タケノコの山

@UzuraWizdy

一品目 先付け・採れたてタケノコの刺身

えっ、うっま!!

ちょっと待って、ただ茹でただけで美味しいってどういうこと?

そんな食べ方、知らんし!!

つい先ほどまで、あの大釜みたいな、『ゴエモンブロ』みたいな規格外の鍋で茹でてただけなのに、何でだ?

他のメンバーも同じで箸が止まらない。

何だろう、何が違うんだろう。

醤油か?

初めて鹿児島に来て思ったけど、ここいらの醤油はとろりとするくらい砂糖が入っているようで、甘味が強い。

それでも、醤油だけでこんなに美味しいなんてあるか?

タケノコの刺身が!

「どう〜?美味しいでしょう?」

本田先輩がニコニコして話しかけてきた。

「めっちゃうまいです!!」

「でしょう〜?『採れたてタケノコの刺身』だからまだまだこれからだよ。」

シャクシャクしてて歯応えがある。

ちょうど昼時になっていたのもあって腹が減っていたんだろう。

前菜なのにがっついてるのは俺だけじゃなかった。



何度も何回も聞き飽きた単語であるが、このコロナ禍である。

俺も他人事ではなく、進学という節目にモロにぶち当たって来た。

鹿児島県の奄美大島という島で育った俺が島外の大学に合格した。

島から出て、新しいキャンパスライフにワクワクする暇もなく、ものを揃えたり、手続きを済ませたり、運転免許の取得をしたりと高校生活最後をまったりと過ごすという時間はなかった。

リモートで講義を受けることができるならそうしていたが、俺が島を出て進学するのは体育大学だ。

実技なしで講義は土台無理な話だ。

親と相談して学生寮に入寮したが、自室以外はみなマスクで誰が誰だかも正直分からない。

先輩なのか、講師なのかすら判別が危うい。

スポーツに携わる人なのだ、見た目が若くて講師だとしても学生と見分けがつけられないのもあった。

同級生と言える人も誰が誰か分からず、友達と呼べる人も作れるような感じではなかった。


それがもう、約一年前のこと。


無味無臭のような味気ない大学1年が終わろうとしていた。担当の山本教授が1年後期最後の講義でプチ遠征すると言ったのがこのタケノコ掘りの始まりだった。

「春休みに入るし、暇な人いたら参加してください。足は出します。」

不参加でも良かったけど、なぜか参加する流れになっていた。

閉塞な空間から脱したかった気持ちもどこかにあったのだろう。

教授からグループラインに招待され、日時と集合場所がタイムラインに流れた。

グループラインに招待された数は8と表示があった。

俺、教授以外の6人がどんな人かも分からなく、同学年なのか、同性なのか、何の情報もなくその日を迎えた。


当日の午前8時。

寮で朝食を済ませ、準備した荷物を持って寮の入り口で待っていると、同じ参加者だろう、荷物を持った男性が来た。

「…おはようございます。」

とりあえず、挨拶をして様子を見てみる。

「おはようございます。もしかして山本教授の?」

どうやらビンゴのようだ。

「そうです。」

「そうなんだ。俺、坂下。1年よろしく。」

単語だけを並べて簡潔に自分のことを述べた。

「同じ1年の立木です。よろしくお願いします。」

ものの数分もしないうちに赤の軽の車がやって来た。

「待ったかしら?えーっと、坂下君と立木君ね。移動がてら自己紹介するわ。とりあえず乗って!」

流されるように車に乗った。

軽に3人。濃厚接触とか気にはなったけど…

『え?バイクで来る?初見には案内が難しいから迎えに来る車で来てくれよ。』

バイクで行こうとしたが、教授に止められた。

この2020年も過ぎた現代でグーグルのマップを使えばどこにでも行けそうなのに、である。

どんだけ田舎なんだろう。

「目的地、めちゃ田舎なんだ。場所によっては圏外…とまではいかないけど、電波状況悪いこともあるから。立木さんは通信環境常時気になる人?」

「え、あ、大丈夫です。丸1日通信状況断絶とかじゃなければ問題ないです。」

「良かったー!ネットないと死ぬー!って子もたまにいるから。あ、私は3年の本田です。3年間、山本教授がゼミ担当なんだ。こうやってたまに体のいいパシリをたまにしてます。」

バックミラーでたまに視線が合う。

「坂下君は地元人?」

「はい。霧島の方です。」

「そっかー!じゃあ何となくわかるかな?」

「何となくわかります。」

ハンドル操作しながら本田先輩は話す。

「毎年、教授が懇意にしてる農家さんのお手伝いするのは知ってるかしら?」

「初耳です。説明では遠征って…」

「ラインでも日時と持参品だけ流しててますもんね。」

「教授らしいよね!」

正直、『遠征です』と言われて、ガチな遠征でも、そうでなくてもどちらでも良かった。

今の閉塞感から脱したかっただけだから。

車窓から見える風景がどんどん田舎に変わっていく。

元々、大学付近も奄美大島と比べると栄えている部分はあったが、20分も走っていると、中央センターラインも無くなり、電柱と畑が広がる片田舎でど田舎の風景が広がっていた。

そして山の麓に車が向かっていく。

「え、山向かってますけど…」

本田先輩は当たり前でしょと言わんばかりの口調で答えた。

「タケノコ掘るんだもん、山に行くわよ。」

山の麓、何かの畑の近くで車が停まった。

「さてと…暑いだろうけど、長袖長ズボン…は既に着てるね。長靴と軍手はなかったかな?」

本田先輩は車から降りるように促して俺達に長靴と軍手、それからシャベルを渡した。

「…まじっすか。」

「おおまじです。」





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