タナカといっしょにあるくひと


ちょっと灰色の雲の下。

ところどころ錆び付いた金属製の柱の塗装が禿げ、見え隠れしている赤褐色のものを見つめていた。


「な、田中。どっちがいいと思う?」

青い小さなベンチに腰掛け、電光掲示板をちらちらと確認しながら、手元に目線を注ぐ。

「・・・香水か?いや、なんかキモいよな。

でも時計か香水、二択なんだよなー。

なぁおい田中?聞いてんの?おーい」


3月21日。隣のやつがうるさい。


僕はあと5分程時間があることを確認して、初めてそいつと目を合わせた。

「・・・なに?」

そいつは大袈裟に両手を広げて呆れたような表情を見せた。

「なにじゃねーよ。くれよ、ほら」

「金はないぞ」

嘘ではない。僕の百均の財布の中身は空っぽで、金運上昇の蛇の抜け殻だけが、お札の代わりに引き伸ばされてぱりぱりになっている。


「ちげぇよアドバイスだよ。お前いつもそうだな。少しは聞いとけって」


僕は黙って頷いて、片手だけ伸ばしてクイクイと親指以外の指を僕の方に曲げた。

ほら話せよ。


「・・・さっきから言ってるだろ。

誕生日プレゼントだよ、たんじょうび!」

「だれにさ」

そう返すと、そいつは急に息をつまらせ赤面した。


「・・・いいだろ。誰でも」


ぞくぞくっと背筋に走る悪寒。

ついに来てしまったようだこの時が。

身近のやつのこんな姿、死んでも見たくない。

なんてわかりやすいやつなんだ。


お、おぞましい・・・。


僕は時計を確認して立ち上がった。

「あっ、おい」

「・・・じゃ、僕は行くから」

少し遠くから電車の鳴き声。

金属のレールに滑る音。


近づいてくる。


僕はできるだけワルそうな笑みを浮かべてそいつに向いた。

「彼女へのプレゼントだなんて、聞く相手思いっきり間違ってるぜ」

ぽかんとしているそいつに背を向けた。

色々言いたいがとにかく帰ろう。


もうすぐ、降りる乗客で軋む音が聞こえてくるはずだ。

「タナカ」

「なんだよ、もう帰るって・・・」

「や、違う。それ、通過だ」

「・・・・・・。」

今度はそいつがワルい笑みを浮かべる番だった。


電車の機械臭い風が僕とそいつの髪をくしゃくしゃにして、ものすごい音とスピードで走り去ってしまった。


くそ。







晩。

変わらず暗い天井。

タナカはいつものように眠れなかった。

おかしい。どう考えてみてもおかしいのだ。

画面に並ぶ、「1ヶ月記念!大好き(♡)」


タナカは今日も考える。


なんだ?僕がおかしいのか?


一つ考え出すともう止まらないのが、深夜の思考の怖いとこ。


恋愛は妥協から生まれる。

タナカは割と本気でそう思っていた。

卑屈だ。

例のごとく自分の中の誰かに話すように思考する。


男は金で、女は顔。

昔からそう言われてきたが、そんな基準は実際のところあんまり機能していないのではないだろうか。

確かに、お金があった方が社会的に有利。

顔が可愛い方が確実にモテる。

しかし、その基準に至るまでの過程に必ず妥協があるはずだ。


仮に僕がめちゃくそイケメンだったとしよう。

イケメンと聞いてどんなのが思いつく?

通り過ぎるだけで女性が振り向き、なんかいい匂いがして髪型がいっつも崩れない。

スポーツは万能で謎に足が早く、勉強してねーわとか言いつつ成績は超優秀。


はい、そんな奴存在しません。


世の女性諸君、君たちのそのような容姿やら何やらを求めるその気持ちは十分に理解出来る。


しかしながら、そんなやつこの世に存在しないのだ。

確実に。言い切ることが出来るぞ、存在しない、確実に。


さしあたって、人間というものはみな、欠点を持って初めて人間という種族に分類されるものである。

たとえイケメンであっても、勉強が苦手だったり。

もしイケメンであっても、運動が少しばかり不得意で。


もしやすると、そんな外見や肉体的な欠点ではなく、メンタル、つまるところ精神的な欠点を抱えているイケメンもいるのかもしれない。

例えば、目立ちたくないのにはやし立てられることに、本気で悩んでいる人もいるかもしれない。

例えば、明らかにイケメンだが、自分の中の自分(自己評価)が酷く醜く思えたり。


欠点がない人間はそれはもう「ろぼっと」と一緒だ。


どこぞの革命家(自称)が言っていたような気がしないでもないが、僕にはそんな人間が仮に居たとしたら、「ろぼっと」にしか見えない。


欠点があるから、人間味を感じる。

欠点があるから、優しさが際立つ。

欠点があるから、そこも愛そうと思える。

あげたらキリがない。


つまるところ何が言いたいかと言うと、やはり、恋愛には妥協が必要である。


完璧なイケメンを求めても、そんなやつは存在しない。

逆に、完璧な美少女を求めたとしても、そんな人は幻想である。

外見や優れた部分よりむしろ欠点、それを見つけて、理想から妥協して選んでくれる人が僕にとっての「イケメン」であり、「美少女」だ。


あるはずもないが、もし僕の隣を歩くひとが来るならば、少なくとも4年間は共に歩ききって欲しい。

嫌なことや衝突があっても、なんとか歯を食いしばって歩ききって欲しい。

わがままだろうか。

でも、僕もその代わり歩き切る。

途中で無責任に裏切ったりは、したくない。


お互いがお互いをカバーできる、そんな関係でいて欲しい。

わざわざ1ヶ月毎に記念日を設けてひけらかさなくていいから、1年に1回、散歩中に「そういえば今日って付き合い始めた日だね」と軽く話題に挙げて笑いたい。

気持ち悪いだろうか?

いいや、それこそが恋愛だ。


一時の恋愛感情から数週間でその関係を断つようなものは恋愛では無い。

自己を満たすための行為で非常に醜い。

大嫌いだ。

ふたりだけのはずの空間や感情をひけらかすような奴らも大嫌いだ。


でもいちばん大嫌いなのは、ぐちぐちものを言うやつだ。

出来もしない理想を語るような弱いやつだ。

現実に目を背けてインターネットに逃げるようなやつだ。

そんな特徴に加えてさらに、「いつも一緒に帰っている友達」に自分には来ない春の訪れを察して、悔しさと焦燥感からこんな事を考えて眠れなくなる醜い一匹の男が、この世の中で一番の汚点かつ、恥さらしであり、さらに惨めだ。



タナカはもぞもぞと布団を被ったまま、本棚に手を伸ばし、一冊の写真集を手に取った。

一人の国民的人気を誇る女優が、タナカに向かって「勘違いさせるような笑み」を向けていた。


「でも、夢を見るのは自由だよな」


結局は自分たちの感情次第なのだ。

妥協してもしなくても、良いと思ったらそれでいいのだ。

当たって砕けろとはよく言ったものである。

失敗しても、黒歴史を幾つ生み出したとしても、その分成長できるのだ。

若気の至りは悪くない。他人に迷惑をかけなければ。


良くないのは、失敗を恐れて何もしない。

ただただ理想を「待つ」だけの受け身の男だ。

写真の中の偶像ばかり追いかけて、手に入らないものを夢見てる。

そんな自分をあれこれ言って、正当化。

そんな奴が一番良くない。

うん。まるで僕みたいなーーー。



タナカはそっと写真集を本棚に戻し、またもぞもぞベットの上をはって止まった。


タナカの寝れない夜は、明日も、明後日も続く。

彼が疑問に思う限り。

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