第一章 予兆 ~竜馬と一巳~

第2話

 斬!!!


 骨をも砕けとばかりに全身で振り下ろした一刀は、しかし、一巳のこめかみを掠めて左に流れた。どんなわずかな動きも見逃すまいと大きく見開かれた竜馬の瞳のなか、彼の髪がふわりと一筋、空気をはらんで浮き上がるのが見えた。


(来るっ!)


 悔しいが、敏捷さでは一巳が半歩先をいっている。竜馬がその両腕に再び力を込める一瞬に、ライバルは確実に間を詰めてくる。竜馬は自分に向かって鋭く突き出された木刀の切っ先を、寸でのところで弾いた。

 次の瞬間━━。

 刀身と刀身が激突し、体重ごと二人がぶつかり合う音が腹の底までズシンと響いた。


(くそっ! 負けるかよ!)


 意地の塊になった竜馬がわずかに押し戻したところで、どちらもまったく動けなくなった。

 滴る西日のオレンジ色が、磨き込まれた道場の床を染めはじめていた。いつの間にか新緑の葉擦れの音はやみ、嵐のように速い呼吸音だけが二人の鼓膜を震わせている。


「美夜さんに会わせろ!」


 竜馬は喉を鳴らさんばかりに唸った。


「何度も同じことを言わせるな!」


 どんなに息を乱していようと落ち着きを失わない声が返した。


「会わせろっ!」

「会わせない!」

「なんでだよ!」

「お前みたいなゴリラ、これ以上近づけたら姉さんが壊れる!」

「誰がサルだ! ふざけんな!」


 二人は同時に飛びすさって離れると、睨み合った。


 六歳で両親を失くし、この道場の主に引き取られた真白竜馬と、主の孫でもある藤原一巳と。ともに今年十八になる二人を、近所の人間は「藤原道場の殿と若」と呼んでいる。

 褒めているわけではないのは、竜馬も知っている。高校でもそうだ。生徒も教師も皆、見た目も雰囲気も対照的な自分たちを面白がって、二人が一緒にいるのを見かけるたびに噂の種にしているのだ。


 涼やかな切れ長の目の、百八十近いすらりとした長身の、稽古着でもある上衣と袴姿が似合う若武者風の一巳が若様。

 背丈は一巳とほぼ変わらないが、より筋肉質の、骨格が頑丈そうな竜馬が殿様。同じ端正な顔だちでも、竜馬の方が良く言えば華がある。濃いめの眉といい、いつもたっぷりの感情を湛えた両目といい、彫りの深い面は少々あくが強い。

 一巳が若武者なら、竜馬は古代ローマの剣闘士、グラディエーターだ。実際、去年の文化祭のクラス対抗コスプレ大会でそれらしい格好をさせられたところ、見事優勝をかっさらってしまった。


 竜馬は一巳に挑みかかる視線を決して逸らすことなく、自分から半歩前に出た。こうしている間も木刀を握りしめた両腕に、どうどうと音をたてて流れ込む熱いエネルギーのようなものに引きずられ、そうせずにはいられなかった。


(くそっ! どうすれば━━!)


 竜馬は腹を立てていた。

 一カ月もの間、一巳が彼の三歳上の姉、美夜と竜馬を会わせてくれないからではない。なにかと言えば比べられる相手との間にはっきりした力の決着をつけられないことが、胸を掻きむしりたくなるほどもどかしかった。

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