煽り系ゲーム配信者(20歳)、配信の切り忘れによりいい人バレする。

夏乃実(旧)濃縮還元ぶどうちゃん

第1話 放送事故

 ——ドドドドドン。バンバンバン。

 PCから激しい銃声が流れる一室で、ABEXというガンゲームを声出し配信している男がいた。


「お、右から二つの足音……。ザコの到来でぇす」

 その男は敵が近づいているとわかった瞬間、いきなり煽りを入れながらスライディングで障害物に体を隠し、有利なポジションを取ったところでプレイヤーと対面するのだ。


 2対1の撃ち合い。

 だが、この人数不利をものともしない男は、有利なポジションを取らなくてもよかったのでは? と思ってしまうほどの動きを見せる。

 先頭にいた敵をヘッドショットでダウンさせた瞬間、武器を入れ替えながら踊るようなキャラコントロールを披露し、後方にいる敵からの銃弾を回避。

 そして、敵の弾薬が切れた途端に一気に距離を詰め、最後の一人にトドメを刺した。


 1パーティーが潰れたことを示す甲高い音が鳴り、戦場に静けさが訪れる。

「ふう」

 そんな息を吐く音を配信の乗せる男は、倒した敵のアイテムを漁りながら——。

「は〜い、物資運搬おちゅかれでーす。出直してくださいねえ」

 倒した敵の上で素早い屈伸を始める。これをすることに特に意味はない。ただの煽り行為だが、これこそがこの男が配信している『おにちゃん』のウリ。

 チャンネル登録者数10万人を達成した武器。


 いつもの煽りが披露され、1500人が視聴中のコメント欄は大きく流れ出す。

『仕上がってんね』と240円の投げ銭。

『ナイス!』と1000円の投げ銭。

『お前本当上手いな』と2000円の投げ銭。


 また、通常のコメントも増える。

『イライラするわ。はやくコイツ倒せよ』

『マジで胸糞悪い。こんなことする意味がわからん。普通にやれよ』

『本当それな』

『屈伸早すぎワロタ。慣れすぎやろ』

『いいぞ、もっとやれ』


 多くの視聴者数がいるチャンネルだが、賛否両論のコメントが流れているのは日常茶飯事。

 煽るという悪い行為を、エンターテインメントとして行なっているのだから。

 当然、こんなことをしているのは『鬼ちゃん』だけ。

 このABEX界隈で一番の低評価数を叩き出している男だが、倒されることを期待するアンチをも視聴させる配信内容であるだけに、多くの視聴者を獲得していた。


「さてと、このまま一位を取ってやめますわ」

 と、試合途中で堂々と宣言した男は、本当に敵から倒されることはなかった。

 普段通り煽りながら有言実行をすることに成功したのだ。


「まあこんなもんすね。もっと手加減すれば楽しめたかな? あ、投げ銭あざーす」

『こんなやつに金投げんなよ』

『負けたら面白かったのに』

『マジで勝ってやんの』

『煽らなければ楽しめるんだけどなぁ……』

『やっぱり上手すぎ』

 その男は一位になった画面を背景に、コメントに目を通しながらエンディングに入った。


「はい。ということで宣言通り終わりたいと思いまーす。ご視聴あざした。お疲れーす。あー、気持ちよかった」

『乙』

『乙!』

『もう一回やろうぜ!?』

『さっさとやめろ』

『まあ楽しめたわ』

 ABEXの画面を映しながらシメ言葉。

 次にコメント欄をオフにし、普段通りPCをスリープモードにして画面を真っ暗にする。

 慣れた作業であるばかりに、配信が終わったと油断をしたばかりに、男は一つの工程を忘れていた。


 マイクを切り忘れるという痛恨のミスを……。当然、視聴者は鬼ちゃんの音声が聞こえる状態である。

 こうなっていることを知らない男は、配信が全て切れていると勘違いしている男は、当たり前に素を出すことになる。


「はあ。煽られたこと気にしないプレイヤーだといいな……」

 先ほどまで配信していた男とは似ても似つかぬ態度、声、口調で。


『え? この声って鬼ちゃん?』

『ネタ?』

『おーい! マイク切れてないぞ! 誰か教えてやれ!』

『教えなくていいだろ。こんなやつ』

『やべ、めっちゃワクワクしてきた……』

 未だ視聴を続ける者の思考は同じ。

『放送事故になるかもしれない』と。


 そして、コメントがプレイ中よりも盛り上がっていることを知らない男は、とうとう生活音を乗せてしまうことになる。


『コンコン』とノックの音。次に女の人の声。


「お兄ちゃん、お部屋入っていい? 配信終わったよね?」

「うん。いいよ」

 その男のゲーム部屋に入ってきたのは、お盆にご飯を乗せて運んできた男の妹である。


「あっ、ご飯持ってきてくれたんだ。本当ありがと」

「『ありがと』じゃないよ。わたしがご飯作ってたのにゲームを優先して。そんなことするならもうご飯作ってあげないんだからね」

「あ、あはは……。ごめん。反省してるよ」

 この仲良さげな兄妹の会話は、当然視聴者にも聞こえている。


『おいおい! 鬼ちゃんに妹いるん!?』

『声マジで可愛いやん』

『ご飯作ってくれる妹とか最高かよ』

『妹が可哀想だわー。こんなのが兄とか』

『もしかしてお兄ちゃんって呼ばれてるから、チャンネル名が鬼ちゃんってこと?』

『マジでそれありそう』

『妹大好きなんちゃう?(笑)』

 異性の声が入ったことでコメント欄は大きく盛り上がる。それはまるで、祭りが開催されているかのよう。


「『反省してる』って言うけどずっと改善しないじゃんお兄ちゃんは。それにまた変なことをお相手さんにして。わたしのお部屋にも聞こえてるんだからね。『ザコ〜』とか言ってるの」

「え? 気のせいじゃない?」

「ふーん」

 妹は知らないのだ。兄が運営しているチャンネルを。だからこそととぼけられるが、放送事故になっている今、正しくその行動は仇になる。


「ここに台本があるのによく言うよ。ほら、『煽り文句一覧』って」

「ちょ、それ取るのダメ」

「お兄ちゃんが言い訳するからでしょ。誤魔化せると思ってもないくせに」

 ご飯をデスクに置く妹は台本の紙を奪った後、ジト目を作っていた。

 本来ならば微笑ましい日常であるが、音声がネットに流れている今、放送事故に突入する。


『えーー? 鬼ちゃん人を煽るのに台本用意してんの!?』

『めっちゃ律儀(笑)』

『俺らを楽しませようと頑張ってくれてたんやな』

『ってか、妹ちゃん可愛すぎ』

『妹と配信変われ!』

『妹出せ!』

『顔出せ!』

 裏話が暴露される中、二人の会話はまだまだ続く。


「お金を稼ぐために頑張ってくれるのは嬉しいけど、もっと普通にしたらいいのに……。お兄ちゃんは人を煽るような性格じゃないんだから」

「ま、まあ……。視聴者さんが増えたのはこっちに舵を切ったからだし、今さら配信スタイルを変えたら視聴者さんが減っちゃうでしょ? そうなったら収入の問題も出てくるし」

「私バイトしてるから大丈夫だよ」

「確かに生活は大丈夫だろうけど、ゆーを進学させられるのか、させられないのかが変わってくるでしょ?」

「べ、別にわたしは大学に行きたいわけじゃないし……」

「はい、嘘つき。って、そんな心配しなくていいよ、本当。内容はアレだけど配信は楽しくできてるからさ。たくさんのコメントもいただけてるし」

 プライベートの生々しい会話。

 どうして鬼ちゃんが煽るようなことをするのか、その理由がこの会話によって明かされる。


『マジでヤバいって。個人情報出てるって』

『てかコイツ、実はめっちゃいいヤツなんじゃね?』

『コメントをいただけてるとか下手したてになってるしなあ。視聴者こともさん付け(笑)』

『この兄貴には惚れるわ』

『それ思った』

 次々に鬼ちゃんの素を悟っていく視聴者。この時、鬼ちゃんを攻撃する者は誰もいなかった。

『いい兄貴』『いいヤツ』そんな褒めのコメントで統一されていた。


「うーん……。なら今度一緒にご飯食べにいこう? 頑張ってるお兄ちゃんに妹が労ってあげる」

「お! それならお言葉に甘えて」

「お兄ちゃんのお休みって土曜日だよね?」

「うん、週6でバイトだから」

「じゃあ土曜日の夕方にいこ? わたしは午後までバイトがあるから」

「了解。本当にありがとね」

 途切れることのない話。それを聞く度に、鬼ちゃんの印象はグングンと良い方向に伸びていく。


『この会話からするに鬼ちゃんってご両親いないのかな……』

『週6のバイトと配信で生活を支えてるのか。コイツ凄えな』

『妹を進学させるためにも……だもんな』

『大学に進学ってことは妹さん高校生っぽいし、鬼ちゃんってかなり若いんじゃね?』

『もうこれからは普通に見れねえよ』

『速報〜鬼ちゃんビジネス煽り〜』

 家庭環境を知るコメントが並ぶ中、妹はとあることに触れる。


「ね、お兄ちゃん。お部屋に入った時から気になってることがあるんだけど」

「ん?」

「さっきからスマホがずっと振動してるけど、通知たくさんきてるんじゃない?」

「ああ。配信が終わったからTwittoツイットで感想を投げてくれてるんだと思う」

「こんなに鳴ってるのって初めてだよね?」

「確かにそう言われてみれば……」

 この促しが、放送事故を知るキッカケになる。

 男がスマホを手に取れば、その通知欄にはこの文字が連なっていたのだから。


『マイク切り忘れてる!』

『マイク切れてないよ!』

『放送事故してるぞ!』

 ——と。


「うん? なんだか顔が真っ青だよ?」

「いや、なんでもないよ。……うん。あ、あのさ? ちょっと俺は編集するからもうちょっと部屋に残るね。ご飯本当にありがと」

「はーい。じゃあわたしはそろそろ寝るね。お兄ちゃんも早く休んでよ?」

「う、うん。おやすみ」

「おやすみ、お兄ちゃん」

 挨拶がされた後、ガチャとドアが閉まる音が小さく鳴った。

 部屋に一人になった男はPCに近づき、スリープモードを解除。配信画面を表示させて小声を出す。


「え……。その、なんて言うか、本当にすみませ……じゃなくって、あの、お前らみたいなバカは今のがネタだってことにも気づかねえか」

 取り繕っても遅い。もう何もかも遅い。


『なわけあるか(笑)』

『スイッチの切り替えワロス』

『妹の邪魔にならないように小声だし(笑)』

『誤魔化し下手すぎやで。声も違うやんか』

『いい人バレ乙』

『おやすみお兄ちゃん!』

『次、どんな感じで配信するか楽しみやわ』


「えっと、とりあえずこれ拡散した人許さんからな。約束して本当。じゃ、終わる」

 男は投げやりにそう言い残し、切り忘れた配信を閉じた。

 当然、この約束を守る視聴者はいない。そもそも守る道理がないのだから。


 その日、Twittoツイットにはトレンド入りしていた。『放送事故』との四文字が。

 切り抜きも当たり前に上がった。

 まとめのサイトにも取り上げられた。

『煽り系配信者、まさかの台本用意しててワロタ』

 などとのタイトルで。


 今日という日の話題を大きく掻っ攫った鬼ちゃんの認知度は、今回の件でさらに上がった。誤解も解けた。印象も上がった。

 この一件でチャンネル登録者は5万も増え、15万人に膨れ上がっていた鬼ちゃんだった。

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