はどうしていいのか全く分からなくなっていた。教室に入れば他のクラスメイトからの視線が突き刺さる。元々友達らしき奴などいないので誰も一緒に居てくれない。


 いや、いる。

 隣の陽キャが話し掛けて来る。しかも大した用事もないのに声を掛けるとか、まったくどういう頭の構造をしているのか理解できない。



【間もなく電車が参ります。危険ですので白線まで下がってお待ち……】


 拓也はぼうっとしながらホームにやって来る電車を見つめた。まだ明るい時間。主婦やお年寄りが多い。高校生はまばらである。こんな時間に電車の乗るのは帰宅部ぐらいだろう。


 拓也は電車のドアが開くと同時にまだ空いている車内へと乗り込む。



「はあ……」


 最近溜息をつくことが多くなったような気がする。

 やはり原因はあの陽キャだろう。幸い『ワンセカ』の中ではこれまで通り振舞ってくれていて、学校のように絡まられることはない。



(涼風美穂……、ミホン……、か……)


 拓也はこれまで自分のギルド『ピカピカ団』を明るく支えて来てくれた副団長のミホンを思い出す。明るいキャラでみんなからの人気者。あえて尋ねなかったが、ミホンが女性プレイヤーだと薄々気付いていた。



(ピカピカ団でもアイドルみたいだったからな、ミホンは……)


 いつも負けてばかりの中級ギルド。負けても負けても励ましてくれて、勝った時には全身、いやチャット全体を使って喜びを表していたミホン。まさかそのミホンが、



「ミホンが……」


「呼んだ、木下君?」



「わっ!!」


 車内のドア付近に立っていた拓也の目の前に、急にのミホンが現れた。

 ちょっと下から覗く感じで見上げる美穂を見て、拓也はまたしても体が固まって動かなくなった。

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