#3-4「ドラゴン総受け過激派」



 怒られそうなくらい雑に言ってしまえば、麻雀とは「14個の牌を良い感じに揃えたら点が貰えるゲーム」である。


「分かっていると思うが、イカサマの瞬間を捉えた場合はすぐにゲーム終了だ。私達は情報を渡さない。キミ達は速やかにお引取り頂く」

「俺様がテメエらのイカサマ掴んだら、有無を言わさず何でも話して貰うぜえ」

 

 ザイツェフと岩猿は牽制する様に言い合うけれど、ヴェリタスユーザーが絡む麻雀は大抵がイカサマ前提なんだよなあ。バレなけりゃ良いってスタンスで。

 当然バレたら大抵の場合は殺される。岩猿とザイツェフの間で交わされたペナルティが、やけに温く感じるのは……ザイツェフにとって、岩猿が常連客だからなのだろうか。

 

「俺は麻雀のルールを知らないぜ?」

「もちろん私も同じだ」

 

 紫苑はドヤ顔で、蛭は胸を張って言い放つ。

 仕方なくオレと岩猿が卓へ着くことになった。麻雀なら阪成たちに付き合わされ、多少はやっていた覚えがある。

 オレから見て右手側に岩猿が、左手側にザイツェフが、向かいに透狐が座る。


 実は縞鋼板の階段を下っている間に、こっそり「こんなまどろっこしい事しないで、力尽くでも聞き出せば良いんじゃないのか?」と岩猿に耳打ちしていた。けれど岩猿は「ゲーマーのオッサンと女相手にかあ、漢らしくねえなあ」と吐き捨てるのみで取り合わなかった。


階段でさっきの話の続きだがよ、ザイツェフは篝火イグニスを無効化する篝火イグニスの使い手だあ。そんでもって喧嘩慣れしている。俺様ほどじゃあ無いけれどな。勝てるつもりなら試してみやがれ」


 岩猿が舌打ちする。オレが視線を遣ると、岩猿は頭の裏を掻いて溜め息なんぞ吐きながら、透狐を指差した。

 

「そしてこっちの女の篝火イグニスは、俺様らの心と視界を丸裸に覗いちまうらしい」

「マジで言ってる? ヤバいじゃん」

「おいおい岩猿クン、それは無闇矢鱈に言い触らさないでくれよ」

「ぅるっせえ、こんぐらいハンデにもならないだろうが」

 

 当の本人である透狐は、目を瞑り平然とした様子でメガネに手を掛ける。

 

「あたしは構わないですよ」

 

 メガネを外した奥から、灰色、いや銀色の瞳がオレを見据える。

 

「【私を見ない月ムーンゲイザー】について知られても知られなくても、あたしがこういうゲームで敗ける事は有り得ません。そして断言するわ。皆さんがここを出ていく時にはもう

 

 透狐の言葉に、真意を測り兼ねて黙り込む。けれど彼女もこれ以上は何も語らないといった風に、白く細い指で牌を切る。最初に捨てたのは西シャーだ。

 麻雀について少し詳しく言えば、これからオレ達はこの文字や数字が書かれている牌を使い、同じ牌3枚1組のセットを4つと、同じ牌を2つ揃えなければならない。


 ちなみに数字牌は、似た図柄なら、連続した3つの数字も1セットとして扱える。

 例えば筒子ピンズ(サイコロみたいに丸っこい模様が書いてある奴)なら一筒イーピン二筒リャンピン三筒サンピンと……これが揃っても3枚1組としてみなす。

 揃える方法は2つだ。裏向きの牌が積まれている山から自力で引くツモるか、他の誰かが捨てた牌で上がるロンするか。


 だから麻雀は運の要素も大きい。けれど真相は高度な戦略を要する心理戦だ。

 誰がどの牌を欲しているのか、自分の欲しい牌がバレていないか。手牌の役なんて要素もある。難しい揃え方ほど点数は高いのだ。相手が狙うのは高い手役だろうか。自分の配牌から高い手は上がれるだろうか。じっくりと高い手を育てるべきか、それとも低い手でさっさと上がって相手の高い手を流してしまうか。

 更に親とか、場風やドラ牌なんてものだとかまで戦況に絡んで来る。


 しかし相手の心を読むなんて、これに限らずボードゲームじゃあ、無条件で最強に近い篝火イグニスだ。

 ババ抜きどころかジャンケンだって生涯負け知らずじゃねえか、ズルいぜ。

 

「それでもやるってんだな、岩猿、何か勝算でもあるのかよ」

「今のところ無ァし! ただ尻尾を巻いて逃げるのは格好が付かねえ! 逆に超有利の篝火イグニスを、俺様の豪運で捻り潰してやるぜ!」

 

 岩猿が両拳を打ち合わせて吠える。ゴツく太い指で牌を掴んで、勢い良く卓に叩き付ける。岩猿が切ったのはペーだ。

 岩猿の啖呵で思わず笑い出しそうになる。そりゃ確かに、もう卓に着いたんだし、ここで背を向けちゃあ締まらない。それにいつもオレは、勝てると分かり切っている賭けに挑んだ事なんて無い。

 ボロい電球が照らす、コンクリ打ちっ放しの薄暗い部屋で、オレは牌を指で挟む。切るのは九索キューソーだ。

 

「良いね、思いがけず燃えてきた!」

 

 

 

 

 

 

 しかしオレと岩猿の意気込みをよそに、続く展開は非常に厳しいモノだった。

 良い配牌が来たと思えば、鳴き(他の人が捨てた牌を、自分の手牌へと加える事)まくる透狐によって爆速で上がられてしまう。

 こっちも展開を焦れば、高い手で上がれない。


 透狐とザイツェフに高い点数で上がられる展開を警戒して、流局としょっぱい手の小競り合いを繰り返す。

 オレと岩猿は、ヤスリで削られるみたいに、徐々に点棒を失っていく。

 

「おおっと……ツモ!」

 

 もうひとつ厳しい事実があった。

 透狐の篝火イグニス……【私を見ない月ムーンゲイザー】を警戒しているから、オレと岩猿はイカサマが出来ない。

 対してこちらは、常に透狐とザイツェフのイカサマを見張らなければいけない。

 

天和テンホー九蓮宝燈チュウレンポウトウ……と来たもんだ」

 

 少しでも注意を怠れば……油断すれば、こうなる。

 ザイツェフのダブル役満で、点数の差は大きく相手有利へと更に傾いた。

 岩猿は奥歯を噛み砕かんばかりの勢いで食いしばる。

 オレも同じ気分だ。何しろコイツは、ザイツェフはわざとこんな、あからさまな事を仕掛けてきた。

 なんて事と「見たら死ぬと思え」とさえ言われる幻の役が、今日この場でたまたま偶然にも鉢合わせるなんて、有り得るワケがない。

 これはザイツェフの挑発だ。

 私はイカサマをしているぞ、さあ証拠を押さえてみせろ、或いはキミもイカサマすれば良いという宣戦布告だ。

 

「ンッ! ンッ! フギィイイイイイィン!! ウンヌバァアアアアアッ!!」

 

 憤懣やる方なし火山大噴火、といった様子で岩猿が声にならない叫びを上げながら頭をものすごい剣幕で掻きまくる。

 

「落ち着け岩猿! オレ達は勝って大太法師だいだらぼっちの事を聞きたいんだから!」

「ンッフヒィー、ヌッフヒィー……おう落ち着いたとも、俺様はいつだってクレバーでハードボイルドだぜ……だが炎馬ァ、お陰で俺様はあ、大天才ジーニアスな最強の秘策を思い付いちまったぜ……」

 

 岩猿は肩を上下させて、口の端から怒気を洩らしつつ、まるで血走った獣みたいなえげつない目付きのままで言う。この状態でどんな秘策を思い付いたって言うのか、オレは恐ろしくてパイプ椅子ごとちょっとだけ引く。

 そして岩猿は、世にも恐ろしい事を言い出した。

 それはまるで耳を疑う『秘策』だ。

 

「炎馬ァ! 今からずっと……ドチャクソにエロい事を考え続けろ!」

 

 痛く沁み入るような静寂だった。

 扉の向こうからゲームの筐体が鳴らす合奏と、空調の稼働する音だけが、時間と共に流れてゆく。狭い部屋には6人の男女が居るけれど、誰も言葉を発しない。

 ただ岩猿が思い切りオレを指差しており、他の全員は座ったまま硬直している。

 たっぷり空白の時間を、岩猿が言った意味と一緒にじっくり反芻した後で、やっと口を開く。

 

「なんて?」

「めちゃくちゃにドエロい事を考えろ。三千万回【エルドラド】が出ちゃうくらいの奴だあ」

「オレの篝火イグニスの名前を下ネタに使うのやめてくんない?」

 

 ちょっとイラっとした直後で、後ろからシオンが声を押し殺すように笑う。

 

「成る程ね。羞恥心で透狐の集中力を削ぐ作戦か。面白いじゃないか岩猿」

「うわっこの戦闘狂シオンめっちゃ真面目に分析してくるじゃん」

「そういう事だあ」

 

 しかしオレの正面から、透狐の吐き捨てる様な溜め息が聞こえた。振り向けば彼女は、瞳に絶対零度の銀色と冷たさを宿し、まるで下らない汚物を見る様な視線でオレたちを睥睨する。ロングスカートに覆われた脚を、ゆっくりと組み直しながら。

 

「もしや侮っていらっしゃるのですか。言っておきますが、これでもあたしも一介のヴェリタスユーザー。発情期の中学生男子めいた下らない思い付きで、あたしを翻弄する事が本当に出来るとでも」

 

 見た目は謂わば文学系の女性だ。

 けれど纏う空気は、放つ覇気は、紛うこと無き一人の賭け事を生業とする者だ。

 

「不愉快です。あたしと師匠の2人がかりで、岩猿さん、あなたを二度と此処へ顔が出せない位に叩きのめして差し上げましょう」

 

 

 

 そして10分後くらいにはもう、透狐は真っ赤な顔をブルブル震わしていた。

 綺麗な銀色のお目目に今から零れそうなほど涙をいっぱい浮かべている。

 

 

 

「があっはっはっはっは、ざまあ無えな、俺様を二度と此処へ顔が出せないように、ンン~、続きが思い出せないなあ、なんだっけ? なあ?」

 

 岩猿は満面に浮かべているウッキウキの下卑た笑みを、透狐へ押し付けるように身を乗り出す。

 透狐の牌捌きはすっかり精彩を欠いていた。仕舞いに彼女は両手で顔を覆って嗚咽を洩らし始める。なんか指の隙間から小声で「だって……ドラゴンが……ドラゴンが車に……」とか聞こえてきた気がする。

 

「岩猿、お前……いったいどんな妄想と性癖を……」

「これが漢の世界って奴だぜ、ネーチャンよお」

「師匠ぉ……そうなのぉ……?」

 

 もう隠しもせず泣き腫らす透狐は、まるで縋る様な視線をザイツェフへ向ける。

 

「私にはアレが言っている事はちょっと分からないな」

 

 ザイツェフはニッコリ優しく微笑み、バッサリと岩猿アレの性癖を切り捨てた。

 一般的に篝火イグニスの性能は想像力や集中力だとか、メンタルに関わる部分が強く影響するらしい。透狐が崩れたお陰で、なんとかオレと岩猿はザイツェフ達を相手に一進一退の攻防を続けられた。

 しかし決定打が足りない。序盤にザイツェフが決めた、あのイカサマダブル役満がやっぱり尾を引いている。もう次はペー場を迎える終盤戦だと言うのに、点棒の本数は大きく引き離されているままだ。

 しかもついに透狐が泣き止み、調子を取り戻し始めた。

 かなり雲行きが怪しくなってきた、その時である。

 

「一馬」

 

 唐突に肩へと手を掛けられたので、びっくりしてオレは小さく跳ねてしまった。

 横を見上げれば、紫苑が薄く笑みを浮かべて立っている。

 その笑みは、すぐに暗く獰猛な闇の色を湛え、嗤いへと変貌した。

 

「ルールは覚えた。だから俺と代われ」


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