第5話

 竜馬は再び両手を拳にし、強く握りしめていた。


(そうか……。俺が腹を立てているのは、一巳と決着をつけられないことにじゃない。自分自身に対してなんだ)


 二人の均衡を崩すだけの力にどうしても手が届かない自分が、竜馬には腹立たしいのだ。大きな壁を前に、ひとつところで延々と足踏みを続けているようで悔しくて堪らない。

 壁をぶち壊し先に進むための何かが欲しかった。そう、例えるなら強さのはるか高みへと思いきり飛ばしてくれる、強力な踏み台のようなものが。


 頼みの師匠はもういない。竜馬の祖父の友人というだけで引き取ってくれた恩人でもあるその人は、三カ月前、二人の弟子が進級する前日に亡くなった。突然の心臓の病による死だった。


 強くなるためには、一巳と競り合っているだけではきっと駄目だ。


 この拳を向ける相手が能力者だろうが化け物だろうが、かまわない。いっそ勝ち目のほとんどない、負けるかもしれない相手と命を賭けてぶつかりあえば、先が開けるかもしれない。そこまで追い込まれてこそ、行く手を阻む壁の向こうに求める次の次元が見えてくるのかもしれなかった。


「あんなの嘘に決まってるだろ。どこかの誰かが言い出した作り話を面白がったやつらが、一緒になって盛り上げてるだけだ。番組側がわざわざオカルトショーだとアピールしてるのに、信じるアホがいるとはな」


 一巳が呆れているのは、顔を見なくても冷やかな口調で伝わる。


「そのショーをお前も見たんだろーが」

「最後の何分かだけだ。夕飯を食べる時にテレビをつけたら、ちょうどやってた」

「なあ……。そのメシだけど━━」

 

 会話の流れに乗って竜馬はつい、昨日も今日も何度も言いかけては呑み込んでしまった思いを口にしていた。


「せめて食事だけでも、また三人でしないか?」


 師匠が亡くなっても竜馬と一巳姉弟の暮らしに変化はなかった。師匠は自分に万が一のことがあった時に備え、財産管理や相続関係など、必要な手配をしておいてくれたからだ。

 江戸時代から続く旧家だという藤原家の敷地は驚くほど広く、師匠と竜馬は道場と連なる母屋で、一巳と美夜は離れた場所に建つ別棟で生活していた。

 食事は毎食、美夜が師匠と竜馬の分を運んでくれていた。師匠が亡くなった後、三人で食べようと言い出したのは美夜だ。一巳は彼女の言葉に甘えて、姉弟の食卓に加えてもらうようになったのだが……。

 それも一カ月前までの話だ。


 竜馬の胸にツンと染みるような痛みが走った。

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